第26話 こ、国際指名手配犯……?
全員の視線が、アルを捉えていた。
複数の人からじっと凝視されると一歩引いてしまいそうになるものだが、なぜか堂々としている。
何だこいつ……。
「こ、国際指名手配犯……?」
不必要に実った胸部を持つハンナが、唖然とする。
それはそうよね。さっき、自分が指名手配されているということで大騒ぎになっていたのに、まさかそれを糾弾していたアルがそれを超えるほどのものだったなんて、誰が想像できるだろうか。
知っていた私くらいだろう。
だって、ちょくちょく手配書張られていたし。
そんな渦中の人物であるアルは、首を傾げ……。
「……誰が?」
「完全にあなたの名前が出ていたわよ、アル」
とぼけているわけではないのがむかつく。
「いや、国際指名手配って、うちよりひどいやん。だって、世界中から犯罪者として見られてるってことやろ? うちなんか、この国のごく一部だけやで」
「いやぁ。私の上司が求めている時点で、あなたも相当やばいレベルなんだけどねぇ」
ふふんと笑うハンナに苦笑いするのがスピカ。
所々防具で身を隠しているため分かりづらいが、彼女の胸部はハンナをも超えるものだと推測できる。
許しがたい。垂れ落ちろ。
「でも、確かにやばさという意味だったらこの人かもねぇ」
スピカはそう言ってアルを見る。
確かに、この男ほどぶっ飛んでいる人間はいないだろう。
私の長い聖剣人生でも、見たことはない。
……なんでこんなモンスターが生まれてしまったのよ。
当のモンスターは、まさかそんなことを言われるとは思っていなかったようで、キョトンとしている。
「なぜだ……。心当たりがまったくないんだが……」
「嘘でしょ? 鶏みたいな頭をしているってこと?」
今までしてきたことを、胸に手を当てて思い出してみなさい。
指名手配されるにふさわしいことをしてきているから。
この何の自覚もないところが、アルの恐ろしいところである。
「えーと、罪状は何だっけ……?」
スピカは思い出すように指を一つずつ立てて数えていく。
「王国貴族の一家惨殺事件。帝国の歓楽都市焼き討ち事件。教皇国における国家転覆未遂罪。共和国奴隷解放戦争首謀」
「国際テロリストなん?」
愕然とするハンナ。
私も、自分が使われて目の当たりにしていなければ、同じ反応をしていただろう。
いや、全部本当なのよねぇ……。
「で、実際どうなんや……?」
「そうねぇ……」
ハンナが問いかけてくるので、少し考える。
まあ、ただ単にこんな世紀の大悪党みたいなことをしたわけではない。
アルにはアルなりの考えや信念に基づいて行動した結果である。
まあ、こんなことできないのが普通なのだけれど。
たとえば、王国貴族の一家惨殺事件。
これは、かなりサディスティックな家族だった。
何の罪もない一般市民を権力で引き立てて、苛烈な拷問を加えてゆっくりと死に至るのを見て楽しむような、人間でない私もドン引きするような連中だった。
それを知ったアルは、もちろん我慢できずに瓦礫でグチャッとした。
「おぉ……」
帝国の件は、確か巨大な闘技場が中心になっている、一つの都市だったわね。
犯罪者が同じく犯罪者と戦わせられたり、あるいは猛獣や魔物と……。
まあ、それならアルも過剰反応しなかったでしょうに、そこに無理やり連行されるのは、何の罪もないのに遊び感覚で放り込まれる一般市民が大勢いた。
だから、アルが大暴れして都市ごと焼き払ったのである。
「えぇ……」
教皇国の国家転覆は、結局実行はされていないわ。
今も教皇国というものは確かに存在しているし。
ただ、内部の体制とかは色々と変わっているでしょうね。
未遂とはいえ、革命が起きかけたんだし……。
「かくめい……」
奴隷解放戦争は……まあ、あれよ。
その文字通りよ。大変だったわ……。
「頭おかしい……」
ハンナが唖然としている。
……いや、本当に私だって自分が関係なかったらそんな反応をしていることだろう。
多分、今私の目は遠いところを見ているに違いない。
……だって、思い出したくもないもの。
結果はいいのよ、結果は。
ただ、過程は間違いなく勇者じゃないのよ……。
「一応主だった事件がこれだけど、絶対これだけじゃないよねぇ? 何だったら、さっきも魔王軍四天王の一人を半殺しにしたみたいだしぃ」
何だったら、出会う山賊とかもぶっ殺しています。
「それは犯罪ではないんじゃない?」
「うむ。私が殺すのも悪人のみ」
「悪人でも勝手に殺すのは犯罪になるんだよぉ?」
自信満々に頷くアルに、スピカがニコニコ笑いながら言う。
というか、アルがどういうことをしてきたかを知っているのに、柔らかく笑っていられるのは凄いわね。
何も考えていないのかしら?
人生、楽に生きてそう。
「頭緩そうな奴に論破されてるやん」
「ひどぉい」
ハンナの言葉に、スピカが不満そうに声を上げる。
ぶりっ子しやがって……。
そんな風に考えている私の顔を、ハンナがじっと見てきた。
「……なんでこの人が勇者なん?」
「だから! 私は一切認めていないって言っているでしょうが!」
無理やり行使されているのよ!
というか、普通聖剣を無理やり行使することなんてできないのよ!
どうしてこうなっているのか、私が知りたいくらいだわ!
「……ただ、恨まれているだけじゃないっていうのが厄介なのよね」
「確かに、国とか貴族とかからは目の敵にされているけど、一般市民からの被害の訴えはほとんどないんだよねぇ」
私がポツリと呟けば、スピカも追従する。
アルのやっていることは、超極悪人の大犯罪である。
貴族の殺害や国家転覆未遂など、百回処刑されても足りないくらいだ。
だけれども、こいつのしたことで確かに救われた人がいるのも事実なのよね。
アルにとっての悪が潰されたわけだから、それに迫害されていた人が救われる形になる。
だから、一概に全部悪いというわけにもいかない。
「……明確な悪ってわけじゃないけど、正義っていうのも……。ややこしいなぁ、あんた」
「ふっ、それほどでもない」
「褒めてないからな」
皮肉とか一切通じない精神力は羨ましい。
普通、人間なら色々と気にしそうなものだけれど。
私は、思ったことを口に出した。
「こんなのを信仰するような連中も出てきているし、人間って意味わからないわね」
「え、何それこわ……」
ハンナがドン引きした目を私に向けてきていた。
わ、私じゃないから! アルに対してだから!




