第21話 心臓止まってそうな奴が一人いるわね……
ふわりとした、丁寧に手入れされた栗色の髪。
ニコニコと緩い笑顔を浮かべた彼女に似合う髪色だ。
そしてなにより……。
「で、でかい……!」
私が思わず戦慄してしまうほどの胸部装甲。
馬鹿な……。ハンナと互角……いや、それ以上か?
まさか、そんな人類が存在するとは思わなかった私は、激しく狼狽する。
……いや、あれか。牛の獣人とかそんな感じじゃないか?
猫の獣人もいるし、いないことはないだろう。知らないけど。
しかし、獣人特有の獣の耳やしっぽなどがないから、普通に人間なのだろう。
……こわ。
「で、こちらの方は?」
「えーと……名前を聞いていなかったわね」
ルルの顔がアルに向けられる。
「私の名はアルバラード。勇者だ」
「んん? 勇者……?」
不思議そうにスピカが首をかしげる。
確かめるように、ルルを見る。
「もう出そろっているはずなんだけど、勇者と言って話を聞かないのにゃ……」
「自分のことを勇者だと思っている頭のおかしい……」
その通りだわ。
「私もそう思っていたんだけど、実際に魔王軍四天王を倒すほどの力を持っているし、聖剣っぽいのも持っているのよね……」
「ぽいってなにかしら?」
私を見つめてくるルルにブチ切れそうになる。
アルは自称勇者だけど、私は本物の聖剣だから!
自称聖剣じゃないから!
「四天王を倒した!? それって、すっごい凄いことだよ!」
「ふっ……それほどでもない」
何でもないようにしているが、実際に凄いことだろう。
ほとんど引きこもっていたから最近のことは分からないが、少なくとも私が嫌々使われていた時は、四天王はかなり人類にとっての脅威となっていた。
それこそ、一人で小国を滅亡させることができる実力者ぞろいだった。
私の力を使わせてあげたというところもあるけど、アルもよくわからないわねぇ……。
「死体とかが残っていないからはっきりと倒せたとは言えないけど、撃退できたのは事実みたいだね。ルルもいるし、嘘じゃないってことは分かるから、褒賞とかもらえると思うよ」
「いや、不要だ。私は誰かに褒められたくてしているわけではないからな」
「……本当に勇者っぽくて嫌なんだけど」
ルルが嫌そうに顔を歪める。
ここで私利私欲を優先してくれるような奴だったら、私もここまで強く惹かれることはなかっただろうに!
聖剣としての本能が、アルの善性に引き付けられまくっている。
「適性はバッチリなのよ。適性は……」
そう、適性だけは間違いなく今までのどの勇者よりもあるに違いない。
それが困るのだが……。
「それで、君たちはどうしてここに? 四天王がいることに気づいてやってきたのか?」
「ううん、違うよ。さすがにそれは分からなかったし」
「じゃあ、賊に襲撃を受けた村を助けに?」
「それも違うかな。もちろん、助けを求められたら援助はできるだろうけど、一義的に対応するのはその村を治めている領主だし。求められていないのに勝手に助けに入れば、越権行為だしね」
「じゃあ、どうして?」
私が問いかけると、スピカがコクリと頷いた。
「この辺りに潜んでいるという、一級犯罪者を捕まえにきたんだよぉ」
「一級、犯罪者……?」
ピクリと、アルが反応する。
まあ、一番嫌いな言葉の一つだろうしね、犯罪者って。
……そんな反応を見つつも、私は視界の端でとある女を捉えていた。
いやぁ……やっぱり目が離せないわねぇ……。
「名前は知れ渡っていないけど、二つ名は轟いているよ」
スピカはニコニコと笑いながら口を開く。
笑いながら言うことじゃないと思うけど……。
やっぱり、こいつもどこかおかしいわね。
「その名も、『快楽人体実験錬金術師』ハンナ」
「なん、だと……?」
とんでもない二つ名に愕然とするアル。
なにこの顔、おもしろ。
ずっとアルの顔を見ていたいくらいだったが、私はどうしてももう一人気になる人間がいて、そちらを見てしまう。
「――――――」
心臓止まってそうな奴が一人いるわね……。
ねえ、ハンナ?
……てか、アル。その無表情でじっとハンナを見るのは止めなさいよ。怖いわ。




