10.魔女の怖いこと
シアラは思わず、足を止めた。思わず逃げ出しそうになり、必死に自分を抑える。
「えっと、がっ、いえ、御厨さん」
この間、鴉と一緒にいるときに見かけたクラスメイトだ。
「東儀さん、この神社によく来るの?」
シアラとその後ろにいる鴉を見ながら、首をかしげる学級委員長――御厨ユキにシアラは鼻白んだ。
「う、うんと、いま親戚の家にいて。ちょっと散歩してたらこの辺に来ちゃっただけ」
「親戚?あぁ、夏休みだもんね。あ、えっと、こんにちは」
首を傾げた御厨はすぐに微笑んでから、鴉に視線を向けた。
鴉は「どうも」と言った。御厨はその姿に見とれたように動きを止めた。そして、シアラに小声で話しかけてくる。
「お兄さん?」
「……い、従兄」
「そうなんだぁ……かっこいいね、東儀さんもかわいいから遺伝だね」
「ええと、その……」
返しづらい言葉にシアラはひきつり、それに気づかず、嬉しそうな顔で鴉を見上げる御厨。
鴉といえばどうどうとしており、「どーも」などと返している。鴉なのに人間にモテてどうする。
シアラは話題をそらすことにした。
「ええと、御厨さんの家はこの近くなの?」
「うん、そうなの」
御厨はシアラを見て、はにかむように笑う。
「その、最近飼い始めた猫がよく脱走するの。それで探してて」
「猫?」
「あ、もし東儀さんも見かけたら教えてね。えっと、こんな猫なんだけど」
御厨は手に持っていたスマートフォンで画像を出した。
シアラも猫が好きなので、思わず身を乗り出す。
遠目に見える猫の写真、横にスライドすると、御厨が猫を抱えた写真。不服そうな顔をした猫と満面の笑みの御厨。
「白猫なんだ……、首のところだけ少し黒いんだね」
「うん」
写真の白い猫は首元だけ黒い毛が生えていた。首に沿うように、三日月型の模様だ。
「かわいいね」
「そうでしょ!その、もし見かけたら教えてね。名前はシロ!わかりやすいほうがいいかなって」
笑ってから、御厨はうつむいた。
「いつも、ちゃんと帰っては来るんだけど、何かあったら怖いし」
「わかった」
シアラがうなずくと御厨は嬉しそうに笑った。そして、話題を探すように逡巡してから、シアラの腕をみた。
「その腕輪可愛いね。どこで買ったの?」
「え?」
シアラは腕にはまる腕輪――仮魔道具を触る。いつも、ステッキを腕輪にしているときは見えないように隠ぺいの魔法をかけていたが、今は夏休みなので特に何もしていなかった。
腕輪のはまった腕を背中に回るように動かす。これで魔法を使うなんてわかるわけがない。それでも、見られるのは、触れられるのは嫌だった。見られたくない。でも、見られてしまった。
「――その、自分でつくった」
シアラは顔が赤くなるのを感じた。御厨は気づいた様子がなく、続けた。
「ホント?東儀さんすごいね!あ、そうだ。猫のこともあるし、もしよければ連絡先交換しない?」
「えっとその、ごめんなさい。私携帯電話持ってなくて……」
シアラはそういいながら、携帯電話の画面を見せてくる御厨から視線をそらす。
「そうなの?」
「うん、親が厳しくて……ごめん。見かけたら連絡網から御厨さんの家に電話するよ。その、それじゃ、私行くところあるからごめん」
シアラは鴉の袖を引き、御厨に手を振ってから歩き出す。
坂道を徐々に速足になりながら、最後は駆けるようにおり、道を行き、角を曲がる。
(だめだ、だめだ。やっぱり無理)
顔が赤いままだ。御厨は気づいただろうか。気づいていなければいい。
――どこまで行けばいいんだろう。どこまで行けば、恥ずかしさが消えるだろう。脚を止めてしまえば、押しつぶされそうになる。
自分が普通ではないこと、魔女であることからは、どこまで行っても逃げることはできない。
魔女であることはかまわない。ただ、それを他人に知られることは嫌だ。調停者は関係ない。ただただ、嫌なのだ。
「そろそろいいんじゃないのか?」
鴉の言葉でシアラはやっと足を止めた。いつの間にか、鴉の袖からは手を放していた。
鴉の視線を感じる。しかし、顔を上げて彼の顔を見ることができない。
罪悪感、ふがいなさ。頭の中でそれらが回る。
「……何か言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「思ったより普通に会話できてたじゃないか」
「……会話くらいはできるわよッ!……でも」
やっと顔を上げ、鴉を振り返る。鴉はシアラをまっすぐ見ていた。
「お前は魔女だ。それは変えられない。でも、魔女と人間が友達になることくらいはできると思うが」
鴉の言葉にシアラは唇を噛む。
「お前が考えている理想の関係とか、行動がどんなものか俺にはわからないが、少なくともさっきのお前はそこまで悪くないと思う」
「でも、きっと彼女は私が連絡先交換したくないって思ったから、断ったと思うんじゃない?」
「実際お前は携帯電話も何も持ってないんだろう?」
「……うん」
「じゃ、お前のいうように受け取られたら、あいつが性格悪いってだけだ、お前みたいにな」
「……せ、性格悪いって」
「言われたことをいちいち疑って、嘘をつかれたと思うやつは性格悪いに決まってる。まぁ、変なタイミングで顔を真っ赤にしてるお前にはちょっと引くかもしれないが。懐が広いか鈍感なら特に気にしないだろう。そして、俺がみるかぎり、あの御厨ってやつは鈍感かつ懐が広いと思うぞ」
「……」
「魔女、お前は俺の主になるならもう少し性格良くした方がいいぞ。自滅思考は長生きできない。お前が長生きしないと使い魔の俺が困る」
シアラは鴉の言葉に何もいえなかった。
昔はこんなんじゃなかった。もっと素直に人と関わることができた。
それができなくなって。人付き合いを避けるようになった。そんなシアラにも御厨は学校で話しかけてくれる。いつだって、嫌な顔せずに。
御厨はシアラが彼女のことをみていることを知らない。でも、見ているだけでもわかることはある。彼女は『いい人』だ。それくらいはシアラにもわかる。
自分を受け入れきれない自分がもどかしい。魔法が関わることに触れられると、緊張して顔が赤くなってしまうことも。普通になりたいわけではない。ただ、普通ではない、魔女である自分がどう人と関わって生きていけばいいかわからない。
――嫌われたくない。
「お前は何におびえているんだ?」
鴉の問いかけに、シアラは何も言えなかった。
「お帰りなさい」
「ただいま」
シアラが屋敷に戻ると、いりせと玄関で鉢合わせた。
いりせは右手に空の買い物かごをもち、買い物に行くところのようだった。
「どうでしたか?ステッキは見つかりましたか?」
シアラは首を横に振った。
御厨との遭遇後、鴉の先導で比較的大きい他の神社も当たってみた。だが、特に収穫はなく。
がっくりするシアラに鴉は「まぁ、そんなもんだ」といった。そして、「知り合いのカラスと話ができるか試してみる」といって、どこかにいってしまった。人間になった鴉と他のカラスが話すことができるのか、シアラにはわからないが、やる気なのはありがたいので、そのままいかせた。
あれは鴉の気遣いもあるのかもしれない。
(昼間は暑いのだし、夜に探すのはありかもしれないし)
シアラの場合、警察に見つかったら補導されかねないが、外見上は成人男性の鴉なら大丈夫だろう。鴉が帰ってきたら、今後の行動について相談しよう。
(あとは連絡手段とかはほしいよな……あーあと、お腹がすいたからって何か盗んだりしないようにお小遣いあげたけど、この負担も辛いし、いりせさんに相談しようかな……)
鴉に千円札をわたすのには手がふるえた。正直金がないのはゆゆしき問題である。残金は考えたくない。
当面はこのお屋敷、というか藤峰が衣食住は保証してくれるようなので大丈夫だとしても、お小遣いがないと活動に差し障る。
「いりせさんは買い物ですか?その……もしよければ、一緒に行きましょうか?荷物持ち位ならできると思うので……」
鴉の食欲を思い出しながら、シアラは言った。
なにしろ鴉は三人前を元気に食べる。正直、あんまり食べ過ぎると鴉に戻ったとき太りすぎて飛べなくなるのでは?と心配しているのだが、とうの鴉自身は気にしていない。
あの食欲だ。食材もたくさん必要になるに違いない。
いりせは目を瞬いた後、うれしそうに笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。じゃあ、お願いしますね」
「その、気にしないで」
思わずシアラは頬をそめ、視線をそらした。そして、歩き出したいりせを追いかける。
(私がいりせさんを助けるのはおかしくないし)
いつも人と関わらないように、理由をつけていた。でも、今回は別だ。
鴉に言われたことを思い出す。
シアラが魔女だということをいりせは知っている。そんな人。いままで母以外では関わったことなかった。
(例え、いりせさんが異世界から来た人でも、やっぱり、なんか恥ずかしい。いやいやだとしても!)
今後のことを考えると、いりせの信頼は勝ち取っておいた方がいい。調停者とどうなるかわからないが、少なくとも、いりせは好意的だし、心象が良ければ何かあったときに藤峰からシアラのことをかばってくれるかもしれないし。
(少しずつ、少しずつ)
人間との接し方を試行錯誤していくための、練習だと思って。何故自分で自分に言い訳しているのか、などと考えていると、
「シアラさんは今日の夕飯何か食べたいものはありますか?」
いりせが振り返った。
「たべたいもの」
「はい。せっかくなのでシアラさんが食べたいものを作らせてください」
シアラは顎に手を当て考えた。すぐには思いつかない。
「いりせさんが得意な料理って何ですか?」
「得意な料理、ですか。そうですね……。得意かどうかはわかりませんが、以前ご主人様にハンバーグを出したら喜ばれました」
「そうなんだ」
ハンバーグ、確かにおいしそうだ。そう思ったら自然と言葉が出てきた。
「ハンバーグが食べたい、です」
「わかりました。ところで、ハンバーグはどんなふうにしますか?目玉焼きをのっけたり、チーズをのっけたり……煮込みハンバーグもおいしいですよ」
「煮込みハンバーグってどんなの?」
「そうですねぇ。ハンバーグとたっぷりのソースを入れたお皿をオーブンとかトースターで焼くんです。ブロッコリーとか、じゃがいもも入れておくとほくほくしておいしいんですよ」
シアラの頭の中でじゅわぁとハンバーグが肉汁を出す姿が浮かんだ。とても熱そう。でも、屋敷はクーラーが効いているから涼しいし、絶対においしいはずだし。
「食べたい……」
声が思った以上に夢見がちなものになっていた。
「じゃあ、せっかくだから煮込みハンバーグにしましょうか」
「うん」
いりせの言葉に強くうなずく。
(――そういえば)
そもそも、自分は家で手作りのハンバーグを食べたことなんてない。
母はお惣菜を買ってくるばかりだったし、自分一人になってからもずっとコンビニでお弁当やお惣菜を買ってきていた。
(誰かに、何を食べたいか聞かれたことなんてなかったな)
スーパーにつくと、いりせは迷わずに必要なところへ進み、シアラはそれについてまわった。普段来ないスーパーは新鮮で面白い。しかも、ここはシアラがいつも行くような激安スーパーではなく比較的高級な方のスーパーである。みたことのないものをみるたびに目を輝かせるシアラに、いりせは笑って
「また、一緒に来ましょうね」といった。
会計を済ませ、帰宅する途中、シアラは見られている気配を感じた。視線を感じる方向をみると、白いハトがいた。シアラとハトの視線が交わる。
(あれは)
ただのハトではない。覚えのある魔力をまとった使い魔のハトだった。




