第11話 俺、降りるわ
「だから! あんな化物がいるなんて聞いてねえぞ、クソ領主!!」
ガン! と強く机を蹴り上げる男。
彼は、賊の一人であった。
幸いにも、アルバラードが襲撃してきた場所から離れたところにいた。
異常を感じて覗き見れば、仲間たちが瓦礫のついた剣で次々に撲殺されていっていた。
何とか息をひそめ、逃げ出すことができた。
……実は、アルバラードが賊の逃げる先を特定するために、あえて逃がしたというのは内緒である。
諸共皆殺しにするつもりであった。
無論、そんなこと知る由もない賊の男。
人間、自分の命が危険な状況になると、とっさに頼れる場所に逃げようとするものだ。
その賊が逃げ出したのは、ラーシャやハンナが住む村がある地域を治める領主の館だった。
本来であれば、近づいただけで捕まって処刑されてもおかしくない蛮行だ。
だが、賊の男は館の中に入っても排斥されることはなかったし、そんな彼の前にいるのは、領主であるターリスその人だった。
そんな彼に対して、怒りをぶちまける。
「テメエが用意した魔族の用心棒も役に立たねえしよぉ! 俺以外全員殺されちまっただろうが! なんだあいつは……!?」
犯罪者である賊が、貴族である領主のターリスにため口で、しかも罵詈雑言を吐いているのである。
とても異様な光景だ。
しかし、ターリスはそれを咎めることはせず、ただ静かにその罵倒を受け止めていた。
「そうか。そのことをわざわざ私に報告するために、ここまで来たということか?」
「当たり前だろうが。契約と違う」
賊はギロリとターリスを睨みつけた。
「俺たちは『お前に指定された場所で略奪し、その一部をお前に渡す』。その代わりに『お前ら領側は俺たちを捕まえない』。そういう契約だろうが!」
領民が聞けば、夢でも見ているのではないかと、まず自分のことを疑うようなレベルの発言。
領主と賊が契約という形でつながっている。
そんな悍ましい関係を、誰があっさりと受け入れられるだろうか。
ターリスはあっさりと賊の言葉に頷いた。
「そうだ。それはその通りだ」
「だったら、あんな化物を寄こしてくるんじゃねえよ!」
「何を勘違いしているのか知らんが、あれは私が遣わせたものではないぞ」
賊が壊滅したというのは、もちろんターリスは知っている。
それを為した下手人も、当然調べはついている。
無論、あれはターリスが差し向けたものではない。
「そもそも、契約という話ならば、違反したのはお前たちの方だろう。今回の襲撃を失敗し、私には何も手元に届いていないのだが?」
「ああ!?」
矛先を自分に向けてくることに、賊は苛立ちを倍増させる。
そもそも、自分は助けてもらうと同時に、ターリスに文句を言いに来たのだ。
だというのに、自分たちが悪いみたいな言い方はどういうことか。
視線だけで人を殺せそうな目をしているが、ターリスは一切動じずに、むしろ煽るようにさらに言葉を続けた。
「それに、ここ最近はどんどんと私に渡す財が減ってきているな? 私が気づかないとでも思っていたのか? 賊らしい、愚かで矮小な脳では分からなかったか?」
「て、テメエ!!」
遂に我慢できなくなった賊が、剣を抜く。
そもそも、貴族であるターリスを傷つけるということは、自分の首を明確に絞めることになるのだが、そのことにはさっぱり頭が回っていなかった。
ともかく、自分をバカにした目の前の男を痛めつけてやりたい。
それだけ、頭に血が上っていた。
だから、背後にいつの間にか立っていた魔族に気づくことはなかった。
「おーい。結局俺にやらせるんだったら、こんなつまらねえ挑発なんてするんじゃねえよ。面倒くさいだろうが」
「あ!? 誰だテメエ!?」
気づかぬうちに背後に立たれていた。
それは、その気になれば自分を殺せたということなのだが、賊はそれすら頭に浮かばなかった。
その怒りを、ターリスだけでなく魔族の男――――ルードリックにもぶつけた。
だが、ルードリックは軽薄に笑う。
「いいよ、知らなくて。ここで死ぬ雑魚なんだから、名前を覚えたって仕方ねえだろ?」
「こ、この野郎!」
もはや、後先考えてなんていられない。
自分が舐められた。
それだけで、賊の男が蛮行に出るには十分だった。
魔族という人間よりも力を持つ種族に対して、たった一人で斬りかかり……。
ズパン。
ポーン、と男の首が飛ぶ。
血が噴き出し、部屋を一気に汚す。
そのことに、ターリスは眉をひそめた。
「見事だ。さすがは、魔王軍四天王の一人ということか」
「そりゃまあ、そこらの魔族と一緒にしてもらっちゃ困るがな」
ルードリック。
彼は普通の魔族ではなかった。
魔王から直々に認められ、側近として傍にいることを許された、魔族の中でも上澄みに位置する者。
魔王軍四天王の一人であった。
自分が手を組んでいる男の強大さを認識し、ターリスは気分が良くなって頷く。
「そんなお前に、また頼みたいことがあるんだが……」
「なんだ?」
「こいつらゴミが失敗して生き残った村があるだろう? あれを処分してもらいたい」
その言葉に、ルードリックは眉を顰める。
「ん? 別にそこまでする必要はないんじゃないか? お前と賊がつながっているなんてこと、あいつらに知りようがないだろ」
「こいつらはバカだからな。ベラベラと喋っている可能性がある。たとえ言いふらしても押しつぶせる自信はあるが、余計な火種は消しておく方がいい」
「ひどい領主だ。領民は不幸だな」
やれやれとため息をつくルードリック。
何も悪いことをしていないのに、頼るべき領主から切り捨てられる領民たちに多少の同情心は沸いているが、それまでである。
結局、彼も魔族。人間がどうなろうが知ったことではないのだ。
「まあ、いいぜ。面倒くさいが、こいつらはともかく、俺の部下も殺されたってわけだ。かなり興味がある」
さらに、面倒くさがりのルードリックが前向きな理由には、賊の護衛につけていた部下が、殺されているということである。
死んでいなかったら自分の元に戻ってきているだろうし、そもそも逃げることを許容するような男ではなかった。
自分もかなり信を置いていた部下を殺されたことで、その下手人に意識を向けていた。
「お前の部下がそこまでではなかったからじゃないのか?」
「俺が連れてきた側近だぞ? かなり使える奴だったよ。とくに、戦闘能力は頭抜けていた。殺されたっていうのが信じられないくらいだ。だが、それだけの男だったから、部下を殺した奴もタダでは済まなかっただろうな。おそらく、瀕死の重傷を負っているはずだ」
部下の性格も相まって、何もせずに敗北し殺されるようなタイプではない。
何かしらダメージを与えているだろう。
部下の実力も鑑みれば、敵も相当の深手を負っているはずだ。
「あー……そう考えたら、一気にやる気がなくなってきたな。俺が出向いても、瞬殺で終わるじゃねえか」
「まあ、そう言うな。私と良好な関係を続けたいのであれば、な。すでに、ある程度情報は集めている」
一枚の紙を、ひらひらと振ってみせるターリス。
時間もかけていないし、調べることもあまり多くなかったため、この程度で収まっている。
それを見て、ルードリックは面倒くさそうに顔を歪めた。
「別にいらねえけどな。俺に勝てる人間なんているわけねえし。どうせすぐに殺すだけだろうに」
「バカを言うな。情報は力だぞ? とりあえず、賊たちを全滅させたのは、村人ではないことが分かっている」
「まあ、それはそうだろうな。俺の部下がいなくとも、あの数を殺せるのは、普通の人間じゃねえ」
そこらの平凡な村の中に、戦闘に特化した魔族を殺せる人材がゴロゴロいる方が恐ろしい。
人間がそんな連中なら、ルードリックも人間を侮ることはしないだろうし、そもそも魔族の方が一般的に強いという通説すら存在しなかっただろう。
「旅人らしい。どうやら、たまたまその時に村に立ち寄ったようだ」
「また巡り合わせが悪いな、賊と俺の部下は」
まあ、それならまだ理解できると、ルードリックは思った。
決して治安がいいという国ではない。
たった一人で旅をしているなら、それなりに力は持っているのだろう。
少なくとも、降りかかる火の粉を払うくらいのことはできるのだ。
それにしては、部下は火の粉というには大きすぎるはずなんだが……。
「だから、ほとんど素性は調べられていないが、名前だけは分かった」
「そうか。まあ、俺が殺してやるから安心しろよ」
だが、ルードリックは余裕を崩さない。
いくら有用な部下だったとはいえ、自分はそれよりもはるかに強い。
なにせ、魔王軍四天王の一人だ。
強大な力を持つ魔族の中でも、たった四人しか選ばれない精鋭中の精鋭。
それが自分。
たとえ、どのような敵が現れても、見事なまでに蹴散らしてくれよう。
そんなルードリックの態度に頼もしさを覚えながら、ターリスは情報を吐いた。
「そいつの名前は――――アルバラード」
「俺、降りるわ。契約も全部破棄ね。じゃ、俺帰るから。バイバイ」
「はあ!?」




