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7.魔女っ子、メイドに質問する

「シアラ様の部屋はこちらでよろしいですか?鴉さんとは少し離れてしまうんですが……」


 一旦アパートに荷物を取りに行く。と言ったシアラに、いりせはニコニコと部屋を準備してお待ちしてますね、といっていた。

 いっていたのだが。

 実際に案内された部屋に足を踏み入れ、シアラは思わず「で、でか……」とつぶやいた。


 最初に話した応接室と同じくらいの大きさの部屋だ。

 壁紙はアイボリーでごく薄いベージュで華美過ぎない模様が描かれている。窓際の壁にはベッドがあり、その頭側にはベッドと同じ意匠のデスクがある。机と反対側の壁には大きなクローゼットはあるし、一人掛けのソファーやコーヒーテーブル、何故かドアがもう一つある。カーテンとソファー、カーペットは深い緑で、シーツは真っ白だ。

 全体的に落ち着いた雰囲気の申し分のない――むしろ、なさすぎるほどの部屋だった。


「ここは客室になります。ベッドとソファーと机と、クーラーはそこに。あ、あと、シャワーとトイレはこちらに。テレビが必要でしたら、すぐに準備しますので」


「は、はい……。え、か、鴉も同じような部屋なの?!」


「はい、そうです」


「楽しみだな」


 シアラは部屋を見渡す鴉を見た。人間の姿になったとはいえ、カラスだし、鳥類だし。そんなやつにこんないい部屋を与えるのか。

 もはや台所がない以外は安アパートよりもよっぽど豪華だ。

 シアラが固まっていると、いりせは振り返り、「どうなさいましたか?」といった。


「壁紙の色が気に入りませんか?カーテンも……少し可愛げがないですよね……すみません。希望の柄や色があれば教えていただければいつでも変えますので」


「いえ、その大丈夫……」


 シアラは必死に首を左右に振った。その様子をみて、いりせが微笑む。


「何かありましたらすぐにいってくださいね。じゃあ、鴉さんもお部屋にご案内しますね」


「おう」


 鴉は持っていたシアラの荷物の入った段ボール箱二つを床に置いてから、いりせのあとを追って、部屋を出た。

 そういえば、カラスだったのだから当然だが、あいつには荷物がないのだ。一応何故か人間になるにあたって服は身に着けているが、着替えがない。

 カラスだが、さすがに着たきり雀にはできない。


(あいつの服とか……私が準備しないといけないのか……?いや、でも、藤峰――さんは何でもいりせさんに言えって言ってたよね……)


 考えながら、シアラは大きく息を吐き、ベッドに倒れこんだ。

 白くて、太陽のにおいがするシーツがしわもなくつけられた清潔なベッド。


(変なの)


 朝から急転直下。いや、上昇というか。

 シアラはクーラーの効いた部屋にいる。なんだこれ。


(この屋敷、住んでるのは電話で話した藤峰さんといりせさんだけでいいのかな)


 調停者の仕事はとりあえず、すこしわかった気がする。しかし、やっぱりまだまだ分からない部分も多い。藤峰はともかく、いりせは調停者ではないようだ。そうなると彼女ただの、藤峰のメイドなのか。

 ともかく、シアラがすべきはステッキの回収である。

 闇オークションは藤峰が監視してくれるなら、とりあえず、シアラは素直にステッキを追うだけでいい。そうシンプルに考えることにする。

 持ち主であるシアラしか使えないように魔法がかけてあるステッキなのだ。そのステッキをシアラ以外で使うことが出来るものなんて、腕の立つ魔女か、それに準ずるような能力の持ち主ということになる。


(……やっぱり、いりせさんってただものじゃないよね。)


 シアラは身を起こした。

 そうだ。そもそも、いりせがシアラのステッキ振って、鴉がシアラの使い魔もどきになったのだ。


(いりせさんは『力』が使える人間ってこと?でも、それなら調停者になるよね?)


 藤峰は人手が足りないといっていた。この世界には、魔女以外にも『力』を使うことができる存在はいる。しかし、数は少ないはずだ。

 藤峰のいうことを考えると、『力』を使うことができる存在は前線に立っているのではないか?

となると、もう一つ可能性である。

 異世界といってもいろんな世界がある。というのは母から聞いた話である。

 そして、その『あちらの世界』はイコールいつも同じ世界ではない。

 同じ世界からやってきてしまうものいれば、まったく違う世界から来てしまうものもいる。同じ世界だといっても、国が違えば言語、種族が違うこともあれば、生まれた時代が違うものもいる。そして、それぞれが持つ能力もまた、様々なものがある。だからこそ、転移者と一言でいっても、対策が完全に取れるわけではないのだ。


 ――いりせも、あまりいないような特殊な能力を持っている転移者なのではないか?






「いりせさん、すこし聞いてもいいですか?」


 台所にいくと、いりせが夕食を作っているところだった。


「はい。――お腹が空かれました?もう少しでできますけど」


 振り返ったいりせは目をぱちくりしながら、小首をかしげた。


「どうなさいましたか?何か他に必要なものがあればすぐに――」


「ち、違うの。あの、いりせさんも、もしかして異世界からこの世界にやってきた方かな~ってその……」


 あまりにも率直過ぎる言葉を発してしまい、シアラは視線を泳がせた。馬鹿馬鹿と自分をののしるも、既に出てしまった言葉は変えられない。

しかし、いりせはシアラの質問に、なんのためらいもなくうなずいた。


「はい、そうです」


「そう、なんだ」


 あまりにもあっさりとした答えに、シアラは口ごもった。

 人間じゃないけど、人間のように見える。そんなのこの街では自分だけだと思っていた。


「その、それじゃその、ここの、お屋敷にはどうやってきたんですか?」


「私はこの世界に流されてきたときに、ご主人様と出会ったんです。ご主人様曰く『くる予兆』があったとのことで……」


「そう、なんだ」


「はい。色々ありましたけど、私のことを保護してくれて、ここにおいてくれて。生活も整えてくれました。本当にありがたいです」


「ふーん」


 にこにこと笑ういりせにシアラは視線をそらした。

 必ずしも、みんな同じように救われるわけではない。

 いりせは幸せそうだ。藤峰といったか、電話の声を思い出す。


 ――あなたは魔女とはいえ子どもです。大人と頼ってもいいと思いますよ。


 そんな、綺麗ごとを当たり前のようにいって、当たり前のように人を救おうとするなんて。

 ずるい。

 ずっと言われたかった言葉をそんなふうにあっさりくれるなら、もっと早くしてほしかった。

 くれても受け取れたかどうかはわからないけど。


「シアラ様?」


 いりせの声にシアラは顔を上げた。


「……それでその、確認なんだけど」


「はい」


 笑顔のまま、いりせは首をかしげる。


「いりせさんって魔法が使えるの?」


 その瞬間、いりせが固まった。シアラは首を傾げつつ、


「その、鴉ってもともとの使い魔じゃないんです。鴉が使い魔になったのって、いりせさんが私のステッキを触ったときなんです」


「……」


「いりせさんがバスに乗るときに、私のステッキを振ったじゃないですか。あのとき、何故かステッキは反応したんです。私がそのとき『いまこの場にステッキあったら使い魔作って、ステッキ探しを手伝わせるのに』って考えていたのもあるのかなーとは思ったんですけど、ともかく、それで鴉が私の使い魔になってしまったみたいで。――ってあれ?いりせさん?」


 返事がないことに気づき、シアラがいりせに声をかける。

 いりせは真っ白な顔で、シアラを見ていた。どうしたのだろうか。


「大丈夫ですか?顔色悪いですけど」


「は、はい……大丈夫です。い、いやいや私よりシアラさんは大丈夫ですか⁉」


「私?」


 シアラは首を傾げた。


「私は別に変わりはないですよ」


「体に違和感は?」


「ないです」


「身長縮んだりとか。髪の毛が短くなったりとか⁉」


「ないです」


「本当ですか⁈」


「……大丈夫ですけど……、いりせさんどうかしたんですか?」


 シアラの肩をつかむ勢いで、問いかけてくるいりせはやけに鬼気迫っている。


「その、大丈夫なら大丈夫だと思います……」


「?いりせさんって、魔法が使えるんですか?」


「魔法は……その使い方を習ったことはないんです。ただ、思わぬところで魔法、のようなものが勝手に動いてしまうことがあって。その、暴走というか……」


「暴走、ですか?」


「はい……以前それで、大きな迷惑をかけてしまって……。私個人の問題ならいいんですけど、どうも私の能力は他人の『力』を勝手に使ってしまうんです。その時はぎりぎりのところで止めることができたのですが、暴走の度合いによっては、その人の命を奪うこともありうると。前の世界でも、それが問題になって……」


「あー」


 シアラは納得した。なるほど、確かに魔法の暴走は危険だ。

 しかも、自分の『力』ではなく、他者の『力』を奪うとなると……。


「私は魔女で魔力も多いから大丈夫だったってことですかね」


「そういうこと、なのかもしれません……」


 しょんぼりした様子のいりせに、シアラはどう声をかけていいか悩んだ。

 シアラのような魔女は『力』を持つものだ。使い切っても生きていれば、すぐに戻るし、器も大きいので常に一定量を保持している。

 しかし、この世界の普通の人間は『力』を持っていない。

 いや、持ってはいる。人の持つ生気が『力』ともいえるのだ。しかし、それは魔女とはもう大きさが違う。

 魔女が海や湖のような量の『力』を常に持っているとすれば、普通の人間はコップ一杯をもっているかどうか。


(確かに、その能力はだいぶ危ない……)


 魔女は生気とは別で貯めることが出来るので、使い過ぎてもそう困ることはないが、普通の人間では生死に直結するだろう。

 だから彼女はこの屋敷にいるのか。


「本当にすみませんでした……」


「いや、ステッキはなくした私も悪いので……」


 シアラはうなだれたいりせに、そう声をかけるしかなかった。

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