第15話 ふぎゃああああああ!?
「……それって、何か特徴的な武器を使っていなかったか? 武器というか、鈍器というか……」
外れていてくれと内心で叫ぶルードリック。
直接見たことがないから、アルバラードに関する情報はすべて魔族の一部の間で知れ渡っている噂である。
いわく、武器が特徴的である。
普通の剣や盾といった装備をしているのではなく、剣であり鈍器であるという武器を使っているらしい。なんだそれ。
普通の武器を使っているならば、アルバラードではない。
だから、ハンナの次の言葉に、ルードリックはすべてを託したのだ。
「まあ、そうやなあ。剣の切っ先に巨大な瓦礫が引っ付いてるわ」
「おお、もう……」
だが、その希望はあっさりと打ち砕かれた。
がっくりと肩を落とすルードリック。
「やっぱり、あのアルバラードじゃねえか。ターリスの口車に乗せられた自分を殴りたい」
自分は誇り高き四天王の一人。
鍛え上げられた人間が相手でも、負けるつもりは毛頭ない。
だが、あの悍ましい異名のオンパレードであるアルバラードが相手となると、どうしても腰が引けてしまう。
「い、いや、落ち着け。まだ確定ではない。まだ望みはある。希望を捨てるな」
ブツブツと自分を奮い立たせようとしているルードリック。
そんな彼に、ハンナは尋ねた。
「ターリス? あの領主の差し金か? 魔族と手を結んでるって、どんなことしてんねん……」
「あ……」
ひゅーっと冷たい風が吹き抜けていく。
聞かれたらマズイことを言ってしまっていた。
「やっべ、言ってしまった。……まあ、いいか。どうせ村人は殺すつもりだったし」
「あのクソ領主はこの村に何の恨みがあんねん……」
げっそりとするハンナ。
領民を守らなければならない立場の領主が、基本的に人類と敵対している魔族と契約してまで、一つの村を滅ぼそうとしてくる。
どういう状況だよ、とハンナは疲れ切ってしまう。
「そこまでは知らないがな。契約だし。まあ、そういうわけだ。あの化け物が来る前に、さっさと死んでくれ」
「そう簡単には死んでやらんわ。ここはうちの工房がある。時間稼ぎしつつ、アルバラードに助けてもらうわ」
「や、止めて……」
急に弱気になるルードリック。
工房には、それは色々と準備をしている。
ハンナの立場上、何があるか分からないからだ。
とはいえ、目の前の男は魔族。
それも、以前戦った魔族よりも強いということは分かっている。
だから、できる限り大きな音を立てながら戦い、アルバラードが来るのを待つ。
ラーシャが関わってくると好きではないのだが、彼の力はあてにすることができるほど強大だ。
「そんなことになる前に、速攻で終わらせる。死ね」
「ちっ……!」
スラリと剣を抜き、ハンナに襲い掛かるルードリック。
その速度はかなりのもので、ハンナは舌打ちをしながら迎撃をしようとして……。
「――――――てぇや!」
乱入者が、空から降ってきた。
それは、ルードリックの方に襲い掛かる。
死角からの攻撃ではあるが、すぐさま反応してみせたのは、さすがは四天王の一人というべきだろう。
身体を急停止させると、すぐにひねって上部から襲い掛かってくる乱入者に振るおうとして……。
「ッ!?」
乱入者の持つ剣のオーラに、とっさに飛びのいて避けた。
迎撃するよりも、逃げた方がいいと瞬時に判断したのだ。
ハンナを庇うように、その乱入者は降り立った。
「なーんでこんなところに魔族がいるのか知らないけど、偶然私が近くにいたのが運の尽きだったわね」
魔族という存在を前にして、その雰囲気は非常に軽かった。
しかし、ルードリックの方は警戒を緩めない。
彼女の存在というよりも、彼女が持っている剣に警戒を向けていた。
「……誰だ、お前?」
「私はルル。勇者にゃ!」
「……にゃ?」
ぴょこぴょこと動く猫耳としっぽを後ろから見て、ハンナはポカンと口を開けてしまうのであった。
◆
「猫の獣人の勇者ね……。【あいつ】ほどではないが、名前は魔族の間でも知られているぞ。ずいぶんと苦汁をなめさせてくれているな」
ルードリックは油断なく目の前の女勇者を見据える。
ルル。猫の獣人にして、勇者である。
激しく魔族と殺し合いをしているわけではないが、その大きな力は魔族の間でも知れ渡っているほどの実力者だった。
「悪いことをするからそうなるのよ。私の前で、変なことはさせないんだから」
「はえー。勇者って、一人だけやないねんな」
「そりゃそうにゃ。世界は広いし、もめごともいっぱいある。それを一人でどうにかできるはずもないし」
ハンナの言葉に、ルルが答える。
一応、勇者の定義というのも存在するのだが、いちいち説明する必要もない。
というか、ルルが面倒くさかった。
「で、お前は魔族ね。別に魔族が悪だとかそんなバカなことを言うつもりはないけど……」
「(……言いそうな奴がおるなあ)」
ハンナの脳裏によぎる一人の人物。
アルバラードの独自基準で善悪は判断されるが、魔族だから悪と平然と宣いそうである。
「人を傷つけようとしているんだったら、邪魔するわよ」
「ちっ。無力な人間を殺せば終わりだと思っていたが、勇者が出てくるとはな。とんだ契約を結んでしまったものだぜ」
「逃げるんだったら見逃してやるにゃ」
ふふーんと胸を張るルル。
豊かな双丘が揺れるが、それ以上のハンナは特に気にしない。
聖剣の精霊やラーシャがいたら、目からハイライトが消えていたかもしれないが。
「……逃げる? 四天王の、この俺が?」
ルルの言葉に、ルードリックは思わず笑みをこぼす。
小さく肩を震わせて笑い……そして、怒りを露わにした。
「――――――舐めるなよ、人間風情が」
吹き荒れる殺意。
近くにいた動物たちが、一斉に逃げ出す。
ビリビリと大気が悲鳴を上げる。
それを受けて、ルルは冷や汗を一つ流す。
「……あれ? もしかして、この魔族って結構強い感じかにゃ?」
「四天王って言ってたなあ」
ルルはげんなりとする。
それなりに強い自負はある。
勇者としての実績もある。
とはいえ、さすがに四天王を相手にするのは面倒だ。
負けるとは言わないが、楽勝ではない。
「……逃げていいかにゃ?」
「勇者でしょ。任せるで。うちは帰るけど」
サッと工房に駆け出すハンナ。
助けてもらっておいて、このドライな反応。
だから、村人から腫れもの扱いされるのである。
「死ね、人間」
「ふぎゃああああああ!?」
しっぽを踏まれた猫のような悲鳴を上げながら、魔王軍四天王と猫の勇者の戦闘が始まるのであった。
過去作『人類裏切ったら幼なじみの勇者にぶっ殺された』の第3話が公開されました。
下記URLから、ぜひご覧ください!
https://www.comic-valkyrie.com/jinruiuragiri/




