第27話 しかし、残念!
「信仰集団ってなんや?」
ハンナが引きながら、しかし興味がありそうに尋ねてくる。
私もそんなに詳しくは知らない。
別に私はアルのことを信仰しているわけでもないし。
ただ、少しは知っている。
私は関係ないし、彼がちょっとでも苦しむようなことになってくれたら嬉しいなと思っているからだ。
「ほら、これって上からは嫌われて下からは慕われる典型的なタイプだから。それこそ、上層部からは何が何でも殺したいと思われているでしょうけど、逆は盲目的に信じるくらい好感度高いのよ」
「まあ、貴族とか国家の体制で虐げられていた人たちは、基本的に一生救われることなく死んでいくからねぇ。絶対に助けてもらえないと思っていたところを、剛力で解放してくれたら、好きになるのも仕方ないんじゃないかなぁ?」
スピカが補足してくれる。
そう、アルが救った人というのは、抑圧していた加害者がかなりの大物が多い。
貴族でも相当なのに、国家が相手だったりするのだ。
どこに助けを求めても、基本的には助けてもらえないような相手である。
この世界は、そういった厳しく残酷な実情がある。
助けられない者は、本当に一生助けてもらえないのだ。
貴族に歯向かえば、たとえ貴族が悪かったとしても市民が取っ捕まる。
それだけじゃなく、拷問されて死刑になることだって、王国では普通にありうることだ。
巨大な闘技場や奴隷制なんて、国が運営していることだから、普通の人間にはどうしようもできないことである。
ただ、アルはやってのける。
私の力も使わず、圧倒的な暴力で。
もちろん、たった一人で革命などを起こせるはずもない。
ただ、圧倒的な暴力を振るえば、それが自分に向けられることを支配者層は酷く恐れる。
だから、まったく体制が変わるようなことはなくとも、多少改善されることにはなったのだ。
力こそパワー……じゃなくて、力こそすべて。
それを地で行くのが、アルだった。
「やってきたことがやってきたことだから、規模もそれなりなんだけど……まあ、どうでもいいわね」
「どうでもいいんか……?」
どうでもいい。
結局私は困らないし。
「うーん、どうしよっかなぁ。『快楽人体実験錬金術師』だけを連れて帰ればいいと思っていたら、もっとややこしい人が出てきたしぃ」
スピカはアルを見て悩んでいる。
まあ、無視できるような男じゃないわよね。
国際指名手配犯だし、それがなかったとしても、魔王軍四天王の一人を撃退していることは国に報告しなければならないことだろう。
ハンナもかなりやばい人種だけれども、アルには劣る。
……いや、アルよりは上だという表現の方が正しいわね。
こいつは下も下よ。
「連行するの? だったら、武装解除は絶対してね」
これはとても大切なことなので、わざわざ付け加える。
「私と愛剣はまさしく一心同体。何があっても離れることはない」
「止めてよ!!」
一心になったことなんて一度もないわよ!
些細なことで離ればなれになりたいわ!
もしかして、アルを連行してくれるのではないかという私のささやかな希望は、スピカの曖昧な笑みでかき消されてしまう。
「いやぁ、四天王を倒せるような人を、私が一人で連れ帰れるとは思えないなぁ」
「もう一人勇者がいたでしょ。あれに手助けしてもらいましょう」
「なんで愛剣が一番乗り気なんや……?」
愛剣って言うな殺すぞ。
私はハンナに強烈な殺気を叩き込む。
いいの? アルにあることないこと言って、あんたが最低な犯罪者だと嘘つくわよ。
猛然と襲い掛かるでしょうねぇ……。
そうすると、ハンナは頬を引きつらせて黙り込んだ。
ヨシ!
「あの子、今どこにいるか分からないからなぁ。気ままなのよぉ」
「ちっ」
魔王軍四天王ともまともに戦うことのできる、五人の勇者のうちの一人。
それをアルにぶつけられたら、何とか……なんとか……。
……いや、無理か。勇者一人で討伐できるような男なら、今までのぶっ飛んだことをやる過程で逝っていただろう。
はあ……。
「とりあえず、私は一度王都に戻ることにするよぉ。あの方の指示を仰がないといけないと思うしぃ。魔王軍四天王の一人を倒した人がいるっていうことも、報告しないとぉ」
「よっしゃ!!」
なんだかんだで助かったハンナが、ガッツポーズ。
大丈夫かしら?
報告が終わったら、また同じことになるんじゃないかしら?
しかも、一度断られているし、今度は強制的に引っ立てられる可能性も……。
まあ、ハンナが困っても私が困るわけじゃないから、別に何も言わないけれど。
「じゃあ、またね、勇者様」
ススッと寄ってきたスピカ。
至近距離で前かがみになる。
すると、長い間生きてきた私でもほとんど見たことがないほどの立派な胸が、重たく揺れている。
こ、こいつ……! 自分の魅力をしっかりと理解していやがるわ……!
何も分かりませーん、みたいなほわほわした感じなのに!
所詮、雌ということね。悍ましい。
その胸で何人の男を落としてきたのよ。言え!
「ふっ……」
しかし、残念!
アルに性欲は存在しない!
勇者と言われたことにご満悦の笑顔である。
キモイ。
……いや、キモイというのは、アルよりも該当しそうな人が一人いた。
木の陰から、こちらをじっと見て息を荒くしている、あの女である。
「はぁ、はぁ……! またハンナがアルバラードさんと……!」
何かこじらせている子がいない?




