第二十三舞 異動
遊華演会の翌日。いつも通り仕事をこなすが、日和はいつもより張り切って働いていた。洗濯、掃除を丁寧にかつ迅速に進め、菫澪からは「私抜かされそう〜」と言われるぐらいの速さだった。しかし菫澪を抜かせないのは分かっている話である。
午前中のうちに通常業務を終え、昼ご飯を食べる。おにぎりに味噌汁というシンプルなものだが、おかげでささっと食べ終えることができた。食べ終えると食器を重ね、日和は菫澪に一礼した。
「ご馳走様でした。菫澪さん、すみませんが今から少し出かけて参ります」
「あらあら食べるの早いね。いいよ、行ってらっしゃい」
通常業務は終えているから午後からもし頼まれた仕事があっても菫澪一人でも大丈夫だろう。
日和は菫澪に許可を貰い、屋敷を出た。向かう場所は樹のいる菊ノ宮である。
「日和〜。本当に行くの?」
雪葵が後を追いかけながらそう聞いてくる。恐らくあまりに突発的な行動の為、心配してくれているのだろう。日和は少し振り向いて微笑む。
「行くよ。安心してよ」
「うぅ〜、本当かなぁ〜」
廊下を歩いていた侍女頭が遠くから向かってくる日和に気付く。近付いて樹に会いたいことを伝えると取り次いでくれた。
侍女頭に連れられて執務室に向かう途中、周りから視線を感じる。気付かれないよう様子を伺うと侍女達が柱等に隠れながら日和を見ていた。なんか恐れられている気がするのだが、そんなに厳しくした覚えはない。
執務室に到着する。樹は襖の奥に声を掛けると返事が聞こえた。襖を開けると奥に樹がいた。こちらを見て微笑む。
「失礼致します。彼女が樹様に御用があるそうです」
「失礼致します」
「昨日ぶりだな、日和。どうした?」
「お忙しい所すみません。樹様にお願いがあって参りました」
樹は書類を端に寄せると頬杖をついた。日和が正座した状態で手を畳につけて一礼する。
「単刀直入に申します。私を樹様の侍女にして頂けないでしょうか」
樹の目が丸くなる。執務室の外からは盗み聞きしていた侍女達の「へ?」という間抜けな声が聞こえてきた。日和は体を起こすと、衣囊から遊華演会の時に樹から貰った耳飾りを取り出した。
「宮様から頂いた着飾りの品があれば、その宮に異動を願えるという話を聞きました。ですので、お伺いしたのです」
そう、菫澪から聞いた良い話とはこのことであった。
貴族の着飾りの品を持っているということは、その貴族に気に入られたからということ。ならばその貴族の侍女になりたいと願えば了承してくれるかもしれない、ということから、着飾りの品は侍女の宮異動の交渉品となっているという話を聞いたのだった。日和は今、紫苑、果莉弥、真琴、樹、零の着飾りの品を持っている。
紫苑は今の主であるし、果莉弥は歓迎してくれるとは思うが、先日の騒動のことで迷惑をかけているため、戻りにくい。真琴の所は愛華が新人として入ってまだ日が浅いため、新しい侍女を入れる余裕はないだろう。零は…全然関わっていない。そうなると、樹の所が一番最適だと考えたのだ。
樹はしばらく固まったあと、腹を抱えて笑い出した。
「…ふふっ…あははははは!!」
後ろから侍女達の笑い声も聞こえてくる。後ろを振り返ると彼女達は急に黙って青ざめ、慌てて執務室を離れて行った。日和は樹を見る。
「何か、おかしいでしょうか?」
「あはは…いや、その通りだ。確かに他の宮の侍女になることは可能なんだが、くくっ、本当にそれをする者がいるとは……」
要するにできるがやる人はいない、ということらしい。
「そんなに藤ノ宮の所が嫌か?」
「はい」
樹の問いに大真面目に頷く。樹は少し驚いたがまた笑い出した。
「即答……あはははは!」
「笑いすぎですよ」
「すまないすまない」
あまりの笑われように日和はむっとしてしまった。
「そんなにおかしいことなんですか?」
「いや。藤ノ宮の侍女になりたい者は山程いる。日和にとって藤ノ宮の侍女であることは幸運であるはずなのに、それを嫌がるとは珍しいなと思ってな」
「紫苑様は強引な方です。あの方の侍女の立場で良ければ誰にでもお譲りしますよ」
日和の本心だ。あんな人の元にいたいというのなら遠慮なくくれてやる。
「だが、侍女の異動は現在の主に了承を得てからでないとできないぞ?」
「分かっております。そこをなんとか」
「それは私でもどうにもできないな」
あっさりと断られてしまい日和は肩を落とす。
「藤ノ宮からの了承がなければ私が日和を藤ノ宮から引き抜いたと見られても、反論する余地がない。侍女の引き抜きなど御法度だ。他の宮達に睨まれてしまうのはごめんだな」
もし本当にそのような状況になれば、樹の場合潰されはしないものの、立場が危うくなるのは確実だろう。それが日和のせいなら日和の首も危ない。それは避けたいところだ。
樹は優しく微笑む。
「まずは藤ノ宮から了承を得てくれ。話はそれからだ」
「……はい。分かりました」
日和は溜息をつくしかなかった。




