第一章 勇者の生と死 3-4
そのヴァイオレッタが急に熱にでも浮かされたようにアームフェルに恋をし、彼の妻になれないのならローヌ河に身を投げて死ぬとまで言いだした。
とある舞踏会で出逢ったのが切っ掛けだった。
滅多にそんな場所には顔を見せないアームフェルが、どうしてもとエネジェルスに誘われ、たまたま出席した時に二人は出逢った。
よそ見をしていたヴァイオレッタが、アームフェルにぶつかり手にしていたワインを彼にかけてしまったのだ。
その時かけられた方のアームフェルが素早く頭を下げ〝大丈夫ですか?〟それだけの会話とも言えない会話を交わしたのであった。
アームフェルは彼女の返事も聞かずに〝失礼いたしました〟ただそういってその場を離れてしまった。
他の男たちがどうやって彼女と話す切っ掛けをつくろうかと苦労しているにもかかわらず、素っ気ないその態度が逆に彼女の心を掴んだのだろう。
その後も一向にダンスにも誘わないアームフェルに、ちやほやされ慣れている彼女は腹を立て、とうとう癇癪を起こして途中で帰ってしまった。
それからというもの、寝ても醒めても夢うつつ状態で食事も喉を通らなくなり、部屋に籠ったまま誰とも顔さえ合わせようとしなくなった。
そこへ先程の、ローヌ川に身を投げるだなんだと言う大騒動である。
生来気の強い娘で、男など歯牙にも掛けていない風であったのが、いまではまるで病にでも罹っている様子である。
そんな娘のありさまを見かねた父親のポロセインが単身アイガー家に赴き、頭を下げて娘を娶って欲しいと懇願した。
矜持の高さでは人後に落ちない彼からすれば、空前絶後の出来事といえた。
サイレン六名家に匹敵するルイネリウス家の当主の突然の訪問に、アイガー家の人々は上を下への大騒ぎになった。
おまけに入って来るなり頭を下げられたのだ、どう対応したものか困惑するのも無理はなかった。
するとアームフェルは、拍子抜けするほど簡単にそれを受けた。
「ええ構いませんよ、わたしのような男でよろしければご息女を娶らせて頂きましょう。しかし一度嫁いだからには、わが家の家風に従って頂きます。例えルイネリウス家のご令嬢だろうと、我儘は許しません。そのかわりわたしも一生大切に尽くしましょう、それでよろしいか?」
ポロセインはその申し出に〝不束な娘ですがお願い致します〟と再度深々と頭を下げた。
屋敷に戻った父にそのことを聞いた娘は、そのまま八頭立ての豪奢な馬車を自ら馭しアームフェルの元へ行ってしまった。
正しく押し掛け女房である。
幸いなことに二人の相性はとてもよく、二男二女にも恵まれた。
武門貴族として他家に対して家柄の面で多少見劣りする彼だったが、岳父であるルイネリウス家当主の後ろ盾を得て、益々衆目の評価を得て行った。
聡明で物静か、おおらかで心優しく誰からも慕われる彼の存在は、アイガー家の誇りであった。
そしてなによりも彼は勇猛で、戦に長けており剣や槍の腕も誰にも引けは取らなかった。
唯一馬術に関してだけは親友のエネジェルスに一歩譲ることとなったが、それ以外聖龍騎士団内で彼以上の者は存在しなかった。
あと十年もしない内に、きっとサイレン軍総帥は彼になるだろうと誰もが噂した。
そのアームフェルが殺されたのである、怒りで冷静な判断が出来なくなっているのは弟のデオナルドだけではなかった。
第五大隊の将兵すべてが、復讐心に燃えて突進して行く。
その中にあってただ一人冷静を保っているのは、副官のワルシェオスだけだった。
彼は同じ陣で戦っているウィルムヘル軍の一角、ユンガー地方の大郷士サキュルスの側に馬を寄せ、戦線を離脱して敵陣へ突撃する旨を伝えた。
勝手な戦線離脱は味方の備えに影響を及ぼし、そこから敵の攻勢を許す恐れがあったからだ。
「兄上さまが討ち取られて、デオナルドさまも兵たちももう正気ではない。なんとしても単独にての敵本陣への突撃などという暴走は食い止めるつもりですが、それもどうなるかいまは分かりません。わが兵が抜けた穴はどうにか他の者たちでお手当てお願い致す、貴公にはご迷惑をお掛け致します」
「承知いたしました、しかしあの兄上さまがお亡くなりになるなど思いも致しませんでした。あれほどの武人、これから先お目に掛かることはございますまい。心中お察しいたします」
「かたじけのうございます、ではこれにて──」
「ご武運を・・・」
サキュルスは駈け去って行くワルシェオスに目礼した。
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