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20.私は魔女でいい

 魔力喰いはまず、手につかんだままだったシアラの残りの髪を口に運んだ。

 燃えるように青く光りながら、それが御厨の口に消えていく。背中がぞわぞわするような魔力を喰われる感覚。

 ふいに、御厨の体から靄のようなものが立ち上がるのが見えた。


(あれが、本体)


 魔力を喰ったことで、存在が増し、はっきりと見えるようになってきている。

 魔力喰いは両手を伸ばした。右手にははさみを持っている。シアラはそれを、じっと眺める。


「さて」


 魔力喰いがシアラの頭の後ろに差し入れ、髪を引っ張った。


「……ッ」


 ぐいと引っ張られる感触。


(いりせさんが結んでくれたポニーテイル……)


 あんなに綺麗に丁寧に結んでくれたのに。


「残りをもらうぞ」


 はさみが動き、シアラの髪が再び切り取られた。シアラの頭が解放される。

 瞬間。


(まってた)


 まずは一本。『力』を電気に変えて流す。髪の毛から髪の毛へ、つかんだ髪の束にまで流れた電気に、魔力喰いは「ぐッ」と、うめき声をあげ、はさみを取り落とす。体を硬直させた魔力喰いをしり目に、シアラは体を起こす。シアラは自分の手足を強化し、拘束を解く。

 そして、腕を地面について、勢いよく、魔力喰いの足を蹴った。


「てい!」


「うわっ」


(ごめん御厨さん!)


 弁慶の泣き所に綺麗に蹴りが入った。あれはきっと、あとで青あざになる。そう思いながら、シアラはバランスを崩してふらつく魔力喰いの足をもう一度蹴りつける。

 魔力喰いが倒れる。


「お前――」


 シアラは何も言わずに、魔力喰いの左手に手を伸ばした。

 腕輪に触れることさえできれば。


「御厨さんを、返せ!」


 覆いかぶさるように、魔力喰いにつかみかかった。そのとき、


(この感覚――?!)


 先ほどと同じ、『力』が抜ける感覚。続いて、大きな揺れと音が響きわたった。

 近くではない。でも、遠くでもない。いりせが魔法を使ったのだろう。助けがきたのだ。ただ、タイミングが悪かった。


「くっ」


 シアラはふらつき、魔力喰いに伸ばした手が空を切った。そのまま、勢いを殺しきれず、壁にぶつかる。

 その隙に、魔力喰いは身を翻した。


「――」


 魔力喰いは周囲を探るように視線をむけて、身をかがめ、シアラから距離をとる。


「ま、待て」


 シアラはふらつきながら立ち上がる。

 このまま行かせるわけには行かない。御厨の体を取り戻さないといけない。

 しかし、地響きは続く。地面が揺れ、シアラは立ち上がることができず、魔力喰いも壁に手を当ててどうにか立っている。


「こんなときに……」


 魔力喰いはシアラを一瞥してから、息をつき、手に握ったままのシアラの髪の毛を眺めた。


「もらった分だけで我慢するしかないようだな」


 つぶやき、振動が止まった瞬間に、部屋の出口に向かって走り出した。


「!御厨さんの!体!」


 シアラの叫びに魔力喰いは返事をせず、部屋から出て行ってしまった。

 シアラは急いで後を追う。




 魔力喰いは思ったよりも足が速かった。


(なめてた)


 シアラは雑多な木材とよくわからない機械のようなものをよけながら、魔力喰いを追う。

 魔力喰い自身が言っていたように、少し休んだことで酔いが醒めてしまったらしい。力を得たからか、御厨の体の扱いも『力』を喰ったからか、ふらつきが減っている。


「魔女!いるのか!」


「シアラさん!どこですか!」


 そのとき、二人の声が聞こえた。

 壁の向こう――たぶん外にいるのだろう。


「ここ!倉庫の中!外から追いかけて!たぶん外にでるから!」


 シアラは叫んだ。魔力喰いはシアラを振り返るも、足を止めない。

 態勢はこちらに有利になってきている。しかし、魔力喰いもあきらめるつもりはないだろう。

 シアラは走る。息が切れる。無節操な考えが頭にどんどん浮かんでくる。なんでこんなにこの倉庫は広いんだろう。なんで使われていないんだろう。人がいればこんなところ使われなかったのに。走るのは嫌いだ。大嫌いだ。なんでこんな夏に。走らなきゃならないんだ。それで、なんで。

 でも、一番嫌なのは他人を見捨てることだ。


 ――魔法少女の物語をたくさん見た。そのなかで、一番心に残ったのは誰かを救う存在だということ。母はよく、かっこいいとかわいいとか、そういうことばかり言っていたけど、シアラが見せられた魔法少女のアニメで気に入っていたのは、魔法少女が助けた人に「ありがとう」と言われる場面ばかりだった。

 助けられた人が魔法少女に向かって「ありがとう」という。それをみて、魔法少女はどんなにぼろぼろでも、どんなにつらい思いをした後でも、たいしたことじゃなかったとでも言うように、うれしそうな顔で「よかった!」というのだ。

 シアラは魔法少女にはなれない。でも。それでも。

 まだ、そんな場面を味わったことがない。誰かに正面切ってありがとうと言われていない。


 ――きっと御厨はそれを、言おうとしてくれていたのに。


「にがさない!」


 魔法少女じゃなくてもいい、ただの魔女でいい。

 誰にも必要とされないような、変で怪しげで、ちょっと後ろ指を指される存在でもいい。

 みんなに理解されなくてもいい。もし、救えた誰かひとりにでも、ありがとうって言ってもらえたなら、それでいい。

 そうだ。私は、ただ、誰かを助けて、ありがとうって言われたかった。

 言われるために魔法を使いたい。無理だとあきらめた、でも、捨てきれない。だから、ここから離れられない。

 魔法少女じゃなくてもいい。魔法少女みたいに、人を救う魔女になってやる。そのためには、ここで御厨を救わないといけない。

 だから、シアラは走る。

 途方もなく広く見えた倉庫だったが、壁が近づき、魔力喰いが体を翻した。

 木材の向こう側。あそこに出口がある。

 見失いそうになる。息が切れる。喉が渇いて、声がうまく出ない。それでも。


「鴉っ!外にでるから!だから!」


 聞いているかわからない、でも、きっといる。

 魔法少女の、いや、魔女の使い魔は魔女のそばにいるものだから。

 シアラは叫んだ。



 魔力喰いが開け放ったドアの向こうに、シアラは飛び出した。

 直射日光に焦げる思いをしながら、シアラは左右をみる。

 倉庫の中は薄暗かったから、周りが明るすぎて目がなれない。


「魔女、無事だったか」


「シアラさん!よかった!」


 シアラがまぶしさに足を止めると、横から鴉といりせの声が聞こえた。

 振り向くと二人が駆け寄ってきた。――いや、二人だけじゃない。

 みたことのある、鼠色のダッフルコート。どう見ても人間じゃない、鳥人間だ。


「と、りにんげん?どういうこと⁉」


「ゾートさんです!いろいろありまして大丈夫です、というか、シアラさん髪の毛が!」


「髪の毛は切られた。それ以外は無事――じゃなくて、早く追わないと!」


「あれか」


 シアラの言葉に鴉は魔力喰いに目を向け、走り出す。

 この倉庫はやはり人が少ない場所にあったようだ。すぐ後ろが山になっている。

 山に向かって走っていく魔力喰いを、鴉が追う。その後ろからシアラといりせも追いかける。

走りながらシアラはいりせに言った。


「さっきの爆発って、いりせさん?」


「す、すみません、勝手にやっちゃって……でも本当に無事みたいでよかったです。あ、で、これ」


 いりせは持っていたステッキを、シアラに差し出す。

 走りながら、シアラはそれをつかんだ。慣れた感触に重さ。

 ――ステッキ、ステッキだ。

 つかんだ瞬間、体になじむ感覚。これは、これが。


「よかった……」


「――おい、お前!」


 鴉の声に顔を上げる。少し先、開けたところ。

 そこは広い道だった。ガードレールの向こうに海も見える。街が一望できる場所。こんなところに連れてこられていたのか。

 魔力喰いはガードレールを越えた。鴉が近づくことをためらい、シアラを振り返る。

 シアラは鴉の横にならんだ。

 ぬるい風が吹いた。

 嘘みたいに青青として晴れわたった空を背に、魔力喰いは鴉、いりせ、そしてシアラと向き合う。


「魔女、どうする」


「――御厨さんの体を取り戻さないと」


 鴉の小声に、小声で返す。

 ゾートをみた魔力喰いは、特に驚いた様子もなく笑った。


「お前もいつか、喰ってやる」


「……」


 魔力喰いの言葉にゾートは何も言わない。ただ、シアラに声をかけた。


「魔女、あいつは体――とりつき先がないと、この世界では生き延びることができない。今までは生気を『力』の代わりにしていたが、『力』を得た今は、あの体自体の生命活動が終わったものだとしても、問題がない」


「つまり、ここで捕まえないと御厨さんの体がヤバいってことね」


 シアラの言葉に魔力喰いは揶揄するように笑った。


「本当は魔女の体をもらうのが一番の目標だったんだがな。でも、それはうまくいかなかったな。でも、力は十分もらった。当面は大丈夫だ。――この体は、馴染みきってはいないが、次の体が見つかるまでは、役に立つだろう」


「そんなの、ダメにきまってる!」


「じゃあ、お前に何ができる魔女。我を飼うか?世界がこの世界で生きるためには、『力』を喰う必要がある、でも、お前も他の魔女も、誰も『力』をよこす気なんてないだろう。飢え死にが見えている」


「……」


 魔女の力を与える。シアラが与えるだけなら出来る。しかし、魔力喰いの必要とする『力』はシアラ一人でまかなえるものなのか。それに、言うがまま魔力を渡していけば、シアラが魔法を使うことが出来なくなるかもしれない。そんなこと、簡単にできるとは言えない。

 ましてや、シアラ以外の魔女が魔力喰いに『力』を渡すなんてことをするわけがない。

 魔女にとっても『力』は生命線なのだ。


「――お前からもらった分だけで、当面は生きていける。近づけば、身を投げる。体が持つかわからないぞ」


 魔法を使って御厨を助ける。

 でも、そのためには、幾つか行わないと行けないことがある。

 シアラはステッキを握り直し、魔力を巡回させる。

 その動きをみた魔力喰いはにやりとわらった。


「間に合うものか、お前の中にある魔力は、我を消滅させるには足りないぞ。もう、おしまいだ」


 魔力喰いが、地面を蹴った。

 御厨の身体が、後ろに飛ぶ。


「――鴉ッ」


 シアラは叫んだ。鴉は、シアラの目を見てから走り出す。

 間に合わない、それでも、魔力喰いの注意はそらせる。

 シアラも走った。そして、鴉に続いてガードレールを飛び越え、空中へ踊り出す。


「――死ぬ気か?」


 魔力喰いが言った。


 下を見ると結構な高さだった。結構崖っぷちだったらしい。そんなところから、ためらいなくジャンプだなんてキャラじゃない。少し笑えるなと思う。

 着地はいい。もう、鴉に任せる。ただ、シアラのする事は一つ。

 ステッキにありったけの力を込めて、魔力喰いの腕にはまった魔道具をひき寄せる。

 空中で、魔力喰いはバランスを崩し、シアラの方に引っ張られた。

 シアラは空中で、魔力喰いの右手にはまった魔道具をつかむ。

 魔力喰いが身をよじり、手を離さそうとするも、そんなこと許さない。

 消滅させることが出来なくても、別の策がある。


「あんたは、ここにッ!入りなさいッ!!」


 つかんだ腕――ふれた魔道具に体に残った魔力を全て押し込む。疑似設定、生物。『力』。転移者。力のあるもの。器。

 魔力喰いは眼を見開いた。


「――押し込める気か」


「そう、あんたの新しい身体はこっち!!――御厨さんの体は返してもらう!」


 定義を押しつけることができれば、あとは一瞬だった。

 もともと相性がよくないのだ。

 『力』がない、『力』をためておく機能がない御厨の身体に魔力喰いはあわない。

 むしろ『力』のなじんでいる腕輪の方がよっぽどいいすみかだろう。


「じゃあね!」


 シアラはほほえんで、魔力喰いを押し込み切ったのを確認すると、残りわずかな『力』で腕輪に結界を張る。これで、魔力喰いは自力では外に出ることはできない。

 ――あとは。

 シアラは魔力喰い――御厨の顔を見た。一瞬だけ、視線が交わる。


(御厨さん)


 シアラは目を見開く。生理的反応か、それとも彼女自身の反応なのか。

 空中で踊りながら御厨ユキは一瞬、笑った気がした。

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