芸術と悪魔
ある日、僕は一人の悪魔に捕まった。
様々な色を無秩序に散りばめたヘンテコリンなドレスを身に纏った滑稽な女悪魔だ。
「いきなり攫ってしまい悪かったわね。だけど、恨むならあなた自身の才能を恨みなさいな」
「僕の才能?」
悪魔との遭遇に震えながら僕は問い返す。
すると彼女はニヒルな笑みを浮かべて答える。
「そ。私はね、誰よりも芸術を解する悪魔なの。だからこそ、あなたの作品の価値を誰よりも理解する」
その言葉に僕は一瞬、表現できない程の多幸感に支配された。
そう。
僕は芸術家だった。
しかし、世間の人々は誰一人、僕の才能を理解しない。
だからこそ、僕は貧乏で明日の食事さえも分からないままに生きているのだ。
「あなたは僕の才能を認めてくれるのか?」
興奮したままに僕は問うと彼女は答えた。
「ええ。人間共には理解出来ないけれど私には分かる……けれど、私に攫われたのだから果たしてそれが幸運かは分からないけどね」
「僕を攫ってどうするつもりだい?」
「決まっているでしょう? あなたは死ぬまでこの私のために作品を作り続けるの」
それを恐ろしいことだとは微塵も思わなかった。
この際、僕のことを認めてくれるならば悪魔でもいい。
いや、いっそ悪魔にしか分からない方が箔がつくとさえ僕には思えた。
僕はすぐに彼女に忠誠を誓った。
すると彼女は満足気に微笑む。
恐怖が歓喜で消え去った後に改めて見る彼女の顔はまさに絶世の美女といった面持ちだ。
こうなれば、最早ご褒美のようなものだ。
自分の芸術を理解してくれる美しい女性に生涯をかけて作品を作り続けるなんて。
……ところで。
「その変なドレスはなんですか?」
ずっと疑問に思っていたことを聞くと彼女はむっとする。
怒った顔さえも可愛い。
「あなたもまだまだね。この芸術が理解出来ないなんて」
その言葉を聞き、僕は全てを理解した。
勿論、自分の作り続けていた作品の価値さえも。
「さぁ、早く作品を作りなさい」
子供のように言う彼女を見て僕は思う。
「まぁ、いっか。これでも……」
「どうしたの?」
「なんでもないです」
芸術を作り続けるには時には妥協も必要……と思うしかないのかもしれない。