第13話 え、何が?
「復興もだいぶ進んできたわねー」
私の目の前では、今もせっせと村人たちが走り回っていた。
賊に壊された建物や施設も、随分と戻ってきている。
何なら、アルという強力サポーターがいることで、元あったものよりも立派になっているらしい。
もともと、村でそんな大した建造物もなかったため、復興は順調に進んでいた。
……で、ラーシャやハンナの言う通り、マジで一度も領からの支援は来なかった。
凄いわね、ここ。
「ああ、いいことだ。人が皆前を向いている。ここの村人はたくましいな」
アルは嬉しそうにしていた。
本当、善人なのよね。聖剣として惹かれてしまうくらい。
……ただ、ぶっ飛んでいるのよねぇ。
「で、いつまで手伝うの?」
「とりあえず、ここまで付き合ったから、一応最後まで付き合うつもりだ。私の力は、意外とこの村のためにもなるみたいだしな。他人のために力を尽くせるのだから、当然尽力する」
「うげぇ……。まあ、私は関係ないからいいけどさ」
よくもまあ他人のためにそこまで動けるものだと思う。
私が人間ではなく聖剣だということもあるだろうが、同じ人間でもここまで他人のために動くことができる者は少ないだろう。
……聖剣なのに人助けしないのをおかしいとかいう意見は聞かない。論外。
「本当にありがとうございます、アルバラードさん。私たちを助けてくれただけじゃなく、こんなにも手伝ってもらって……」
「気にするな。わが愛剣にも言ったが、こうして人のためになるのであれば、私の力などいくらでも貸すぞ」
「アルバラードさん……」
頬をうっすらと赤くしてアルを見つめるラーシャ。
この数日でこの女をどこまで落とすつもりなのか、こいつは。
そして、ラーシャの男の趣味は悪い。
まあ、文字通り命を助けてもらって、故郷すら数多くの暴漢たちから守ってくれたとなると、好意的になるのも分かるが……。
あと、アルの人格というか、性格というか、本当に好かれる奴にはとことん好かれるのよね。
私みたいな聖剣ですらも魅力的に想ってしまうほどの正義と善の心。
それは、まだ酸いも甘いも経験していない少女には、とんでもないほどの劇薬になったのだろう。
しかも、アルのそれはかなりぶっ飛んでいる。
誰しも正義や善の心は少なからず持っているものだが、アルの場合はとびぬけているというか、ぶっ飛んでいる。
で、世の中不思議なものだが、良い方にも悪い方にもぶっ飛んでいる人間には、人が寄ってくるものだ。
その寄ってきた者が、ラーシャである。
……何度も言うけど、趣味悪いわよ。
「それに、悪人に壊されてしまったのを直すのは正義だからな」
「ほーん。あんたはよう正義とか悪とか言うよなあ?」
荒んだ目を向けてくるのは、ハンナだった。
ラーシャがアルに首ったけ――――まあ、普通の恋愛感情というよりも憧れの方が強い気もするが――――であるのに対し、ハンナはどこか反感的であった。
まあ、私の眼から見れば、大切な友人が取られそうになって拗ねている子供にしか見えないんだけどね。
友達が少ないボッチはこれだから……。
「うちもラーシャを助けてくれたことはほんまに感謝しとるけど……。なんでそんなに正義とか悪とかにこだわるんや? そこらへんの話って、割と難しいやろ」
正義と悪。
絶大な効果と意味を持つからこそ、あいまいなもの。
その言葉の定義が人それぞれあり、判断基準も人それぞれ。
かなり難しい問題である。
「ああ、確かに私も数秒だけ悩んだことがある」
数、秒……?
割と悩んで思考の奈落に落ちる奴も結構いるのに、この男は数秒と言った?
もうそれ悩んでないじゃん……。
何なら今日の夕飯の献立を考えるよりも悩んでないじゃん……。
「正義の対義語は悪ではない。正義の反対は、また別の正義。そう言う者もいる」
アルは遠くを見るような目をする。
「そうすると、確かに正義の執行とはどちらが正しいことをしているのか分からなくなる。ハンナの言う通り、難しい話だ。私以外の者は、この命題と戦わなければならない。大変だろうと推察する」
「え? あんたは?」
どうしても気になってしまい、アルに聞いてしまった。
いや、本当に難しい問題なのよ、これ。
私はほとんど人間に使わせなかったから分からないが、他の聖剣は、持ち主の愚痴を言うときなどは、ちょくちょくこの難題にぶつかる使用者がいると言っていたものだ。
いやー、大変そう。私は関係ないけど。
そんなことを思っていたら、このやべー男に捕まってこき使われているのである。
「私はすでに、この命題を乗り越えた」
「へー。どうやって?」
非常に興味があるわ。
力を持つ者でも悩む難しい命題。
それを乗り越えたということは、一つの答えを導き出したということである。
尋ねられたアルは、神妙に頷いて、迷いのない凛とした顔つきで口を開いた。
「――――――私が正義だ」
「「えぇ……」」
アルのとんでもない妄言に、私とハンナの唖然とする声が重なった。
なに……なんだこいつ……。
いや、自分が正しいと思うのは自由だ。
というか、それくらい図太くないと、人間なんて貧弱な生物は生きていくことに苦労するだろう。
だけど、『正義』という言葉には、重さがある。
『正しい』という言葉とは、意味が違うのだ。
そう簡単に言い切れるものではない……のにもかかわらず、この男はあっさりと口にした。
考えなしの馬鹿が言っている……というわけでもない。
いや、馬鹿は馬鹿なんだけど……あー、難しい。
何というか、アルは覚悟というか決意というか……ガンギマリしているのよね。
だから、本気でそう思っているし、そこに一ミリの疑いも介在していない。
「アルバラードさん……」
どこかうっとりしたような顔でアルを見るラーシャ。
だから、こういうクリティカルになる人間も存在する。
いい方向にも悪い方向にもぶっ飛んでいる人間には人が寄ってくるものだからだ。
……趣味悪い。
「ラーシャ!? 嘘やろ!? ここは絶対ポッてなったあかんところやん! 戻ってきてやああああ!!」
ラーシャ大好きっこのハンナが発狂している。
半泣きになりながらラーシャの眼を覚まそうと、ガクガク肩を揺らしている。
ブルンブルン揺れているおっぱいが邪魔そうだ。切り落としてあげたい。
そんな状況になりながらも何も分かっていなさそうなアルに声をかける。
「……一人の人生を狂わせた責任は取りなさいよ」
「え、何が?」




