3.メイドを探せ
「もう、なんでこうなるかな!!」
シアラは憤慨しながらずんずん歩く。身長差による足のコンパスの違いにより、いくらシアラが早足になろうが、相手のペースは変わらない。それが非常に腹立たしい。
同行者はシアラの独り言に口を挟んだ。
「お前の魔法が使えないのが悪いんじゃないのか?」
「違う、魔法は使えてる!精度が弱いだけ!ちゃんと説明したでしょ!」
「俺がお前のところから盗んだあのキラキラしてるやつがないとお前は魔法使えない。だからそれを探してる。んでもって、そのステッキはお前じゃないと魔法が使えないはずが、何故か、拾った女が触ったら、魔法が使えて、俺が人間の姿になった。ってやつだよな?」
「わかってるじゃない、じゃあいいでしょ。あとはステッキを探すだけ!ステッキさえあればあんたをカラスに戻せる!それで協力関係は終了、使い魔契約もどきも終了!それだけ!」
眉を寄せながら吐き捨てるようにシアラが言うと、カラスだった青年――鴉(仮)は「ふーん」と特に興味がない顔でうなずいていた。
「ねぇ、本当にあんた、ステッキがキラキラしてたから盗んだだけなの?」
「そうだ。小さかったのに、なんか途中でデカくなったせいで落としたけど」
「私から離れたせいで、魔法が途切れたんだ……。っていうか、普通部屋の中にまで入って盗む⁈あんた、野生動物でしょ?危険すぎるでしょ?」
「――まぁ、そうだけど。でもカッコよく見えたんだよな。なんか、他のやつも同じこと言ってたし。だったら、先に盗っておこうと」
飄々とした様子の青年は答える。
そんなどうでもいい好奇心のせいでこんな事態になるとは。だいぶシアラにとって嫌な話だ。
「何それ!流行に流されやすい女子高生かお前は!?……ていうか、そもそも何であのメイドに私のステッキが使えるのよ……」
メイドは人間に見えたが、転移者なのだろうか?しかし、そうなると彼女は何故カラスと人間の姿に変えたのか。
(私が使い魔ほしいって思ったから……?)
正直納得的ないところがたくさんあるが、そういう理由しか浮かばない。
突然現れた青年こと鴉に驚いた後、メイドを追うことを思い出したシアラは、鴉を引きづって、バスを追いかけた。
道中、意思疎通を図ると、青年は『自分はカラスであり、そもそもお前のステッキをいただいたのは自分。うっかり落として、やっちゃったなーと落とした付近の樹で休んでいたら突然人間になった』等と、とんでもないことを言い出した。
――そうして、今に至る。
鴉が何故人間の姿になったのかよくわからないが、シアラの魔力をまとった姿で放置するわけには行かない。少なくとも、言葉もわかるし、使い魔のような状況になっているためなのか、シアラのいうことにも、文句はいうが聞いてくれる。そこに関しては本当にありがたい。
あのメイドが何者で、何を考えてステッキを振り、何がしたかったのか全く訳が分からないが、それだけは行幸といえる。
それにしても、この状況。自分の魔法の後始末は行わねばなるまい。自分が行ったわけではないとはいえ、鴉は確かにシアラの魔力を帯びていることに変わりはないし、他者から見れば鴉はシアラの使い魔だと思われるはずだ。
母に言われた通り、魔女だって好き勝手やり過ぎれば、調停されるような立場にあるのだ。
(……それ以外にも、人目ってもんがある……!動物の姿を変えるのは禁呪じゃないけど、それって使い魔として支配下に置いている場合に限るし、好き勝手されたら魔女のプライド云々の問題も発生するし、えっと……)
指折り数えてもイヤになるくらい問題だらけだった。
(今日は何もかもがうまくいかない……)
シアラは大きく息を吐いたところで、目的地に着いたことに気が付いた。
「ついたわ」
シアラは気持ちを切り替えるように周囲を見渡した。簡易魔道具の腕輪はこの付近にステッキがあると告げている。
問題は、ここは繁華街であり、人が多すぎることだが。
若者向けの服屋の隣に紳士靴を売る店、古めかしい古本屋の隣に、はやりの石鹸屋、などと節操のない商店街の様子にシアラは仏頂面で、鴉はふらふらと視線を巡らせた。
女子中学生と青年の組み合わせは、両者の外見の派手さと相まって非常に注目を浴びていた。
しかし、割り切ったシアラは自分のステッキの行方に集中しているし、鴉はもとより人目など気にしない。
中途半端な距離を開けて、二人は繁華街に足を踏み入れた。
「メイド服よ、絶対見つけなさい。そしたら、あんたも戻してやるわ」
「はいはい」
シアラは真剣な顔で、腕輪を眺める。
うん、わかりづらい。しかし、方向はあっている。そんな気がする。よし。……あれ。
顔を上げて周囲を見渡したシアラは足を止めた。それにつられて、鴉も立ち止まる。
「どうした?見つかったか」
「あれじゃない……?」
指さした先には黒のワンピースの後ろ姿。
「早く捕まえないと!」
鴉の返答を待たずに、シアラは人混みに紛れていく後ろ姿を追った。
「まって…!……うぐ」
シアラは声を張り上げようとして人目に気づき、口を閉じる。
目立つことは得策ではない。
何しろ、ここはシアラの通う中学校からさほど離れていない。よくクラスメイト達が友達同士で遊びに行く約束をしているような繁華街なのだ。
(知り合いがいそう……!)
夏休み明けに変な話題になることが、一般人にとけ込む魔女としては避けたい事態だった。人との関わりを最低限にしておきたい。関わってもいいことないし。
首を振っていやな妄想をはじき出す。そして、人混みをかき分けつつ、じりじりと黒いワンピースを追った。
目標がなかなか近づかない。こういうときは、自分の身長の低さにいやになる。
母は背が高いのだから、シアラもいつかは大きくなるはずだけれども。
(そういえば、さっきの鴉って大きかった……)
少しでも高いところから見れば、メイドの位置がもうちょっとわかるのではないか、そう思い、シアラは振り返ったが、鴉の姿は見えなかった。
慌てて前後左右を見渡すが、どこにもいない。
(はぐれちゃった……⁈まぁ……ちょっとなら大丈夫でしょたぶん。先にメイドを捕まえたほうが優先……!)
不安が全くないわけではないが、まぁ、少しの間だったら大丈夫だろう。少なくとも、彼の身体にはシアラの魔力がにじみ込んでいるため、居場所はある程度わかる。まずはメイドからステッキを取り戻す事が重要だ。
「す、すみません……すみません……っ」
小声で謝りながら人混みをかき分け、いったん道の端により、人混みから外にでる。
そして、人の少ない通りを歩く黒の後ろ姿を見つけ、シアラは速足になった。
「みつけッ、……あれ?」
違和感を覚えたのはそのときだった。
確かに追いかける後ろ姿は黒のワンピース姿だった。しかし、頭の上の白いものはリボンだ。そして、どう見てもエプロンはしていない。
(もしかして、脱いだとか?いやいや、外では脱がないよね……)
さりげなく歩調を落とし、シアラは黒のワンピースを追い越しつつ、腕輪を見る。
(げえ)
腕輪の反応が鈍い。ステッキから遠ざかっているのだ。
追い越した顔をちらりとみても、あのときみたメイドとは別人だった。
(うわぁああ、やっちゃったああああ)
後悔先に立たず。シアラは通りがかった自動販売機に用があるふりをして、立ち止まり、黒のワンピースが通り過ぎるのを待った。
通り過ぎたワンピースの女を後ろからじっとりした目で眺める。私の、馬鹿。
本日何度目かのぼやきに、肩を落とし、今きた道を帰る。
今日はついてない。本当についてない。
(あぁ、馬鹿はどこいったんだろう)
私がこんな思いをしてるっていうのに、あの馬鹿は。
「速いなぁ」
走り去るシアラをながめながら、他人事のように青年――鴉は延びをした。そして、後を追おうとする、と。
「きゃっ」
「おいねーちゃんきをつけろよなぁ」
横から声が聞こえた。鴉が声の方向へ目を向ける。
女が八百屋の前で人とぶつかり、手に持った袋からタマネギを、店頭に並べられたリンゴを落としたようだった。
リンゴがコロコロと転がり、歩行者を縫って鴉に近づく。
鴉は足下に転がるリンゴを拾い上げた。そして、女に近づき、地面に手を伸ばす彼女の手を掴んだ。
「ほら」
その手にリンゴを渡してから、路上に転がったままのタマネギも拾い上げ、袋に入れ、それも手渡す。
「あ、ありがとうございます」
「気にするな」
頭を下げた女に軽く手を振り、鴉は彼女から遠ざかり、人混みにまぎれる。
そして、さりげなく女を助けた際に隠しとったリンゴを懐から取り出し、歯をたてた。
(おいしいな)
先ほどからリンゴが食べたくなっていたので、女のタイミングはちょうどよかった。
鳥の姿であれば、飛んで逃げることができるものの、人間の姿に慣れていない今、盗んで走って逃げるのは、避けたかったのだ。
(そういえばあの魔女はどこいったんだ)
ぼんやりと思いながら、同時に首を傾げた。
(そもそもメイド服って、いったいどんな奴なんだ?)
騒がしい若い魔女の話を聞くばかりで、メイド服なるものについて確認していなかった。
そういえばシアラの追った姿も黒い服だったが、タマネギを落とした女も黒い服だった。思い起こそうとするも、リンゴの方に気がいっていたために女はあまり記憶に残っていない。
実は黒いワンピースに白いエプロンとヘッドドレス。それは彼らが探しているメイド、六月いりせそのものであったが、もちろん、元カラスたる彼にはわかるはずもなく、
まぁ、いつかはみつかるだろう。楽観的に彼は考える。ただ。
(どうして、あのステッキを狙ったのか――、か)
そういわれると、魔女に伝えたように、キラキラしていて綺麗だったから。以外に理由はない。ないのだが……。
(あの見掛けないやつらは、なんで魔女のステッキをもらうつもりだったのか)
見掛けない鳥だった。少なくとも、同族――カラスではない。雀でも、鳩でもない。
(まぁ、どうでもいいけど)
してしまったことも、おきてしまったことは変わりない。
(せっかくだから魔女に恩を売るのもいいだろうし)
鴉は余計なことを考えるのをやめた。
「そ、それがメイド服ってやつ!あんた馬鹿なの?!」
シアラは自分と離れている間のことを鴉から聞き、頭を抱えて小声でうめいた。
シアラと鴉は今、繁華街のはずれにあるファストフード店にいた。
「いや、聞いてなかったからな」
向かいの席に座り、ストローでオレンジジュースを飲みながら鴉が肩をすくめる。
顔がいいせいで無駄に様になる姿に苛立ちが増す一方だ。
「聞いてないじゃないわよ、私に最初に確認したらいいじゃない‼メイドって何ですかって‼」
「見たらわかるかなって」
「わかってないでしょーが!」
激しく突っ込んだシアラだったが、まわりからの視線に気づくと、口を閉じ、顔をしかめながら肩を落とした。
目の前のテーブルには、エコからほど遠い大量の紙ゴミがある。これらに包まれていた不摂生きわまりない小麦粉と油と肉と申し訳程度の野菜の集合物体は、すでに腹の中だ。味はしつこく、癖になる。さらには普段食べないものだから少し胃が重い。
シアラは小さくつぶやいた。
「もう、なんなのよ……」
合流したとたん、「おなかが空いた」と言い出した鴉にこめかみをひくつかせたものの、シアラは自分も空腹であることに気がついた。
そういえば、今日は朝から何も食べていなかった。
すぐそばの喫茶店(高め)ではなく、少し遠いファストフード店に入ったのは、少しでも金銭的に楽をしようとしたからだ。
(ここなら割引券が……)
生活費を母の気まぐれ不定期な送金に頼っている身としては、金銭の負担はゆゆしき事態であった。
そういう事情はまずは一人前をぺろりと平らげた鴉の、「まだ足りない」という言葉に破壊された。我慢しろといえば、まぁ、我慢できないこともない。という彼に安心してみれば、また、盗めばいいなどと不穏な発言が聞こえた。シアラは嫌な予感がした。
詳しく聞けば先ほどリンゴをくすねたという。
おまけに、その話をさらに聞けば黒のワンピース姿の女と出会ったという。
そこまで聞いたあたりで鴉が真顔でいった。
「おなか、まだ空いてるんだけど」
もう一セットは割引が利かなかった。そして、現在に至る。
「なんなのよもう……魔法はうまく使えないわ、カラスは人になるわ、メイドは行方不明だわ、何なの、私なんかしたっけ」
シアラの言葉を無視し、鴉はフライドポテトをつまんだ。その姿を恨めしげにみつめるも、同時に目に入った新しい客にシアラは眉をひそめた。
(やば)
「どうした?」
「だまんなさい」
鴉は首を傾げた後、シアラが見たほうに視線を向ける。
シアラは魔道具に『力』を通した。焦って少し強引に魔力を通したせいか、魔道具が少しゆがむ気配を感じる。
(間に合え……)
どうにか安定させ、一息つく。これでシアラの周囲の空気が少しゆがみ、あちらからはシアラのことが見えなくなったはずだ。多分。
シアラは鴉で顔を隠すようにしながらこっそりうかがう。
レジの前で三人の少女がメニュー表を見ている。シアラと同じ年頃の少女たちだ。
くすくすと笑いあっている彼女たちは、シアラがいることに気づいていないようだ。
「お前何してるんだ?」
鴉はいった。
「隠れてるの」
おもしろそうに眺めてくる鴉をにらんでから、シアラは再び顔を上げ、確認する。
(同じクラスの、えっと学級委員長の御厨さんとええと、中屋さんと遠田さんだったよね)
シアラが見ている間に、少女たちが買い物を終え、店を出ていった。飲み物を買うためだけにはいったらしい。ほっと一息ついて、魔法を解く。
さっきは見つかりたくないあまりにとっさに魔法を使ってしまったけど、あの様子だったら、別に魔法を使わなくてもよかったかもしれない。
シアラは腕にはめた魔道具をみた。『力』の通し方が悪かったせいで、少し回路がゆがんだようだ。
(もう、この魔道具、使えないかも……)
家にもう何個かあるので、当分は大丈夫だろうけども。
「さっきのは知り合いなのか」
鴉の言葉に、シアラは頷いた。
「クラスメイト、――あんたにはわかんないか。ただの知り合い」
「仲悪いのか」
「悪いというか、私が興味なくて、あっちが中途半端にあるだけ。関わりたくないけど、あっちが関わりたがるのよ」
「へぇ」
中屋と遠田はともかく、学級委員長の御厨はシアラにかまってくることが多い。多分、学級委員長だから、一人でいるシアラが心配になるのだろう。厚意はありがたいが、正直放っておいてほしい。
色々あって、小学校の頃の知人とは距離をとっている。中学校では最初から人との関わりを減らそうと思っていたのに、何故か近寄ってきてしまう人がいる。
(どうせ、関われば関わるだけ辛くなるだけなのに)
興味は抱かれないほうが楽だ。もっとシアラが器用だったら、よかったのかもしれない。
器用に相手に嘘をつき、魔女であることを隠しきって、なおかつ、利用する。そうできればきっと一番いいだろう。
でも、シアラは器用ではない。そうなると、まずは近づかないのが一番いい。
お互いのためにも。
「――魔女って、あんまり人間と関わっちゃいけないと思うの」
「そうかもな、異分子は集団からは省かれる。当然だ。それを自分で避けるのは賢いと思うぞ」
「……何でそんなにあんたが偉そうなのよ」
鴉の言葉にシアラは頬を膨らませ、視線を外した。
言った後で恥ずかしくなる。こんな人間でもないような奴に、自分は何を言っているのだろう。
ちっぽけなプライドだって、守らなければ自分を見失う。
それが本当に守るべき価値があるものなのか、正直よくわからないところはあるものの。
シアラは気持ちを切り替えるため、コップに入ったジュースを飲み干した。
「ともかく、もう今度こそ見つけるわよ」
シアラは机の上に、コップを置きながら言った。鴉はうなずいた。