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序章 2-7




「それはそうとイアン、この場に何故サイレン軍総帥のカーベリオス将軍の姿がないのだ。彼はどこにいる」

 ウィルムヘル・ツァーヴ=ユンガー侯爵が口を開いた。


 穀倉地帯であるユンガー地方を治める、味方の陣に駈けつけてくれた数少ない地方領主の一人である。

 みな口にせぬだけで、それは誰しもが疑問に思っていたことであった。


「貴殿たちには申し訳ないが、カーベリオス将軍はここには来ない。宰相殿と一緒にすでにトールンから離れて、東方ノインシュタインへ避難してもらった」

 イアンがすまなそうに一同を見回しながら告げた。


「なに、軍の総大将どころか宰相殿までもがすでにトールンにおらぬとは、一体なんとしたことだ。他の方々も知っておられたのか、返答次第では捨て置かんぞ」

 カーベル城主のオズワルド伯爵が、鋭い目を更に細めてイアンに詰問する。


「すまない、二人は嫌がったんだが俺が無理にそうさせた。元々この真正面からの決戦も、俺が主張してこうなった。カーベリオス将軍は反対だったんだ、敗れた時の影響が大きいからな。すべてはこのイアン一人に責任がある、もうこれは俺のいくさなんだよ」

 いつも明るく強気な彼には珍しく、弱々しい表情を浮かべている。


「どういうことだイアン、わたしはお前が聖龍騎士団の頭だからここに来たんだ。なにも宮廷や宰相、ましてや新大公に義理がある訳じゃない。親友であるお前と心中する覚悟で、隠居している親父や一族とも縁を切って出奔して来た、もうすでに俺はユンガーの領主でもなければ、一門の惣領でもない。ただの地方貴族の一人だ、ついて来てくれた騎士たちも立場は同じなんだ。それをいまさら総大将も新政権の責任者もおりませんじゃ、どう兵たちに説明する。なにを大義として敵と戦うんだ、わたしたちはすでに見捨てられているのか──」

 ウィルムヘルがイアンの胸倉を掴む。


「いや見捨てられたなんてとんでもねえ、カーベリオス将軍もクリウスのとっつあんもここで死ぬ覚悟だった。生きるも死ぬも聖龍騎士団と運命を共にするって言ってな。だが俺が無理にノインシュタインへ行かせたんだよ、あの二人にはまだ死んでもらっちゃ困るからな。あの人たちが生きてりゃまた立ち上がることができる、ノインシュタインとバロウズは健在なんだ。その内に近衛騎士団が立ってくれりゃ、まだまだ戦力は互角に持ち込める」

「じゃあなにもここで不利なまま、決戦を仕掛けることはないんじゃないのか。一旦引いてこっちの態勢を万全にしてもう一度雌雄を決すればいい」

 夏の離宮『リ・サイレン』を内包する北エバール地方の大領主、オルベイラ侯爵が至極もっともなことを言う。


「オルベイラ卿、貴男のおっしゃる通りだ。ここで決戦をしなきゃならねえ理由はどこにもない。しかし俺はここでやるって決めたんだ、俺はトールンを捨てることは出来ない。たとえ滅び去ろうと、ここを最後まで守るのが聖龍騎士団の務めだからな。サイレン中の人間がトールンを見捨てても、俺と俺の騎士団は絶対に見捨てない。ここにゃクローネの親父とルパートの兄弟が睡ってるんだ、俺だけ逃げられないんだよ」

「イアン殿、それはわがトールン防衛騎士隊とて同じこと。たとえわが隊のみになろうと、敵に背は向けられん」

 セルジオラス子爵が声を上げる。


「なあみんな。実は最後に言おうと思ってたんだが、今日の決戦で死なねえでくれないか。己の気がすむまで闘うだけ闘ったら、さっさと兵を纏めて戦場から去ってくれ。くれぐれも手遅れになる前に見切りを付けて欲しい。ここで敗れてもきっと巻き返す機会はやって来る、そのために俺はカーベリオス将軍とクリウスのとっつあんをトールンから離したんだ。生きて次の戦いに備えて欲しい、敗残兵の惨めさは分かってるつもりだ、だけど生きてりゃいつかやつらを斃す日がやって来る」

「ではお前も頃合いを見て撤退するのか、どうだイアンよ」

 ウィルムヘルが真っ直ぐにイアンの目を見詰める。


「俺と俺の騎士団はここで最後の一人になるまで戦う、あの日ルバートをこの手で殺しておいて〝敗けましたから逃げます〟なんて出来る訳がない。どの面下げてあいつに会えばいい、俺は最期に力尽きるまでここで戦う。俺が退かねえ限り俺の騎士達も逃げねえ、今日で聖龍騎士団は消えてなくなる。これは俺の意地だ、端っから決めていたんだ。悪いが我儘を通させてもらう」

 イアンが悲痛な覚悟を口にする。


 その時帷幕の最後列に控えていたクラークスが、素っ頓狂な大声を上げた。



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