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たったひとつの木片に

作者: 風凪凧

 その空色のエナメルバッグに小さな木の札を見つけたのは全くの偶然だった。


もしかしたら前からあったのかもしれないし、つけて来たのは今日が最初だったのかもしれない。朝、教室に来て友達に「おはよう」と言う習慣がやっとついて、そしてその友達の席の近くにそのバッグがあったから。


やっぱりそれは偶然以外の何でもないと思う。






 最初私はそれをそれだと思って立ち止まったのだろうか?


 それが何のために使われるものあのかを知ってはいたが、それがそれであると認識してそこで首をかしげるようによく見たのかどうか、

…………よく覚えていない。






小さな木札には小筆で書いたのだろう、細いけれど墨痕鮮やかに二文字の漢字が書かれていて、ああ、そういえばこいつはそうだったよなあ、とだけ思った。


 そして次にわたしはそのエナメルバッグの持ち主を大仰に首をめぐらせてさがした。

どこにいるか見当もつかなかった、というのもあるけれど、奴をふんづかまえて言いたいことがあったから。

私が奴をさがしているということを、どこからでも見ればいいと思ったから。






 そんな一瞬の計算にもかかわらず、奴の姿は拍子抜けするほど近くに、前方すこし先に苦もなく見つかった。

そのバッグについているそれのことを話題にしようと思って、わたしにそれは動かせないから、奴が席に帰ってくるのを数秒待った。奴はどっかで軽い立ち話をしていたのだろう、こっちに戻ってきた。

 ただ奴は、ムードメーカーでもないくせにみんなから慕われていて、嘘ばっかりつくのにみんなから信じられていて、周囲に人が絶えることがなかった。だからその時も誰かに話しかけられながら歩いていて、席に戻ってもまだ話していたから、わたしが奴に話しかけることはできなかった。





 

 奴がなぜそんなにも慕われているのか、信じられているのか、理由を私は知っている。

多分知っている。そしてそれが正しければ、それはかつて、私もその恩恵を受けていたものだった。

私もかつてそれを笠に着て行動させてもらっていた。


 けれど私にはそれに比例する人望というか、愛想というか、カリスマ性というか、それを活かしきれるだけのものが致命的に欠けていたから、そこに到達することは終にできなかった。それを利用するとか活かすとかいうことは全く考えたこともなくて、自分の知らないうちに周囲の人間に見限られていたかもしれないと思うと悔しくて悔しくてならない。何も知らずにでしゃばっていたその頃の自分を殴りとばすことができたらどんなにいいかと思った。


 



 そういう視点でいくとなるほど、奴には協調性がある。

 格好良く見える程度のほどよい孤立感がある。

ムードメーカーの近くにいつもいるような重石役としてうってつけだ。冷静沈着、頭脳明晰、さぞや女子うけも男子うけもよいのだろう。




「盲目の愛は絶対の憎悪と同じだ」とは誰が言ったことだったろう。同じということならどっちかがどっちかに変わり果てる相互交通があってもいいだろう。私の恋はいつも憎悪に似たものにしか発展しない。





 それでも今の社会はまだ、男が女にコンプレックスを持つよりその逆の方がまだマシとされているから、「女は嫉妬深い」というレッテルを貼られて私たちは耐えて生きる運命にあるのだろうと思う。






「やまとなでしこが良いとされる時代は終わった」とも誰かが言っていた。

本当にそうなればいいと思う。

恋愛沙汰には出口が無いようにしか子供には見えない。

何をしても人は擦れ違うばかりにしか見えない。

誤解に誤解を重ねたならそこまで行けるのかもしれない。

 

手にチョコを握り締めたまま人を待つ自分に酔っていたずらに胸を高鳴らせているのはもうごめんだ。





椅子をひき出す音が教室の床と不協和音をたてる。

いらいらする音だ。

二度と聞きたくない音だ。










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