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5.メイドのご主人さま

「どうぞおくつろぎください」


「はい、その。おきづかいなく」


 メイド――いりせに声をかけられ、シアラは緊張しながらうなずいた。

 そんなシアラなど意に介さず、鴉はソファーに深く腰掛けたまま、いりせに声をかける。


「なんか食べ物はないのか?」


「茶菓子でよろしいですか?」


「ああ、結構腹減ってんだ」


「わかりました。多めに持ってきますね」


 そう言い残すと、いりせはにっこり笑い、部屋を出て行った。

 いりせがいなくなった部屋をシアラは見渡した。

 広い。そして、豪華な部屋だ。多分、シアラの住んでいる六畳一間の激安アパートなんてこの部屋にすっぽり入ってしまうだろう。


(これがお屋敷の応接間……!)


 シアラはソファーに手をつく。ふかふか。ふかふかである。現実逃避の一種であることは自覚の上で、その感触を楽しむ。


「おまえんちとは大違いだな」


「うるさい」


 水をさす鴉の言葉にシアラはイラっとした。そもそもこんなところにくるつもりはなかったのだ。


(状況が把握しきれない……)


 シアラは天井を仰いだ。




 何しろステッキがまた盗まれたのならば、また探しに行かないといけない。しかし、現実と焦りと混乱と困惑で立ち尽くすシアラをよそに、鴉といりせが勝手に話を進めてしまったのだ。


 ――えっと、あなた方は……。


 ――こいつは魔女、俺は鴉。今は使い魔みたいなもん。こいつのいってたように、こいつのステッキを探して、ここまで来た。


 ――そうなんですか!


 そんな話をしているのをぼんやりと右から左に聞き流していると、「じゃ、ここはご主人様に相談しますので、まずはお屋敷に……」「頼む」と話が進み。鴉とメイドに引きずられてタクシーに乗り、気づけばソファーに座らされていた。ここは最初に、いりせを見かけたバス停のすぐ横のお屋敷だった。そう、お屋敷なのである。


 人気はないが、非常に大きい屋敷だ。外壁はレンガ造りで、廊下には高そうな花瓶にお花。通された応接室には一畳くらいの大きさの絵画が飾られているし。シアラと鴉が座っているソファーもやけに豪華な刺繍がしてあるし。うん、ふかふかだ。めっちゃふかふか。癖になるフカフカ。いやもう、ソファーがふかふか……。


「なんで私こんなところにいるんだろ……」


「ついてきたからだろう」


「そうじゃなくて!」


「ほかに何かある」


「……ない」


「大丈夫かお前」


 大丈夫なわけがない。朝から母の連絡、鴉の窃盗、謎のメイドの登場、転移者がステッキ強奪、最後の最後にお屋敷招待である。

 できるだけ人間たちの間に身を潜めて、魔女としての修行を細々行うだけのほぼ引きこもり生活に、こんなイレギュラーが続くと精神がついていけない。

 シアラが知らないだけで、そんなにたくさん変なものがこの街にはあふれていたのか。

 もうやだどうしよう。

 現実逃避気味にシアラが頭を抱えたときだった。


「失礼します」


 応接室のドアが開き、いりせが現れた。片手にお盆。その上には紅茶の入ったカップと焼き菓子がのった皿があった。

 いりせはそれらをシアラと鴉の前に一つずつ丁寧に置いていく。流石メイドさん、と、その優雅な所作にシアラは視線を向ける。


「……ありがとうございます」


「ありがとう」


「いえ、その、大したものではないのですが……。……少し私も座らせていただきます」


 そういって、いりせはシアラと鴉と向き合うようにソファーに座った。


(外見は普通の人間、いやメイドにみえるけど)


 シアラはともかく口をつけたほうがいいだろう……と紅茶をすすりながら、いりせを見た。柔らかそうな髪を後ろでくくり、たれ気味の瞳は笑みを浮かべ、唇は弧を描いている。


(やっぱりどうみてもメイドさん……そして、ご主人様もいるらしいし、本物のメイドさん……)


 おまけにシアラのステッキで何故か魔法を使うことができるのだ。謎のメイドすぎる。

 シアラはいりせの視線に気づき、にっこりと笑みを深めた。そして、口を開く。


「シアラさまは魔女なんですね」


 何を言い出すのかと思えば。気管に紅茶が入り、シアラはゲホゲホとせき込んだ。


「そ、そ……げほっ」


「す、すみません、何か私まずいことをいってしまいましたか……⁈」


「大丈夫だ、こいつがおかしいだけ」


 心配するいりせに、鴉は首を横に振る。シアラはそれを憎々しげに眺めつつ、呼吸を整える。

 ともかく、と、カップをテーブルにおいた。


(とりあえず話をしないと)


「わ、私が魔女っていうのはそのこいつの、えっと嘘というかなんというか」


 言いながらシアラは(なんて話を持っていけばいいんだろう……)と泣きたくなった。

 ごまかす、という戦略である。


「そう、ええと、魔女ごっこをしてたんです!その流れでこいつが私を魔女と言って!」


「え、でも魔女ですよね」


 いりせは首を傾げた。


「魔女、の振りでその」


 シアラは視線を泳がす。隣に座る鴉は何もいわない。が、しかし、非常に面白いことになってきたなという顔をしている。非常に気に食わない。

 中学生で魔女ごっこをしているとしたらそれはそれで痛いが、これはそのこう押し通したい……と思うシアラに、いりせは「あ」と声を上げた。


「すみません。説明が遅くなりました。さっき、ご主人様に確認したんです。シアラさんのこと。そしたら、シアラさんはご主人様の担当の魔女だというお話を聞きまして」


「いえ、それはなんでもな――、え?何ですって?」


 言い訳に言い訳を重ねようとしたシアラは、いりせの言葉を聞きかえす。


「その実は今回私が色々関わってしまったので、ご主人様にご報告をしたんです。そしたら、ご主人様はちょうどシアラさんの担当ということでして」


「え?担当?」


「はい、ご主人様は調停者なので」


「調停者?貴方の、ご主人様とやらが?」


「はい。そうです。まさか私がその、シアラさんの話を電話でご主人様に相談しまして、そこで、はい。……私もその、知らなかったんですが……。でもよかったです、ご主人様も状況が早期に知ることが出来てよかったとおっしゃってましたし」


(嘘)


 頭がきゅうと絞られるような感じ、背中に汗が流れる。


(やばいやばいやばい、お母さまの話のすぐ後にこれ?何でこんなことに?)


 ステッキは謎の転移者もどきに盗まれる、鴉は人間になる、メイドのご主人様は実はシアラの監視をしている調停者だった。そこに頭から突っ込んでしまった。


(だから、だからこんなに落ち着いているのかー!)


 調停者の関係者で、異世界人の存在も魔女の存在も知っていれば、確かにこんな事態があっても落ち着いているだろう。

 というか、そうなると。

 魔女がステッキを奪われてしまった。おまけにカラスを人間に変えてしまった――ということが調停者に筒抜けということになる。


 ――どど、どどどどうしたら……⁈


 調停者は魔女や異世界からの転移者のような『本来この世界にはあってならないもの』を調停、もとい隠すのが仕事――らしい。

 シアラ自身としては、他人に自分の正体がばれるのはできるだけ避けたいので、基本的に魔女とはいえ魔法は人が見ていないところでしか使っていない。

 しかし、母によると、魔女の中には定期的に警告を受けるものもいれば、警告が重なり、実際に処分されたという魔女もいるという。


(私は今まで気を付けてきていたし、調停者から警告を受けたことはない……ないけど)


 一度だけ。一度。大きなことをした。

 でも、何もいわれなかったし、それ以上何もしなかったから、記憶からは消そうとしていたけども。


(あれは、何もいわれていないし、今回とは関係ないはずだし……)


 シアラがぐるぐるとした思考に陥り、黙り込んでいると、いりせは微笑んで口を開いた。


「それでその、ご主人様からは、全面協力をするようにと言付かりましたので、これから対応させていただこうと思います」


「……え?」


 シアラは涙目でいりせをみた。


「よかったじゃねぇか、さっさと見つかるといいな」


「いや、え?そんな簡単に……」


 そんなあっさり、話が進んでしまっていいものか、とシアラが思ったとき、着信音が部屋に響いた。いりせがポケットから携帯電話を出す。


「ご主人様ですね」


 いりせはそういいながら電話に出た。


「もしもし、いりせです。――はい、シアラ様にご主人様が調停者であることはお伝えしました。――はい、そうですね、わかりました。スピーカーでいいですか?了解です」


 電話から耳を放すと、いりせはシアラに言った。


「ご主人様からのお電話です」


「う、ぐ」


 逃げられない。シアラは唇を噛む。

 なんでタイミングがいいんだ。なんで――。


(ええい、そんなことをいっていても話は始まらないッ)


 もうここまで来たら出るしかなかった。

 いりせにうなずくと、彼女は画面のスピーカーボタンを押した。シアラは唾を飲んでから、口を開いた。


「もしもし」


 一瞬の間。


『こんにちは東儀シアラ。創楽の魔女ミリィの娘。私の名前は藤峰といいます』


 携帯から聞こえたのは、低い男の声だった。

 どこかで聞いたことがあるような――そんないたって普通の若そうな男の声。

 彼の言葉の内容に、シアラは唾をのんだ。


(お母さまの二つ名を知ってるのか……)


 魔女は独り立ちすると二つ名を持つ。

 母の二つ名は魔女に通じているものでなければ、知る由もない。つまり、知っているということは、この藤峰なる人物がそれを知ることのできる立場ということになる。


「……私のことを監視していたというのは、本当みたい、ですね」


『そうです。貴女の母上が魔法少女を作ることをあきらめたことも、知っています。ゆえに私は貴方に何をするつもりもなかった。ただ、魔女は常に監視対象なので、担当しています。それだけです』


 藤峰を名乗る男の言葉は続く。


『実を言ってしまえば、こちらに魔女の協力者がいないわけではないのです。しかし、彼女らは積極的ではないゆえに、静かに追わせていただいていました。しかし何ですね、魔道具を盗まれた、ですか。今回の件は、いりせも関わっているということですし、こちらにも落ち度がありました。魔女の魔道具の重要性はこちらも把握しています。全面的にサポートします。何しろ、バレてはいけないことは、あなただけではありませんので』


 藤峰の笑う気配だけは感じ取れた。


『あなたは魔女とはいえ子どもです。大人と頼ってもいいと思いますよ』


「なんの話……?」


『貴方の生活や今後について、ですよ』


「……」


 シアラは息を飲んだ。


『確かに魔女であれば、ごまかしはいくらでも効きます。戸籍も保険も、銀行の口座もない。魔女は流石ですね、極端なことをなさる。それでも大丈夫、ではあるのでしょう。――でも、貴方はこのままでいいんですか?』


「………」


 いいわけない。だが、そうやすやすと「そうです困っています」と泣きつくほどシアラは弱くない。――そう、私は弱くない。

 どこまで知られているのか、シアラは視線を携帯電話に向けたまま、眉を寄せた。

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