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6.半人前の魔女

 魔女はきままだ。社会に縛られるような存在ではない。

 人間が社会に縛られるのは、人の営みの中にいないと生きていけないからだ。だが、魔女は違う。

 魔女は強い。だから、自由で、きままだ。

 でも、シアラはまだ、半人前の魔女だ。ステッキがなければ、ろくに魔法が仕えないほどの、未熟な魔女。


 シアラには戸籍も保険も銀行の口座も何もない。あるのは魔法と母から不定期に送られてくる現金の送金のみ。

 今どき、マンションは引き落としで、手渡しでいいといってくれるところはあの安アパートしかなかった。保証人は魔法でごまかした。

 それもステッキがあったからできた話だ。

 今のシアラには何もない。ステッキがあったとしても――、ただの仮初に過ぎない。

 シアラはここにいても、存在しない『人間』同然だ。人間ではなく、魔女だからそれでいいのかもしれない。シアラの母のような、本物の魔女なら確実にやっていける。


 今のシアラ一人で生きていくことができるのだろうか。できることならそんなの簡単だと言い切りたい。でも、言い切れるほど、シアラは楽観的ではない。

 だからこそ、こんな事態さっさと解決したかったというのに。


『貴方が、私たち調停者に協力する魔女になってくれるのであれば私たちはあなたのことをフォローします。お金も住処も、学校も。あぁ、そうそう、カラスが人間になってしまった件も、問題なくフォローできますよ。貴方さえ良ければ』


「……そんな、うまいはなしあるわけ」


『協力してくれれば、です。こちらにもメリットがある話なので、ご安心を。貴方が心配しているそれらを全て解決する力が私たちにはあるのです。今回のことは協力関係を作るにあたっての一つの試験と考えましょう。しばらく屋敷へ滞在してください。滞在中の対応は全ていりせにまかせてあります。必要なものがあればなんなりと彼女にお申し付けください』


 それに、と男はつづけた。


『いりせから聞いた状況と、私の得ている情報を合わせると、貴方のステッキを奪った相手は危険度B――私たちの基準で人間だけで対応できるという存在です。なので、魔女であるあなたとその使い魔がいるのであれば十分対応可能かと』


「危険度?」


『はい。こちらでは対応した転移者案件をもとに基準を設けておりまして。まず下からⅮ、これがこの世界に転移した時点で命を落としかねない無害な存在。次にⅭ。これはこの世界に存在し続けることは可能だが、この世界に悪影響を及ぼすことは不可能な無害な存在。このⅮとⅭは転移者であり外来種とはいえ、転移者の常として一代きり。監視だけ行い、必要であれば保護程度です。人間一人で対応できる程度です』


「……」


『B、これが今回の転移者ですね。いるだけであれば、無害な存在として先ほどの二つと同じく、監視だけでかまわないのですが、彼らは物理的な力のみですが危ないことをすることができる。複数の人間が対応に必要になる可能性があります。話を聞く限り、人間並みの大きさで、行動も何か目的がある様子。ただ、力の発露や使用は見られなかったとのことですので、魔女と使い魔さえいれば、対応可能かと』


「転移者がステッキを奪った理由に見当はつく?何かそっちが知っていることがあれば教えてほしいんだけど」


『いくつか心当りがあります。まず、裏ルートに流す。これは金銭的な理由ですね。本物の魔女のステッキはマニア垂涎でしょうね。ただ、私たちはそのルートを抑えているので、もしそっちに流れた場合はこちらで対応できます』


「……」


 ステッキがオークションに流れる――。魔女の名折れ、生き恥、そんな言葉がシアラの脳内を駆け巡る。


『あとは、どこかで魔女の存在を知り、魔女のステッキを使えば――『力』さえあれば、元の世界に戻ることができるかもしれない、という期待でしょうか。ただ、先ほどいったように、今回の対象のレベルはB。望んでも『力』をつかえるものではありません』


 気のせいかもしれない。しかし。それは少し寂し気な声だった。


「……」


 異世界からの転移者は、元の世界に戻ることができない。

 いや、知らないだけでどこかでそんな方法はあるのかもしれない。しかし、それは確立されていない。


(本当は皆、自分の世界に帰りたいはずなのに)


 頼れるものは何もない。常識も、物理的法則も、何もかも違う世界に突然やってきてしまう。そんなの想像しかできない。わかるのは苦しいだろう、つらいだろうという同情のみ。何ができるわけでもないのだ。

 そんな魔女が狙われるのは、この世界では珍しく『力』を確実に内包し、それを長年の経験の上で、体系化しているからだ。

 魔女はこの世界での生き方を知っている。この世界での魔法の使い方を知っている。しかし、そんな魔女も異世界転移について、解明することすらできていない。


(それさえできれば、この問題はすべて解決するようなものなのに)


 一人前の魔女になることすらできていない自分に、そこまでのことはできないけれど、『もし』は考えてしまう。


「ちなみに、Aになるとどう変わるの?」


 思いを断ち切るように、藤峰に言うと、すぐに返事が返ってきた。


『Aは簡単にいうと、あなた方。魔女の皆さんのような存在です』


「わ、わたしたち」


 シアラは体を固くした。


『ええ。ただ、魔女の皆さんは外来種――転移者としてはもう何百年。下手すれば千年をも超える昔にこの世界に来ている存在。意思疎通もできるし、情報共有もできる。なので、監視のみ、直接の対応は何か問題があった時のみ行っております』


「……そうなると、逆に、Aは魔女みたいに魔法が使えるってことか」


『そうです。魔女の皆さんは『魔法』を使うことができる。そして、同じく異世界からの転移者の中にも『力』の概念を持ち、物理的対処だけでは対応できない存在がいます。そういう存在はさすがに数がいないので、調停するときは大掛かりなものになります。魔女の方々と同じように互いに相互理解が進めば、苦労はないのですが、なかなか難しいですね』


「……まぁね。……で、Aで終わり?それ以上の存在とかいないの?」


 シアラの質問に一瞬だけ藤峰の返答が遅れた。


『……一応、存在するだけでこの世界が危うくなるもの。Sというレベルはあります。それこそ、天災並ですね』


「基準がそこまであるってことは存在するのね……」


『そもそも、魔女の方々もご存じとは思いますが、この世界に来る者たちが最近、互いに手を組む例が見られたことが一番の問題です。調停者は性質上、数が限られている。物理的な対応だけでも人手を割かれますが、徒党を組んだ相手に対応するとなると、やはり『力』の概念に対応できる魔女の力をお借りするのが確実です。今後協力依頼することについての話は出ていました。なので、この接触を期に、あなたと連携を図ることができればちょうどいいのではないかと思いまして』


「なるほどね」


 調停者も動いてはいたのが、手が回りきっていなかった。ということか。納得がいく。

 魔女は調停者の基準でいうレベルAのみを危険視しているが、調停者はその下の連中も対応している。


(確かに、魔法を使えない人間ばかりとなるとなかなか難しいでしょうね)


 シアラの属する魔女の一族は藤峰の言う通り、さかのぼれば千年を超える。その歴史の中で、似たような概念を持つ転移者が身を寄せ合い、魔女の一族となってきた。

 そして、世界にはシアラの一族とは異なる魔女や魔法使いもどこかにいるのだ。

 調停者も、魔女を狩ることができる以上、魔法やそれに準ずるものを何らかの形で使用することができるだろう。しかし、それが魔女よりも優れているとは思えない。


『では、話は理解していただけたということでいいでしょうか?ではそろそろ私は、この辺で。ゆっくり考えてからで構いません。いい返事をお待ちしています』


 その言葉を最後に通話が切れる。考えこんでいたシアラは対応しきれず。思わず、腰を上げる。


「ちょっ、そんな一方的に――!……って、切れてるし」


 シアラは携帯電話の画面をにらむ。

 丁寧な口調ではあったが、妙にせかしてくるのは、調停者が忙しいからなのか、それとも、藤峰がそういう性格なのか。


(私が未熟だから舐められてる……?ないわけじゃないと思うけど……)


 それにしても、妙に何か……。


(同情的、みたいな)


 シアラが子供でなめられているだけかもしれないが。


「で、どうすんだ?」


 シアラが考え込んでいると、鴉はシアラを一瞥して言った。

 顔を上げれば、いりせもテーブルの向かいから、不安そうにシアラのことを見ている。

 決めるのは自分だ。シアラは未熟でも魔女。こんなとき、魔女ならどうすべきか。


「――いいわよ。私だって魔女の端くれ。いかに気まぐれな魔女だって、やるときはやるってことくらい、わかってもらわないとね」


 シアラは捨て鉢気味の強気で答えた。




 そうと決まれば話は早い。シアラは面倒だとごねる鴉を引きづってクーラーのない安アパートに戻り、荷物を準備することにした。


「お前の部屋本当に狭いな。しかし、なんでこんなに服が多いんだ?」


「うるさい」


 シアラは帰りがけにスーパーからもらってきた段ボール箱に、必要なものを突っ込んでいた。

 鴉は興味深そうに部屋を見渡している。一応外見は男だし、どうみてもガサツそうなので、鴉には荷物運びだけやってもらおうと思ったのだが、部屋について言及されると、心底嫌になる。

 事実、ただでさえ狭い部屋が、さらに狭くみえる原因は服だ。

 シアラはぐぬぬという顔で、部屋の三分の一を占めるクローゼットと衣装ケースを眺めた。

 衣食住の中で、『衣』だけが、妙に潤っている。原因は母である。

 今日も何やら『送った♡』といっていたが、母の言葉の通り、開けてみれば全て服だった。パステルピンクの服、黒い服、スカートにズボンにキュロットに……。全て母の作成物だ。母が手ずからではなく、使い魔やゴーレムを使用しているので手作りというには少し異なるのかもしれない。


 母の趣味は日本のアニメ鑑賞である。それも幼女向け。

 魔法少女作成にはもう興味がないようだが、しかし。シアラのファッションには未だに興味が尽きないらしく、定期的に送ってくる。

 さすが凝り性の魔女。縫製はしっかりしているし、無駄にデザインも可愛いので、着るには着ているが、多すぎるので残りの食と住の分の金をもっとよこせといいたくなる。

 ある程度着たら売ろうかと思ったが、手段に悩んだのと、母に気づかれないかと不安で売るには至っていない。


「鴉、うるさいからちょっと外に出てて」


「はいはい」


 鴉を追い出し、改めて荷物と向き合った。

 クーラーの壊れたままなので、日は傾いてきたが、部屋の中が暑いことに変わりはない。

 服は一週間程度、一応制服。あと、学校の書類は――宿題は終わってるし、いらないか。とりあえず、ノートと。魔道具と水晶玉と。

 シアラは何とか荷物をまとめ、段ボール箱と大きめのリュックサックに詰め込む。そして、ドアから顔を出して、鴉を探した。

 部屋のすぐ外に鴉がいた。声をかけようと、顔を出したところで、鴉が降り返る。

 その後ろにいる老齢の女性をみて、シアラは思わず「げ」と言いそうになった。

 大家さんじゃないか。


「この方、シアラちゃんのご親戚?」


 耳は若干遠いが、人の好い――ただし全体的に雑――な大家さんは柔和な笑顔で言った。


「はい、従兄です」


 シアラは鴉に目くばせをしながら返答する。


「そうなのぉ。確かに似てるわねぇ」


 まったく疑いもしない顔で大家さんは手を合わせた。


「はい、そうなんです」


 シアラは力強くうなずいた、そして、


「似てるってよく言われるんです!あ、で、その、夕飯の予定があるのですみません」


 何かまた言葉が続きそうだった大家さんを笑顔で食い止め、急いで鴉に段ボール箱を二つ渡した。そして、自分も部屋に戻り、窓を閉めてから、小さめの段ボール箱をもち、リュックサックを背負って、部屋を出て鍵を閉める。


「では!」


 笑顔の強硬突破だった。


「じゃあねぇ」


 気分を害した様子もなく。笑顔で手を振る大家さんにシアラは手を振り返しつつ、歩いてく。

 大家さんが見えないところまできてから、鴉はシアラに問いかけた。


「やけに慌てていたが、なんかあるのか?」


「いや、話が長いのと、あんまり話すとぼろが出るだけ」


「めっちゃ心配してたぞ。俺がお前の部屋から出てきたから」


「あー……いい人なんだよね……うん」


 そう。いい人なのだ。だから、シアラはここに住んでいることができるともいえる。話は長くて、いわなくてもいいことをいっててしまいそうになるけど。


(母もいない、私だけの生活)


 隠さないといけない。シアラだけで対応しきれないのは、悔しくて。

 本当はもっと、しっかり話さないといけないとは思っているけど。でも。


「お前と俺は似てるのか?」


「使い魔だから、魔力が影響しているんでしょ」


 鴉を見上げながらシアラはいった。

 自分の顔と他人の顔を似ているかどうか判断するのは結構難しい。しかし。まっすぐな漆黒の髪に、白い肌、釣り気味の目。確かに、パーツごとで見ると似ている気がする。


(全然顔似てないよりは、使い勝手が良い設定にできるし、いいか)


 顔の似ている従兄妹という設定であれば、シアラと鴉が一緒にいて怪しまれる確率は低くなる。

 ステッキさえあれば、この仮主従は終わらせることができるし、続けるとしても、鴉を鳥の姿に戻すこともできるだろう。魔女の使い魔は大概、人間の姿と動物の姿を重ねて持っているものだ。


(いつまで一緒にいんのよって話でもあるけど……)


 余計な心配は、少なければ少ないだけいいか。とかそう思うことにした。

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