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9.魔女と使い魔

「ごはんおかわり」


「はい、わかりました」


 鴉は茶碗をいりせに渡した。

 シアラは自分の分のお茶漬けを食べながら、眉を寄せる。そこまで甘えさせるのはどうだろう。メイドだから甘えてもいいんだろうか。等と思いつつ、いりせのやけに楽しそうな顔を見ると、シアラは何も言えなくなる。どちらにせよ、昨日の今日で緊張のあまりぐっすり眠れず、頭が少しぼんやりしている以上、今は余計なことを言わないのが吉だろう。

 席についているのはシアラと鴉だけだ。いりせは既に食べ終わっているといって、立ったまま、シアラと鴉をにこにこ眺めており、時たまお茶を注いだり、ご飯をよそったりしている。 

 ――全て鴉の分だが。


 食堂にいるのはこの三人だけだ。屋敷の主である藤峰はここにいない。


「……いりせさん、その、藤峰さんって、朝ご飯食べないの?」


 聞こう聞こうと思っていながら、タイミングがつかめなかった質問をやっと口に出す。

いりせは目をしばたたいた。


「ご主人様は帰宅されてませんよ」


「?もう朝ですけど……、いつ帰ってくるんですか?お昼とか?」


「どうなんでしょう……?そろそろ頃合いだと思うのですが……」


 シアラは眉を顰めた。


「毎日帰宅するわけじゃないんですか⁉」


「はい。でも一週間以上帰ってこないってことはほとんどないですよ」


「……かなり帰宅しないんですね……」


 言いながらシアラは視線を下げる。


(調停者の労働環境ってブラックなの……?)


 勢いで協力関係(仮)になったものの、調停者って結局どんなことをしているのかとか、協力者になるにあたって等、聞きたいことは山ほどある。だが、帰ってこない以上聞くことができない。彼についてもよくわからないままだ。 

 しかし、わかったことも少しはある。もぐもぐとご飯を食べつつ、シアラはうなる。

 例えば、屋敷では魔法がうまく使えないということ。


(結界が張られてる……)


 昨日寝る前に母に連絡を入れようとして気づいた。まったく使えないわけではないが、『力』を魔法に変換するときに妙な負荷がかかる。多分屋敷の敷地内全体にかかっているのだろう。門のすぐ外に出たら、問題なく魔法が使えた。普通はこういう結界に入るときは違和感で気づくのだが、これはだいぶ繊細に作られているらしい。魔法を使わないと、結界の存在に気づかないほどに。

 調停者は、何らかの形で魔法を阻害できるということだ。

 それが調停者自体の能力なのか、屋敷の主人である藤峰の力なのかはわからないが。


 日常生活で魔法を使わなければいいので問題はないが、今後研究や実験をしたりするときに少し面倒かもしれない。


(結界の影響を受けない結界を二重にかけたりとか……?もしくはどこか別のところに研究用の場所を借りるとか?……お金かかるから二重結界の方が優先かなぁ……)


 ここで過ごすならば、そういうのも検討しなければいけないだろう。


「シアラさん、ベーコンエッグ追加しますか?」


「ありがとう、でも大丈夫です……」


 ニコニコといりせに聞かれてシアラは首を横に振った。


「俺、ほしい」


 鴉はいった。


「はい」


 笑顔のいりせは台所に向かった。その背中を見ながら少しシアラはさみしく思う。


(あとで、次からは一緒に食べましょうって言おう……)


 ともあれ、藤峰が帰宅しない以上、結界の問題や今後についての質問はできないということになる。じゃあ他に何ができるのかと言われれば、――ステッキを探す以外にできることはないのである。


(調停者の労働関係はまぁ、私にはどうしようもないしな)


 自分は自分のできることをして、ステッキをとり戻す。協力するにしても利用しあうにしても万全の調子でないと利用価値をアピールできない。

 今、大事なのはそれだけだ。



「おい、魔女。まだか?」


「まだよ」


「そうか」


 午後二時。長い坂道の上、小さな神社にシアラと鴉はいた。外は灼熱地獄。木の影の下でシアラは座り込んでいた。殺人的な強さの日差しは遮られても、蒸した暑さからは逃げきれない。

 そろそろ、探索の魔法を使ってみようか。シアラは腕輪を掲げて、目を閉じる。しかし、ステッキのある方向はわからない。あるにはある。感じ取れる。しかし、どこにあるか、具体的な場所まではわからない。

 大きくため息をついてから、汗だくのシアラは、鞄から水筒をだした。いきがけにいりせに渡されたものだ。ちなみに、いりせは水筒だけではなく、おにぎりまで準備してくれていた。至りつくせりとはこのことか。


(外は暑いですからっていってたけど)


 本当に暑い。蓋を開けて、口元で傾ければ冷たい麦茶がシアラの喉を潤す。


「生き返る……。鴉……ちゃんと飲みなさいよ、倒れても困るんだから。まぁ、どう考えてもあんたより先に私が倒れるけど」


 シアラはぼやいた。お昼ご飯もおにぎりも、結局暑さであまり食が進まず、結局一つしか食べられなかった。残りは鴉に渡し、彼は見事完食している。


「そうだな」


 鴉はシアラの愚痴めいた言葉に肩をすくませ、ズボンのベルトにひっかけていたペットボトルをつかんだ。蓋を開け、水を飲む姿が妙に様になっている。


(顔もいいけど、無駄にスタイルもいい……)


 これは元々の鴉のスタイルがいいのか、シアラの『力』がすごいのか、いりせが絡んだことが影響しているのか。謎が深い。

 いりせは魔法を習ったことはない、ということだった。

 魔法の使い方は魔女であれば自然とわかるものだ――と言いたいところだが、そう簡単にはいかない。軽い風を起こすくらいの魔法であれば、すぐにできる。しかし、例えば火をつけるとか水を出すとか、色々やり方が増えれば増えるほど、感覚だけではできなくなっていき、要領よく行うためには、先人の方法を学ぶことが重要になってくる。

 魔法といっても魔女の中だけでも様々な方法があるし、異世界に行ってしまえば考えもつかないような『力』の使い方があるだろう。


 魔法は普通の人間の考える奇跡に等しいが、万能ではない。

 死んだ人を生き返らせるとかそういうのは、魔女でも無理だ。死者の復活レベルとなると、世界の理屈をひっくり返すほどの『力』が必要であり、それは地球の自転をとめるほどの『力』だ。それは簡単に用意できるものではないし、それだけの魔力を魔法に変換するには魔女十人、それこそ百人いても耐えられるかわからない負荷がかかることになる。


 異世界転移も同じだ。

 異世界転移でこちらにきたものは、もとの世界に戻すのは現段階では、ほぼ不可能だ。すくなくとも、魔女だけではそれを難しいと考えている。

 魔女の中には実験的にそういうのを試す人もいるらしいが、全体の総意で言えば、積極的ではない。

 それこそ、死者の復活に等しいほどの『力』が必要だし、魔女が何人も集まり、魔法を編むような大魔法になるだろう。

 だからこそ、それができる神や悪魔は超上位存在と呼ばれるのだ。超上位存在とのやり取りについては、慣れている魔女も一歩間違えれば、消滅の危機さえあるので、彼らに頼むというのも現実的ではない。

 魔女が積極的ではない一番の原因は、元の世界に戻りたいという願望がないことだが。


(でも、来ちゃった転移者なら、帰れるなら帰りたいよね……。こっちだって、送り返すことができれば、みんな万々歳なのにな。あぁ、ステッキ……)


 はぁ……、シアラは呻いた。


「ステッキの場所は見つからないのか?」


 口元をぬぐいながら鴉がいった。

 シアラは腕輪を眺めた。きらり、反射する光に目を細める。


「……そう。多分、『力』を何かで覆ってるのかな……」


「覆う?」


「今やってるのはステッキを探すというか、ステッキがまとっている私の『力』をさがしているわけ。それを妨害、というか上から別の『力』で覆われるとわかりづらくなるんだよね」


 魔道具で感知するのは精度が悪いせいだ。ステッキを使えば、微細な『力』の感触にすぐに気づくことができるはずだが、しかし。今なくしているのはステッキ本体。

 変換器である魔道具の精度が悪ければ悪いほど、『力』の感触を追うことが難しくなる。

 『力』はこの世界にも存在する。

 この神社だって、『力』がある。シアラは神社の小さな御堂に目をやった。

 ここにある『力』はステッキを隠していない。それはここまで近づけば確実にわかる。しかし、逆をいえば、ここまで近づかないとわからない。こんなに小さな神社なのに。


「藤峰さんがいっていたように相手が『力』を使用することができないのであれば、屋敷みたいに結界が張られているところか、もしくは、神社とかもっと『力』があるところにステッキを保管してることになるかな。このへんそんな強い『力』のある神社なんてないと思ったんだけどな……」


「なるほど。結局、近づいてあるかどうか確認するしかないってことか」


「そういうこと」


 鴉の言葉にシアラは肩をすくめた。鴉はその様子を見てから口を開いた。


「見つかったら、だが、今後はお前のステッキにタグつけといた方がいいんじゃないのか」


「タグ?」


「落とし物ツールともいうか。今時、そういうものをつけておけば、無くしてもネットで場所を探すことができるんだろう?そんな結界だのなんだのもそういう現代機器で捜した方がいいんじゃないのか。手段は増えたほうがいいだろう」


「……あんたなんでそんな知識を……」


「昨日、寝る前に、いりせからパソコンを借りた。意外と使えるもんだな」


「……読み書きは」


「できた。お前がわかる範囲はわかるみたいだな。英語は全然わからなかったぞ。勉強しろ」


「………」


 使い魔を作ったことがなかったが、みんなこんなにスムーズにいくのだろうか。それとも、いりせが中継したことが関わっているのだろうか。

 この鴉、何で一番現状になれきってるんだろう。

 だが、いっていることに反論できない。その視点はシアラにはないものだった。

 確かに今後の対策にはなる。

 今まではお金がなかったのを言い訳にしていたが、もしうまくいけば調停者からお金を出させることができるだろう


(……検討しよう……)


 口には出さないがそう思った瞬間、鴉はにやりとした。

 役に立ったな、とでも言いたげな満足げな顔。シアラの考えていることがばれきっている。


(むかつく……)


 シアラは拳を握った後、考え直して鴉にいった。


「今更だけど……あんたは私の使い魔になってもいいわけ?その、協力してくれるのはありがたいけど、よく考えたらあんたの同意なしにこうなっちゃったし」


「普通は同意があるのか?」


「……あんまりないと思うけど。まぁ、もう少しまっとうな契約なら、私はあんたをがっつり縛っているはず。でも、あんたはそこまで縛られてない。私の魔力で人間の姿になった以上使い魔の枠に入っているけど、首輪がないようなもんじゃない。手伝ってくれるのはもとの姿に戻りたいからなわけ?」


「戻りたいのはそうだが、別にこのまま使い魔になっても俺はかまわない。確かにきっかけが俺なのは確かだろうし、それ以外を考えても、こう走り回るのは楽しいからな」


「楽しいって」


「飯にも困らないなら別にいい。鳥と人間、両方の姿になれるようにしてくれれば、俺は文句ない。人間も悪くないが、飛べないのはつまらない」


 こんな楽観的なのは、こいつが鴉だからなのか。

 余計なことと偉そうなことはいうが、泣き言はいわないこいつをそばに置くのは悪くない、そう思ってしまうのが少し悔しい。


(あくまで、まだ要検討、だけど。カラスなんて選びたくなかったんだけどなー)


 どちらにせよ、ステッキが見つからないことにはどうしようもないのだ。


「……わかったわ。ご意見ありがとう。どうするかは検討するわ。いくわよ」


「はいよ」


 そのとき、人の声と足音が聞こえた。こんな暑さの中、この神社に来る人が他にいるのか。意外に思いつつ、シアラが立ち上がった瞬間だった。


「――あれ、東儀さん」


 見覚えのあるショートカットの少女が現れ、目を丸くした。

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