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序章 1-3



 トールン市民は主殺しという大逆を起こしたにもかかわらず、クローネ侯爵とその一族へ喝采を浴びせた。

 直接手を下したとされるクローネの次男ルバート子爵は、翌日には早くも錦絵になるほどの人気を得てまるで英雄扱いされた。


 民は政への憤懣やるかたない日々を、この大胆なことを仕出かしたバラン一族への共感という形で、大公とその政を許すまじという意思表示をしたのだ。

 しかしことの是非はさておき、大公を殺害した者をそのままにすることも出来ず、宮廷は当主クローネと次男ルバートの身柄の引き渡し、館の者すべての投降及び謹慎を求めた。


 バラン家側は、身柄を引き渡した際の、二人の処遇及び一族への対応がどうなるのかと問うた。

 この質問に対し宮廷会議が開かれ、当初貴族代表の重臣たちから提案された『宮廷裁判』の開催にて処遇は決定する。

 また首謀者二名以外の一族郎党に対しては、罪を問わないという線で決着すると思われた。


 これに猛烈に異を唱えたのは、勿論殺害された大公の遺族及び家臣たちだった。

 彼らの主張は首謀者二名は即刻斬首、この件に係わった館の主たるものは磔刑の上、首謀者ともどもアルアナス広場にふた月に渡って首を晒す。

 さらにバラン家は断絶とし、この件に係わっていようがいまいが、国中の一族郎党はすべて身分剥奪の上追放を主張した。


 政の主導権を握っているカーラム・サイレン家の力は大きく、貴族連合の宮廷側は押し切られる形でこの要求を呑まざるを得なかった。

 なにせ現大公を騙し討ちにしたのである、いくら大公自身に非があったとしても、どのような極刑が下されても仕方がない状況ではあった。


 それを聞いたバラン家側は、受け入れ難しとしてその申し出を完全に拒否した。

 徹底して叛意をむき出しに武装籠城しているバラン館へは、トールン常駐の二つの騎士団『聖龍騎士団・近衛騎士団』を即刻向かわせることとなった。

 館周りを幾重にも取り囲み、降伏勧告をなん度も申し入れた。

 しかしそのことごとくを無視され続け、とうとう最後の使者・サイレン公国元帥府の総帥カーベリオス・サウス=マクシミリオンが直々に館へ赴いた。


 カーベリオスが館に入って一(カルダン)が経過した。

 出て来たカーベリオスの顔は暗いものであった。

 やはり予想通り、降伏勧告は受けぬとの応えであったのだ。


 中でどのような話し合いがなされたのか、彼は一言も喋らなかった。

 ただこのまま降伏しない場合は翌朝、茜の刻(明け六つの刻)を期して、総攻撃を掛けることになったことのみを諸将に告げた。

 夜が明けても館側は一人も投降する者はおらず、侯爵一族やその親族は勿論として、取るに足らぬ身分の小者や召使の下女に至るまで最後の一人となっても闘い続け、とうとう主のクローネ侯爵ともども全滅してしまった。


 最後まで奮戦したクローネの次男ルバートを直接討ち取ったのは、彼の親友である聖龍騎士団総司令イアン・ヴァン=デュマだった。

 長男のエミュールは生まれつき病弱であったので、自室の寝台の上で胸を短剣で刺し息絶えていた。

 当主のクローネは迫りくる兵たちを目の前にして、家宝の剣で喉を貫き自ら命を絶った。


 一族の女子供は二階に張り出したサンルームに集まり、芳しい薔薇の香りに包まれながら、毒をあおって死んでいた。

 発見した兵は、その中にまだ二歳のルバートの娘リリアの、人形のように愛らしい姿があったことに涙したという。



 サイレン国内にいるバラン一族やその関係者はすべて捕らえられ、半旬後にトールン市内のアルアナス広場に集められ、一旬後には女子供に至るまで悉く首を刎ねられた。

 (さき)に戦死していた者たちの塩漬けにされていた首と合わせ、千以上の首が広場に晒された。

 これでサイレン建国以来、大貴族として国の礎を守って来たバラン侯爵家は、この世から完全に滅び去った。


 この大事件は後々『バラン事変』と呼ばれる。

 サイレン六名家はこれ以降、五名家となった。


 この異常事態は、バラン家のみが単独で行った出来事ではなかった。

 他の五名家を筆頭に、サイレン各地の地方領主たちまでもが共謀して決行された、一種の革命であった。


 慌てふためく大公家をしり目に、有力貴族が団結して大公家の一つである、リム家の若き当主のアーディンを新大公として推してきたのである。

 カーラム家は殺害された大公の嫡男であるヒューガンを大公とするべく動いたが、時すでに遅く大衆の圧倒的な支持もあり、六十数年振りとなるカーラム家以外の大公誕生が決定された。


 すべてはこのための綿密な計画の元決行された、出来芝居だったのである。

 クローネ率いるバラン一族は、そのための捨て石となったのだ。


 これはクローネ自身が発案した計画であった。

 言いだしたからには、自分が犠牲となる覚悟を初めから決めていた彼は、周りの反対にも拘らず自ら滅びる道を選んだ。


 実直な性格の彼からすれば、主である大公を弑し大逆を犯すのである。

 親族でもあるバラン家を滅ぼすくらいの道連れがなければ、世間の間尺に合わぬと考えたのだろうか。


 自分の一族と大公の、無理心中のつもりだったのかもしれない。

 なんにしろ彼の立案した計画は、一から十までその通りに進んだ。

 新大公即位後速やかにバラン一族の名誉は回復され、クローネには『トールン公爵』の称号と『バラン忠義公』の(おくりな)が与えられた。

 しかし彼の一族は、すでに一人残らずこのサイレンから消え去っている。

(実際には、たった一人生き残った例外があった)


 これを哀れと感じた市民の手によって、彼とその一族のための立派な『救国の士』の石碑が建てられた。

 いまでもトールン市中央部の小高いフォーリュードの丘にあるその石碑には、毎日献花と祈りを奉げる市民の姿が絶えないという。



読んで下さった方皆様に感謝致します。

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