第17話 うちの子になんてこと言うの!
「悪人の匂いがする」
アルがそう言っていきなり駆け出した。
正直、まったくついていきたくなかったのだが、あいつが私の本体を握っているため、どうしても引きずられていく形になってしまう。
早く私を解放しろ!
だいたい、悪人の匂いって何よ!? どんな匂いなのよ!
犬みたいに嗅ぎ分けるとか、どんな嗅覚しているのよ!
色々と言いたいことはやまやまなのだが、凄まじい速度で移動するアルに引っ張られて、それどころじゃなかった。
鼻水とか涙とか、色々と出ちゃっていた気がする……。
周りに誰も見ていなくてよかった。
見られていたら、そいつを殺さないといけないところだった。
聖剣の醜態を見るなんて許されないのだ。
「ふーむ……」
アルがたどり着いた場所には、見知った顔と見知らぬ顔があった。
たとえば、建物の中に閉じこもり、窓から覗き見ているハンナ。
彼女のことは知っている。
知らないのは、激しい戦闘をしていたであろう二人の男女。
かなり強い雰囲気を醸し出しているが、やっぱりアルの方がやばい気配がする。
……どうして勇者の方がやばい気配を発しているのか。これが分からない。
そして、もう一人こいつら以外に見知った顔があるが、そこには触れないでおく。
絶対に面倒くさいし。
だから、あんたの方からも声をかけないでよ、クソ聖剣。
「どちらかというと、悪の匂いが強いのはお前だな? こっちは自分勝手で自己中心的な悪辣さを感じるが、後戻りができないほどではない」
「なんだかすごく失礼なことを言われていない? 私も怒っていいのかしら?」
ピキピキとこめかみに青筋を浮かべる女。
なぜ初対面の男にこんなにも言われなければならないのか、怒りが伝わってくる。
本当なら聖剣の峰で一発くらいぶち込んでやりたいくらいなのでしょうけど、アルのどうにも只者ではない雰囲気に、それは躊躇しているようだった。
「あ、あの……一つお伺いしてもいいでしょうか……?」
「さっきまであんなにイキっていたのに、何なのにゃ……。魔王軍四天王とかはどうしたのよ」
「黙っていろ」
魔族の男、ガチギレである。
さっきまでどんな態度だったのだろうか。
「なんだ? 冥途の土産に聞いてやろう」
「こんなセリフを吐く勇者がいていいわけないのよねぇ……」
冥途の土産とか言っちゃう勇者なんて知らない。
私を使っていた人間もそうだし、他の聖剣を使っていた人間にもいなかった。
そんなのがどうしてこんな善と正義の心を持っているのよ……。
「本物、じゃないですよね……?」
魔族は、恐る恐るといった様子で尋ねてきた。
……本物って、何のことかしら?
本物の馬鹿って言いたいのかしら?
それならあっているわよ。
しかし、アルは満足そうに、鷹揚に頷いた。
「ああ、本物の勇者だ」
「ひいいいいいいっ!?」
いや、本物の勇者じゃないから!
私は一切認めていないから!
「いや、本物の勇者ではないでしょ」
そんなアルに否定の言葉を投げかけたのは、私ではなく猫の獣人の勇者だった。
酷く困惑した様子で、アルを見ていた。
まさかのところから否定されたので、アルも固まっている。
「……え、何で?」
「え、だって……」
あ、言っちゃうのね。
勇者は逆にキョトンとしてアルを見ながら口を開いた。
「勇者ってどの時代も5人しかいないし。もう今代の勇者、私入れて5人出てきているにゃ」
「なん、だと……?」
「あんなに勇者勇者言っていたのに知らなかったの……?」
今までで一番ダメージを受けるアルを見て、私はちょっと楽しくなるのであった。
やったわ。
◆
そもそも、勇者として認められる要件とは何なのか?
国家が自分たちに都合のいい者を、勇者と認定してこき使う?
それとも、勇敢で正義感溢れる慈愛に満ちた性格の者が選ばれる?
はたまた、何か常人では達成できないような偉業を成し遂げた者に与えられる?
それらはあながち間違っていないが、それが重要な要件となっているわけではない。
では、勇者として選ばれるのは、どういった人間なのか。
それは、至極簡単。
聖剣に選ばれ、聖剣を扱うことができる者が、勇者と呼ばれるようになる。
だから、実力も、出自も、今まで生きてきた人生も、すべて関係ない。
要は、聖剣から認められ、振るうことさえできるのであれば、どのような人間でも勇者と呼ばれるようになるのである。
「まあ、聖剣は善と正義の心を持っている人間が好きだから、それがないと基本的に扱うことはできないわ。それに、力がなくても、聖剣を持てば強大な力を振るえるようになるから、今までどれだけ貧弱だったとしても関係ないしね」
だから、基本的には一般的に考えられている人物像が勇者に選ばれるというので、間違っていないのである。
正義感があって、強いのが勇者。
……アルも間違ってはいないのだ。いないのだけれども……。
「ふっ。ならば、愛剣に選ばれた私も、また勇者ということ……」
「選んでいないわよ」
ちょっとグラッと来ただけだから。
まだ全然認めていないから。
「いや、それがおかしいにゃ。聖剣はこの世に5本。だから、勇者も5人しかいない。最近、最後の一人が見つかったから、これで定員にゃ。つまり、お前は偽勇者」
「偽勇者、だと……?」
ガーンとショックを受けるアル。
こんなにもこいつにダメージが入ったのを見るのは、初めてだ。
あれだけ血なまぐさい戦いを繰り広げているというのに、初めて見たのが肉体的ではなく精神的ダメージとはいったい……。
「に、偽者か? 本当に、本当に、アルバラードではないのか?」
恐る恐ると魔族が問いかけてくる。
いや、アルはアルだけれども……。
「だとしたら……俺が怯え……じゃない、警戒する理由もどこにもねえな」
魔族の男は、自分に言い聞かせるように呟いている。
雰囲気だけでも強者と伝わってくるのだが、どうしてそこまでアルに怯えているのか。
……いや、怯えるか。
人間を聖剣についた瓦礫で撲殺するような奴だし。
「自分を勇者だと思っている頭のやばい人間風情に、魔王軍四天王の俺が負けるはずもねえ!」
ギラリと光る剣を振り、強く宣言する魔族。
私はそれに対して、うんうんと頷いていた。
そうそう、思い込みが激しいのよ、うちの子。
……魔王軍四天王って言った? なんでそんな大物がここにいるの?
「あのやばいアルバラードを騙るなんて、脳みそがないんだろうな。そうに違いない。殺された方が楽だろうぜ。大人しくしていたら、簡単に殺してやるよ。面倒くさいのは、嫌いだからな」
「…………」
魔族の言い分にうんうんと頷いていた私であったが、ピタリと頷きを止める。
そこまで言わなくてもよくないかしら?
どうしてお前なんかにうちの馬鹿をそんなバカにされないといけないのかしら?
何だろう……。別に、アルが好きとか、そういうわけではない。
私も無理やり引き抜かれている立場だし、こいつが少し不利益をこうむるのは、いいことなのだ。
だけれども、私の所有者でもあるのだ。
そんなこいつをボロクソ言われるのは……何か違う。
私が言うのはいいけど、お前が言うのは違うでしょ。
「…………」
チラリと見れば、工房に引きこもって窓から覗き見ていたハンナも、どこか不機嫌そうだ。
まあ、ラーシャ絡みだとアルに反発しまくる彼女だが、一応彼女にとってもアルは命の恩人だ。
好き勝手言われるのは、なんだか違うような気がしているのだろう。
ふー、やれやれ。
本当は嫌なのだけれど、大サービスだ。
「……アル」
「……なんだ?」
何だかしょんぼりしているアル。
普段は見られない姿がおもしろ……じゃなくて、かわいい……でもなくて、かわいそうだった。
だから、私は少しだけ彼に歩み寄る。
「今だけ、今だけよ」
ここはかなり重要だ。
何度もしつこく強調する。
「あんたをちょこっと……ちょこおおおっとだけ勇者として認めてあげるわ」
「…………」
目をパチクリと大きくさせるアル。
私が勇者として認めるということ。
それは、すなわちアルに聖剣としての私の力を使わせてあげるということだ。
今だけ、彼は本当の勇者になる。
「だから、あいつぶっ飛ばしなさい」
「……ふっ、愛剣に求められたら、仕方ないな」
「愛剣って呼ぶな」
そこだけは譲れない。
私はギロリとアルを睨みつけるが、ウッキウキの彼はまったくこっちを気にしていない。
さっきまで落ち込んでいたのに、ちょろい奴……。
「俺は勇者だ。そして、魔王軍四天王は巨悪。ここでミンチにしてやろう」
「ねえ。勇者がみんなこんなのだと思われるのって嫌なんだけど。勇者名乗るの止めてもらっていいかにゃ?」
猫の獣人が心底嫌そうに顔を歪めている。
確かに、勇者がミンチとか言い出すのはやばい。
だけれども……。
「うちの子になんてこと言うの!」
「えぇっ!? さっきは悪口言われていてニコニコしていたのに、今度は怒るってどういうことにゃ!?」
アルの悪口を言っていいのは私だけなのよ!
「よそ見は死につながるぞ!」
私は獣人に怒りを向けていた時、魔族がそう言ってアルに襲い掛かる。
突如として影が槍の形を作り、アルの四方八方から攻撃を加える。
これは凄い。かなり強力な技だ。
「ご忠告感謝しよう、巨悪よ」
しかし、その攻撃は届かない。
私が認めた、ほんの少しだけ認めた、勇者には。
「だが、不要だ」
聖剣の力が、振るわれる。