第22話 アルバラードは、ガチ
「ダメだな、これは」
ターリスは、一人でそう呟いた。
ルードリックに任せていた村の殲滅が達成されていないことを知っての発言である。
彼が裏切った、とは考えにくい。
ルードリックにとって、人類の勢力内における魔族の活動は、かなり重要な地位を占めていたように思う。
すべて腹を割って話せる間柄ではなかったが、おそらくは彼以上の立場の者からの命令だったのだろう。
四天王の上というと、もはや一人くらいしか思い浮かばないが、そこはどうでもいい。
ともかく、ルードリックが自分を裏切って逃げたとは考えにくいのである。
仕事の内容も、そんなに難しい話ではない。
魔王軍四天王にとって、ろくに戦う力の持たない人間の殺戮なんて、朝飯前だろう。
裏切る理由もなければ、できない理由もない。
しかし、いまだに村が健在ということは……。
「ルードリックが怯えていた男が、本物だったということだろうな」
あの聞くに堪えない、悍ましい二つ名の数々。
噂は尾ひれがつくものだから、ルードリックの言っていた人物像そのものであることはないだろう。
だが、四天王が撤退を選ぶほどには、ある程度本当だったということ。
「そう考えると、もうダメだな。四天王にどうにかできなければ、私の力ではどうしようもない」
戦闘能力という意味では、ルードリックの足元にも及ばないターリス。
であるならば、彼にしかない力……。
この領内では絶対的ともいえる権力を振るうべきか?
とはいえ、やることのレベルによっては、それも難しいところがある。
村を丸まる一つ潰すというのは、実行すること自体はできるだろう。
だが、村が潰されたという噂を消すことはできない。
行商人や、村から出ている人間もいるだろう。
ターリスは、一応とはいえ善政を敷いているという体をとっている。
どのような理由があろうと、村を一つ潰すようなことをすれば、その信頼は一気に崩れる。
「まあ、最悪村を潰すまではしなくてもいい。私のことを魔族が漏らしたかどうかも分からないし、仮にそうだったとしても、私を疎むゆえの偽りの噂だと切って捨てればいい」
あまりとりたくない手段だったが、それもできる。
あの村のことは忘れて、魔族ともう一度手を取り直すように動いてもいい。
しかし……。
「あれがなければなあ……。しかし、どうしてもあれが欲しい。今しかチャンスはないしな」
ターリスには、どうしても手に入れたいものがある。
だからこそ、魔王軍四天王をも退かせるほどの何かがあったとしても、立ち止まるわけにはいかなかった。
「私のものになってもらうぞ、『快楽人体実験錬金術師』」
◆
魔王城。
魔族の頂点である魔王が住む居城であり、魔族の中でも選ばれし者しか入ることの許されない場所。
そこに、ルードリックの姿があった。
ただし、普段の様子ではなく、致命傷を負ってヘロヘロになっていたが。
「ぜはーっ、ぜはーっ! し、死ぬ……マジで死ぬ……!」
顔を真っ青にし、肩で息をするルードリック。
彼も、今まで順風満帆ではなかった。
痛い目にあったこともあったが、そのたびにやり返そう、見返そうと反骨精神を養ってきたものだった。
だが、今はひたすらに恐怖と逃げ切れた喜びしかなかった。
そんな彼の元に、一人の女が近づいてきた。
「んー? ルードリックじゃないですか。魔王城で何をしているんですか? あなた、魔王様から命令を受けて人類圏に入っていませんでしたっけ?」
コツコツと足音を鳴らしてやってきたのは、レイフィア。
ルードリックと同じ、魔王軍四天王の一人である。
今頃、人類圏で好き勝手やっているはずの同僚が魔王城に戻ってきていて、感情表現の起伏が希薄であるにもかかわらず、眉をひそめていた。
「…………」
「あれ? なんでそんなボロボロに……。もしかして、戦いになって、しかも負けちゃったんですか?」
黙り込んでいるルードリックを見て、レイフィアは察した。
なるほど。そう言う事情なら、確かに口に出すことは憚られるだろう。
まさか、魔王軍四天王ともあろう者が、敗北したなんて。
にわかに信じがたいことではあるが、ボロボロの状態の彼を見れば、それが本当だと裏付けする。
「あー、そういう感じですか。あなたのことでしょうから、どうせ油断でもしていたのでしょうが。しかし、不意打ちでも受けたのですか? それにしても、負けたなんて恥ずべきことだと思いますが」
同じ四天王であるから、ルードリックの実力は知っている。
正面から戦えば、ほとんどの相手に勝てるだろう。
そうでないということは、油断したか不意打ちを受けたか、あるいは両方かもしれない。
しかし、どのような理由があろうとも、敗北したというのは事実である。
決して仲良しこよしな間柄ではないのが、四天王だ。
ここぞとばかりに煽るのだが……。
「…………」
「……どうしたんですか? え、まさかガチでショックを受けている感じですか? いや、そんな……そこまでするもりじゃなかったんですけど……」
さすがに一切反応が返ってこないと、レイフィアとしても心配になってしまう。
あわあわと、無表情ながら慌ててフォローしようとする。
「ほら、泣き止んでください。お酒くらいなら付き合ってあげますから」
「……レイフィア」
「なんですか? 魔王様に謝るのは、一緒にしてあげますが」
今まで見たことがないほどの気遣いを見せてくるレイフィアを、ルードリックはじっと見つめた。
「……アルバラードは、ガチ」
「…………は?」




