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12.『魔法少女』

「今日も一日お疲れさまでした。昨日に続き大変でしたね」


「こっちも、その、色々ご飯とか、お茶とか、おにぎりもおいしかったです。ありがとう」


「大したことないですよ。少しでも二人のお力になれているならいいんですが」


 にこにこと笑ういりせにシアラは少し恥ずかしくて視線を逸らす。


(ううう、母性とはこんな感じなのか……)


 すべてを包み込み、いいんですよ。すごいですよ。みたいなのが全力で伝わってくる。

 恥ずかしい恥ずかしいのだが。


(うれしい……のかな)


 自分の母が非人間であるがゆえか、そもそも魔女に母性を求める方がおかしいのか。いりせと向き合うと、妙に恥ずかしくなってしまう。


「そういえば、聞きたかったんですけれど、魔女ってみんなあんなキラキラしたステッキを使うんですか?すごく失礼かもしれないんですが、アニメに出てきそうなくらいキラキラしてて綺麗で……」


「あーあれは……」


 シアラは少し語尾を濁らせた。

 確かにシアラのそれは、かなり魔法少女的なステッキだ。というか、ほぼそのものというか。


「――私のは特別、かな。あれは母が作ったものだから」


「そうなんですか?なんか、贈り物みたいな感じなんですか?」


 興味深げにこちらをうかがってくるいりせに、シアラは肩をすくめた。

 どこまで説明しよう。調停者が知っている魔女の状況はどの程度だろうか。言ってもいい範囲に少し悩みながら話し始める。


「まぁ、そんな感じ。えっと、いりせさんのいた世界とは違うかもしれないんだけど、魔法って、『力』を魔法に変換するのにステッキを使うんです。経験を積めば、ステッキがなくても使えるようになるけど、私はそこまでの技術がなくて。今はこの腕輪を仮で使ってます」


「じゃあ、シアラさんのステッキが見つからなかったら……どうなりますか?」


「うーん……作り直しと育てなおしかな……時間がかかっちゃうかもしれないけど」


 そういって、シアラは腕輪を見た。


(どうしようかな)


 ステッキが戻ってこなかったら。怒られるのは目に見えているが、しかし、実際どうなるのだろう。母のことだ、ちょっと乱暴な手に出てくるかもしれない。魔女は結構短絡的なので。

 命は奪われないにしても、自由はだいぶ失われるかも。


「ごめんなさい」


 シアラが想いに沈んでいると、いりせがつぶやくように言った。

 見れば、うつむきがちな彼女は目元を赤くしていた。泣きそうな表情にシアラは固まる。


「え」


「だって、私がステッキを渡してしまったからこんなことに」


「いや、それをいったら、奪ってった鴉とか奪われちゃった私のほうがあれだし……」


 あわててシアラは腕をふる。


「その、まぁ、大丈夫!まではいかないけど、どうにかなる!はずなので!」


「だってその、シアラさんって大変な状況ですよね。今日も、夕方お母さまと話した後、落ち込まれてましたし。……私にできることって何かありますか?」


「……正直、藤峰さんにいわれたとおり、生活苦に陥ってたのは事実なので、いりせさんのご飯食べたり、今みたいに屋敷においてもらえるだけでめちゃくちゃありがたいです……」


 そういいながら、シアラはまっすぐにいりせの顔をみる。


「そう、ですか」


「うん、いえ、はい!」


 言いきる。


「それにその」


 シアラはためらいがちに言った。


「私が、母に怒られるのはいつものことです。私は魔女として、ダメダメなので」


「だめだめ……?」


 いりせは首を傾げた。なんと説明したらいいだろう。


「魔女は、その、魔女を創るときに、決まっていることがあるんです。魔女は人間と違って繁殖して増えるものじゃない。自分を分けて、創る。そのときに、必要とするのが『何をする魔女なのか』という軸です。それはコンセプトというか、そんな感じで。母は私のことを日本に滞在しているときにテレビでみた『魔法少女』として作ろうとしていました。でも、私は魔法少女にはなれなかった。だって、当たり前なことだけど、この世界はアニメや漫画の世界じゃないので。魔法を公に使ってはいけないですし。そんな世界なのに、母は私を魔法少女として、日本で人を救うそんな存在になったら面白いと思った」


 今になったらわかる、そんなこと当然だ。

 アニメをそのまま現実世界に当てはめることなんてできない。でも、母はシアラをそうあれとして作ってしまった。


「……母は私に言いました『魔法少女のように過ごしなさい』って。物心ついたときから、古今東西あらゆる魔法少女のアニメを見せてそうなるようにと私に言いました。私も、そうなるように頑張ったけど」


 魔法を使って人助けをする、魔法を使って友達を作る。魔法を使っていることがわからないように。


 ――全部、やろうとした。


 でも。


「結局、それはアニメの世界に過ぎない。私が頑張っても、『変な子』とレッテルを張られて、私は遠巻きにされて。そもそも母だってずるい、魔女だからってママ友も作らないし、そもそも外に出てこない。学校にだって、やってこない。そんな家、みんな怪しむし」


 そして、結局小学六年生になったとき、母は自分の構想に不備があったことをやっと悟った。


 ――アニメ通りにはいかないかー。じゃあ、しょうがないけど、シアラちゃんはこれで魔法少女生活はおしまいだね。あとは普通の魔女になっていこうか。

 といって、家を出て行こうとした。シアラは母を引き留めた。私ひとりで、どうすればいいのか。といったシアラに母は言った。


 ――魔女だから、大丈夫でしょ。


「魔女って、結局自分のことしか考えてないんです。だから、私は勝手に困ってる。母は助けにこない。だってそれは私が一人で解決すべきことだから。その、藤峰さんがいったような社会的立場とかも母や他の魔女に取ってはどうでもいいんです。母も、他の魔女も困っていないから。困ったら魔法でどうにかする。そういう社会の隙間にいる人たちなんです。なので、藤峰さんとかいりせさんみたいに、私を助けようとしてくれるだけで、私は、すごく助かります」


 一人前の魔女にならずに生きていくことだって不可能ではないことを、シアラは知ってる。

 でも、それを望まないのは、結局シアラは魔女だからだ。

 そして、『魔法少女』を押し付けておきながら、今になって知らん顔をしている母やそのほかの魔女に対する反抗心。

 そのために、自分は何もかもを自分の都合のいいように利用して、自分の望む未来を得るつもりだ。


 ――どうしていいかわからない曖昧さが、まだまだたくさんあるけど。


「もし、いりせさんが……、私に何かその、そういう風に思っているんだったら、今のように力を貸してくれるだけでいいです。実際、私に力を貸してくれるひとなんて、全然いないので、いりせさんが助けてくれるっていうなら、めちゃくちゃうれしいです」


 シアラの言葉に、いりせは少し考え込んだようだった、そして、


「はい……何かあったら、いえ、何もなくても私、シアラさんのこと助けます」


 まっすぐな目、とても真面目な顔でいりせはいった。恥ずかしくなるくらい、まっすぐな視線だった。

 シアラは顔を赤くなるのを感じ、慌てて話題を変えた。


「は、話は変わりますが、その、いつもいりせさんは一人でどう過ごしているんですか?藤峰、さんは?」


「私は一人でお屋敷の掃除したり、選択したり、ご飯作ったり……大したことはしてないです。外に出るのは最低限なので、テレビとかパソコンでこの世界のことを勉強してます。ご主人様は……調停者のお仕事は人員が少なくて、いつも人手不足でよく出張しているので、忙しいことはわかるんですけど。あんまり仕事の内容は教えていただいてないので、いまいち何をしているかわからないんですよね……」


「出張?県外とか?」


「もともと国外はあまり行かないそうなのですが。ここ最近は私がいるので、あまり遠くまではいっていないそうです」


「?いりせさんがいると遠くに行けないの?」


 シアラの質問に、いりせは眉を下げた。


「ええと……その、色々ありまして、ええと……」


 いりせの言葉にシアラは目をぱちくりした。転移者で魔法が暴走してしまうというほかに何か問題があるのだろうか。


「――その、私がここに来たのは一年半くらい前なんですが、それまで、私って自我がなかったんですよね」


「自我がない?」


 シアラは首を傾げた。いりせはうなずき、少し黙ってから、話を続けた。


「そこにあることを望まれる存在でしかなかった。記憶はあるんです。記録というか。でも。意思はない。私はそういう存在でした。でも、ある日私はここにきてしまった。そして、ここでご主人様に会いました。そのとき、ちょっとした事故がありまして。気づいたらこの姿になっていて、自我も生まれていました」


 なんか、いまいち想像ができない。シアラの困惑した顔にいりせは笑った。


「自我が芽生えて、私は生きることを知りました。で、問題はここなんですけど、ようは私まだ生後一年半みたいなものなんですよね」


「せいごいちねんはん」


「自我ができてすぐなので……、それも含めて、私はここから離れることはできませんし、私の保護者であるご主人様はあんまり遠くには行けないんです」


「なるほど?」


 全然状況がわからないが、少なくとも、いりせの存在は色々複雑だということはわかった。


(もしかしたら、転移者というより転移物みたいな?それなら魔法の使い方を習っていなかった理由もわかるかも)


 どう見ても人間に見えるが、まぁ、異世界は数多とあるし、その中でどんな存在や現象が蔓延っているのか分かったものではない。


(追々確認しよう)


 これは思考停止ではない。いったん横に置くだけだ。

 シアラは野次馬根性をどうにか押しとどめ、うなずいた。そして、ふと疑問をつぶやく。


「ん、ちょっとまって。いりせさんとご主人様――じゃなくて藤峰さんって結局保護者と被保護者ってほうが正しいの?主従ではなく」


「主従もありきです」


「………」


 謎が深まった。

 シアラが脳内に疑問符を浮かべていると、いりせは「あ」と手をたたいた。


「そういえば、今日の日中、ご主人様は戻られましたよ。三十分もいなかったですが……」


「え⁈」


 シアラは思わず声を上げた。


「い、いつのまに⁉」


「シアラさんと鴉さんが外に出ている間ですね。荷物を取りに来ただけだといって、すぐ出ていかれました」


「ええ……」


 挨拶くらいしたい、というか、顔くらい拝みたいのに。シアラは眉を下げた。


(そんなに忙しいのか、そもそも私に会いたくないとか?)


 そんなことを考えた時だった。

 人の声が聞こえた。

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