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1.魔女っ子の母は魔女

『以上が、あなたへの宿題になります。――ねね、これ、夏休みの自由研究みたいじゃない?学校の宿題にプラスして、魔女の修行だなんて、もうこれ魔法少女よね!魔女っ子よね!……シアラちゃん、聞いてる?』


 その声は水晶玉を通して、響いていた。

 妙に少女じみた、夢見がちな声だ。しかし、その声には少女ではない色気があった。聞くものの肌をざわつかせるような、まとわりつく感覚。


 水晶玉があるのは六畳一間の部屋だった。

 安っぽいふすまに壁がみ。真夏に窓を閉め切ったその部屋は地獄もかくやというほどに暑い。

 そんな部屋の中央付近。床に転がっていた固まりが静かに動く。

 細い手足、白い肌。長い髪は艶やかな漆黒。夏の暑さが充満した部屋に即した着衣はパステルカラーの半そでのシャツに短パン。

 畳に倒れこんでいるのは十代前半の少女だった。

 今は床に押しつけられつぶれた頬は、通常であれば、きめ細かく年相応の柔らかい曲線を描いているだろう。苦悩するようにつむった瞳は開けば楕円を描き、長いまつげも相まって勝ち気なその性格を表す。

 少女は今、ただぐったりと床に倒れふしている。

 彼女の手の先に、輝く棒状のものがあった。

 およそ三十センチ。白くつるりとした側面には金の細工が施されている。両端には大小の明るい桃色の宝玉。それを縁取るように緑金の文様が覆う。

 それはまるで幼い少女の振り回す玩具のようなもので、少女とはいえすでに十代半ばに差し掛かる彼女にはそぐわない。

 しかし、その存在はある種、少女になじんでいた。白と桃色、そして金と緑。それらの色合いに少し凝った意匠。少女は引き立てられるように、そこにある。

 少女とそれはつりあうもの。一対の存在に見える。

 少女は寝転がったまま、水晶玉の向こうの相手に聞こえないくらいの小さなため息をついてから、答えた。


「聞いてます、お母さま。ようするに異世界からの転移者が、魔女の『力』を奪おうとする事件があったから、今後に備えて対策を考えろってことですよね?」


『そうよ』


 母と呼ばれた声が肯定した。


『まぁ実際ね?異世界からの転移者なんて、正直、見ればすぐ異世界人ってわかるような外見だし。気づけばすぐ対処できるし、結局この世界になじめず生き残れないのが普通だし。私たち魔女が気にするような存在じゃないんだけど……。最近はどうやらうまくやってる連中もいるみたいなの。ちょっともめた魔女もいてね。まったく、調停者って何してるのかしらね。魔法の使用の制限には細かい癖にこういうとき役に立たない!ホント、転移者の確保くらいもっとしっかりやってほしいわよ』


 シアラはむっつりした顔で、母の愚痴を聞きながら思う。


(転移者ねぇ)


 母魔女曰く、――異世界転移なるもの。それがこの世界にはあるという。

 意図的に世界を渡ることができるような、超上位存在――仮称として神や悪魔と呼ばれるそれらとの付き合い方は魔女の専売特許。敬い恐れることはあれど、邪険にすることはない。

 問題は、意図せずこの世界に来てしまう方、『交換』による転移者である。

 この世界と異世界の間には、この世界から異世界へ、その分、異世界からこちらの世界へ。そういう交換のような異世界転移現象が存在する。


 ものとものだけであれば、まだいい。

 しかし、稀に、生物と生物。知生体と知生体で交換されてしまうことがある。

 そんな形でこの世界にやってきてしまった知生体を『転移者ストリッパー』と呼ぶ。

 この異世界交換転移現象は、現状どうしても防ぐことのできない世界の理の一つなのだという。

 突然異世界に行ってしまうのも困るが、同じくらい異世界から来てしまうのも困る。

 何しろこの世界の生き物とは異なる生き物がやってくるのだ。異世界人は多くがパッと見で異世界人だと分かる外見をしているものだし、言葉も通じなければ、常識も違う。

 そもそも、宇宙人に出会ったというのは大体異世界人だったりするのだ。

 これを放っておけば大混乱を巻きおこすこと間違いない。

 それらを避けるために、調停、調整し、社会の平静を保つことを仕事にするものがこの世界には存在する。


 通称『調停者』。


 彼らは地球上あらゆるところで、転移者を見つけては捕獲、管理している。

 魔女も始祖が転移者なので、管理される側である。

 魔女はその昔はもう少し別の姿をしていた。しかし、その始祖から幾代かを経て、散々もめつつも、姿は地球人と同じものになり、どうにか現状の自由を得ることが出来たのだという。

 そもそも姿をかえることができる魔女が神や悪魔といった超上位存在に近いというのも、この扱いに落ち着いた理由の一つである。


 ともあれ、そのときのごたごたで、一般人に魔法を知られると大体ろくなことがないと身に染みているので、隠れること自体には同意している。しかし、魔女が生きるということは魔法を使うということ。そのあたりでだいぶ面倒なことになるのである。


『繰り返すと面倒だし。そもそも私たちだって目立ちたくないんだもの。対策は考えなきゃいけないわよねぇ。でもこれっていい傾向かも?シアラちゃんが魔法少女になるのには、ちょうどいいんじゃないかしら!異世界から襲来する怪しい敵を迎え撃つ、魔法少女!みたいな!』


 シアラは魔法少女という言葉が出るたびに舌打ちをしたくなった。どうにかその衝動を抑えつつ、その話題をよけて返事を返す。


「そんなにたくさんいるんですか?」


『んー、そんなにいないはずだけどね……。私だって最後に転移者を見たの二十年くらい前だし?ま、気を付けてねぇ。特にシアラちゃんまだ魔道具必須でしょ?もし万が一にも盗まれちゃったら魔法使えなくなっちゃうじゃない。その辺の雑魚転移者ならともかく、魔女ともめるのは大概転移者の中でも『力』を喰ったり、使う輩だし。魔女だって隠れていれば許されても、もしそいつらといざござ起こして目立っちゃったら、調停者に狙われちゃうし。まぁ、シアラちゃんはママの最高傑作だから、その辺の雑魚転移者なんかにやられたりなんかしないと思うけど♡』


「はい、わかりましたお母さま」


『あーそうそう、次の授業では、今度こそ使い魔を作ってもらいます。ぬいぐるみを一から使い魔にするのは無理だったけど……可愛い動物でもありっちゃありよ』


 シアラは母の言葉を黙殺する。


『じゃあよろしくね。あ、可愛い服作ったから、さっき転送しといたわ!着た姿はちゃんと水晶玉で保存するのよ?じゃあね!』


 言い終わると同時に、水晶玉の光は消えた。通信が途切れたのだ。

 後ろで何かがどさりと落ちる音がした。見るのも怖い、割と大きめの音だった。

 シアラは後ろを確認しないことにして、つっぷしたまま大きく息を吐いた。


「はー、なんで私がやんなきゃいけないんだろう。やだやだ、もうなにもしたくない」


 ごろりと転がり天井を向き、延びをする。


「暑すぎてやるきでないし、そもそも私への宿題じゃないでしょあれ。お母さまのやることでしょ。やりたくないから私に押し付けてるだけでしょ。夏休みの自由研究だなんて……ここにいた時だって人の勉強に興味なんてなかったくせに、いったいどこでそんな無駄な知識もらってきたのよ。そもそも今どき自由研究は強制じゃないっつの」


 声を漏らしつつ、少女は起き上がり、先ほど転送されてきた荷物をちらりと見た。

 人一人入れそうな、段ボール一つ。これ、全部服なのか。服だろうなぁ。


「こんなんよこすよりか、送金増やしてほしいんだけど」


 ぶつくさ文句が出るも、それを母に言うことができないのは弱さである。

 何しろ余計なことを言って、送られてこなくなったらそれはそれで怖い。

 半人前のシアラの衣食住は、母の気まぐれで成り立っているのだ。触らぬ魔女にたたりなしである。


「考えるのは止め止め。ともかく今は窓を開ける!ここはサウナかっつの」


 通信を他人に聞かれるわけには行かないので、窓とついでにカーテンも閉じていた。

 シアラはカーテンと窓、網戸を開けた。そして、ステッキを拾い上げ、振った。空気が動き、風になる。少しでもましになるといいなと、嘆息。そして、ステッキを振って腕輪の形に変えてから、窓辺のローテーブルの上に丁寧に置いた。

 ステッキの形の方が魔法は使いやすいが、腕輪型の方が持ち運びしやすいのだ。

 シアラは両手をあげて伸びをしてから、窓から離れた。向かう先は冷凍庫だ。

 衣食住の『衣』は母の趣味で潤い過ぎているほど潤っているが、残りの『食』と『住』は常にギリギリである。とはいえ、日々節約の中にもたまには自分を甘やかしたい。特に母の無責任に振り回された日は特に。というわけで、シアラにとって安売りの時に買っておくアイス貯金は重要なのである。


「小豆のしかないじゃん……すぐに食べたいけど固いし……どうしようかな」


 一人暮らし用の冷蔵庫の小さめの冷凍庫を開けて、眺める。冷たい風が肌を撫でる。

 その涼しさを感じながら、ため息を吐く。


(魔法少女じゃなくて、魔女かぁ……)


 魔法少女とは何か。そう問われたら、「カッコいい」「可愛い」、「自由」、そして、「みんなから愛される」それらが入り乱れる素敵な存在だと答えるだろう。

 対する魔女が、「自分勝手」で「不自由」「普通の人に存在を知られてはいけない」といったところか。

 魔法少女は素敵な存在で、魔女は素敵じゃない存在。だから、魔女は魔法少女じゃない。


 ――そして、魔女の娘である私は、魔女にしかなれない。


 もっと自分がしっかりした魔女だったら、こんなに困らないのだろう。

 シアラは魔女である。魔女として創られた存在だし、魔法が使える。それは間違いない。

 しかし、それだけだ。魔女としての自覚も薄く、魔女としての力もまだまだ未熟。そんなシアラに母は魔女の自覚と持てと、魔女として早く一人前になれとせかす。

 そもそも魔女の自覚を持ってほしいなら、こんな現代日本で育てず、山奥で魔法だけ教えていればよかったはずだ。それを『魔法少女』を育てたい♡というよくわからない願望で、半ば普通の人間のように育てておきながら、何をいまさら。


(荷が重い……)


 鬱々として、ため息をついたとき、バサリ、と鳥が羽ばたく音が聞こえた。

 やけに大きな音だった。不審に思い、シアラは窓の方をみる。

 そして目を疑った。

 カラスだ。あけ放った窓からやってきたらしいカラスが、窓辺のローテーブルの上にいる。


「へ?」


 思わず漏れたシアラの声に、カラスは「人がいたのか」とでもいいたげな顔でシアラを見た。

 一人と一羽の視線が交わる。

 シアラが硬直していると、カラスは小首を傾げてから、器用にシアラのステッキ――腕輪の形にしているので、つかみやすそうだ――をつかみ、羽ばたいた。宙を舞い、窓からその身を飛び出す。

あわててシアラが窓に駆け寄り、空を見上げた。カラスはステッキを危なげなく掴んだまま、空を行く。


「う、うそ」


 シアラはそれをなすすべもなく見守っていた。


「……今のって、ただのカラス?それともさっき話に出た転移者関係じゃないよね⁉そんな『力』も感じなかったし。……いや、どっちでもまずいやつ……」


 シアラはつぶやいたのち、急いで部屋の隅の荷物を漁り、そこから腕輪――手作り感あふれるもの――を手に取り、腕にはめた。


「落ち着いて落ち着いて――まだ遠くに行ってないはずだから追えば間に合う……って、あ」


 シアラは慌てて振りかえり、あけたままだった冷凍庫のドアに駆け寄り大急ぎで閉めた。


「――今日はもう本当全部最悪」


 大きくため息が漏れた。

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