序章 3-5
「わが軍の本隊は聖龍騎士団七大隊、総勢二万五千騎。このイアンが総指揮を執る」
イアンがすべての陣立てを告げ終わった。
現政権を支持する公都トールン守護軍の陣容は、主力聖龍騎士団を筆頭に五万四千騎。
一方の叛乱上洛軍は本隊のザンガリオス鉄血騎士団二万八千、ワルキュリア鉄血騎士団・右舷一万五千。カーラム・サイレン家に属する諸侯騎士団一万二千に、進軍途上において吸収、寝返って参陣した騎士団が三万三千、総勢八万八千騎の大軍である。
その兵力の差は約三万人、公都守護軍の方が圧倒的に劣っている。
「数では不利だがなにも戦の勝敗は兵数だけで決まるものではない、勢いのある方へと勝負が流れることもよくある話しだ。気持ちで押す以外に作戦はない、みなそのつもりで戦って欲しい。先陣を仕掛ける頃合いはすべてエリオット伯にお任せ致す、あとはその勢いのまま各自の判断で出撃されよ。これだけの数の兵がこんな草原でぶつかり合うのに、下手な小細工は通用せぬ。力でねじ伏せるのみ、軍議はこれまでとするが、最期に俺からほんの心ばかりの餞がある。ケントみなにお配りせよ」
イアンに促されデュマ家の下僕数人が、クリスタル製の華麗な杯に注がれた葡萄酒を、帷幕内の諸将に配り始めた。
デュマ家伝来のクリスタルグラスで、家紋である薔薇と獅子が黄金であしらわれている。
「わがデュマ家秘蔵のワインです、戦前の乾いた喉を潤して下さい。先ほども言ったが、戦況が不利と決したら無理をせずに兵を引いて落ち延びて欲しい。戦は今日が最後ではない、生き延びてまたの日を期して下さい。決して死んではならん、生きて最後の勝利を掴んで欲しい」
ゆっくりとイアンは諸将の顔を見回す。
それぞれの胸に去来する感情もあるだろうが、誰一人として声を発する者はいない。
「諸将のご武運を! ドルーク・サイレン!」
そういってイアンは杯を高く掲げると、そのまま一気に呷った。
「応! ドルーク・サイレン!」
みな一息に紅玉石色の液体を飲み干す。
イアンが手に持っていた杯を地面に投げつけた。
〝ガシャン〟
杯は粉々に砕け散る。
諸将も倣って杯を地面に叩きつける。
後は声を交わすことなく、それぞれが帷幕を出て自陣へと去って行った。
いよいよ決戦が始まったのである。
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