第10話 本当に人間か?
「はああ……! やっぱお湯っていいわね! アルに無理やり引きずり出されてから、唯一よかったと思えるのがこれだわ!」
私はお湯の中で両手と両足をピンと伸ばし、心地よい熱さを堪能していた。
ここは、村の中にある大きなお風呂だ。
村長一族が使える場所だったようだが、アルという超恩人が現れたことで、その恩返しとして提供された。
そこに、私とアルは浸かっていた。
私はお風呂に入るのは大好きだ。
こんな贅沢、なかなかできないし、気持ちいい。
ただ、引きこもっていた時は当然こんなことをすることはできなかった。
それでも引きこもっていたかったが……まあ、外に出てよかったと思うのは、これくらいかしらね。
後は全部クソ。
「そうか、それはよかった」
「皮肉が通用しないって無敵だと思うの」
アルもお風呂に浸かってぼーっとしている。
私と違って、この人はそんなにお風呂が好きではなかったはずだ。
というか、自分の気持ちいいことや快感を得ることに、恐ろしいほどに無頓着。
ただ、正義を為して他人を助ける。それだけを考えている。
……自分のことをここまでないがしろにできるのは、ある意味で破綻しているように思える。
いやー、本当に分からないわ、気持ち。
一生付き合っても分かり合えない自信がある。
まあ、アルも人間だし、私より先に死ぬから分かり合わなくてもいいんだけど。
……いや、人間よね? でも、物理的に認めていない聖剣を引っこ抜くことができる人間っているの?
「うーん……」
私はアルの膝の上に座り、後頭部を胸板にグリグリ押し付けながら悩む。
髪はアルにまとめてもらっているから、湯に浸かっていない。
水気を含むとめちゃくちゃ重たくなるから嫌なのよね……。
「……アル、身体が硬いわ。もっと柔らかくしてちょうだい」
「別に鍛えているわけじゃないんだが、あれだけ戦っていたら必然的に引き締まってしまうな」
「どうにかして」
「…………」
ぼけーっとしているものだから、ろくに考えずに口から言葉が出る。
正直、自分でもありえないくらいの無理難題を言っているのは分かっているのだが、あのアルが明らかに困っているのを見ると、楽しくなってきてしまう。
ちょっと座り心地が悪くなってしまったので、お尻をグリグリ押し付けて座りやすくする。
「何を……やっているんですか……?」
「あ、ラーシャ。お酒と果物? ありがとう」
いつの間にかラーシャがお風呂の中に入ってきていた。
まあ、彼女は衣服を着ているが。
しかし、やけに薄いというか……ああ、アルにアピールかしら?
……男の趣味、わるっ。
私はそんなことを思いながら果物を貰おうと手を伸ばすと、スッとラーシャに遠ざけられた。
……なぜ?
「どうして、お二人で、お風呂に入って、いるんですか?」
え、何で急にたどたどしい言葉遣い?
あと、何か目が怖い。
ギラギラしているというか、すべての光を吸い込む闇というか……。
戦う力もない少女のはずなのに、どうして背筋が凍るような強烈な敵意を感じるのだろうか?
なんとなく恐ろしくなって、アルに身体を密着させる。
こ、怖くなんかないし。別にビビってないから。
人間程度にビビらせられるほど、私は弱くないわ。
「また密着してる……」
「いや、そう言われても……」
アルの首に腕を回しながら、私は嘆息する。
ラーシャは恋心……までは成長していないが、憧れみたいな感情をアルに向けている。
一方で、私にそんなものがあるかと言われたら、一切ない。マジで断言できる。
照れ隠しだとか無意識のうちの好意だとか、そんなものは微塵も存在しない。
さっさと私を解放しろと声を大にして言いたいくらい。
こうして密着していることが傍から見たらどうだという意見もあるが、私はそもそも聖剣である。人間ではない。
人間と同じ尺度で見られては困る。
何なら、戦闘のたびに私はアルに掴まれて振り回されているのだ。
今よりも密着具合は激しいことだろう。
だから、お風呂で密着しているとか何だと言われても、何ともいえないのである。
子供にどう言い聞かせようか悩む大人の気分だわ。
「ぜ、全裸で……何も隠していませんよ!?」
「あー、うん。まあ、それはそうなんだけど……」
何というか……別に見せたがりというわけでもないのだが、人間の身体を他人にさらしても何とも思わない。
だからと言って人の目のある所でいきなり全裸になるようなバカでもないけどね。
何だったら、聖剣をベロベロ舌で舐められる方が嫌だ。セクハラ!
それに、見る相手というのも重要だ。
それは、何も私がアルに心を開いているとかそういうわけではなく……。
「アル、私を見て何か感じる?」
「いや、何も?」
私が全裸で密着しつつ、吐息がかかるくらいの距離で尋ねても、表情一つ変えず首をかしげるアル。
そう、これである。
見せる相手が何とも思っていなければ、恥ずかしく思うはずがない。
相手が何とも思っていないのに、こっちが恥ずかしがったり見せたがったりする方がおかしい。
……おかしいと言えば、私を見ても何とも思っていないアルなんだけどね。
私みたいな超絶美少女の全裸を見ても、建前でも何でもなく本気で何も感じていない。
何だこいつ……。
何とも思われないのは、それはそれで非常に腹立たしい。
「がぶっ」
「噛むな」
首筋辺りに、八つ当たりで噛みついてやった。ざまあみろ。
私は聖剣だから、人間に身体をさらしても何とも思わないのは普通だろう。
しかし、アルは人間だ。……人間よね?
私の身体は聖剣とはいえ人間のそれと完全に一緒だから、普通興奮すると思うけど……。
まあ、今更か。性欲もしっかりある男なら、いくら何でもこうして一緒にお風呂に入ることはしない。
絶対に面倒くさいことになるから。
「そんなに入りたいなら、あなたも一緒に入ったら? 幸い、全然余裕はあるし」
とりあえず、お酒と果物が欲しい。
そのためなら、アルをささげることもいとわない。
「え、えーと……お邪魔します……」
顔を真っ赤にして少し逡巡していたラーシャであったが、すぐにおずおずと衣服を脱ぎ始めた。
……あら、意外とある……。捻り潰したいわ。
そんな扇情的な姿を見ても、アルの表情は相変わらず変わらなかった。
本当に人間か?
そんなこんなで、三人の混浴が始まったのであった。
「ラーシャああああああああ!? ラーシャに変なこと教えるなやあああああ!!」
それは、顔を修羅のようにしてアルを睨み殺そうとするハンナが現れたことで、すぐに終わりを迎えるのであったが。