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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
藤ノ宮編
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第二十二舞 着飾りの品

侍女達の演目が全て終了し、休憩が始まる。日和は離れない愛華を連れて紅ノ宮の侍女達の元へ行こうと歩いていると後ろから声をかけられた。


「日和」


 振り返って見れば樹だった。


「菊ノ…樹様」

「うむ。あの日ぶりだな」


 樹の優しくも圧のある笑顔に日和は薄笑いを浮かべて頷くしかない。だがそれほど樹が元気である証拠であった。


「体調はいかがですか?顔色が良さそうに見受けられますが」

「あぁ、あれから順調だ、すこぶる良い。日和にあんな腕利きの医者の知り合いがいるとはな」

「紫苑様のお知り合いなのです。私も最近初めてお会いしました」

「そうなのか。藤ノ宮も顔が広いのだな。そうだ。今回日和にこれを渡そうと思って声を掛けたんだ」


 そう言って樹は日和の手に耳飾りを握らせた。菊ノ宮の着飾りの品だ。後ろで侍女達がザワザワしている。


「え!こ、これは…」

「着飾りの品だが?」

「…何故私に?」


 着飾りの品を自身の侍女以外に贈るのは貴族がその人物をお気に召したか、なんらかの繋がりを持ちたいからか。どちらにも当てはまるようなことはしていない。


「深く考えるな。ただの感謝の気持ちだ」

(重い!)


 着飾りの品を他の貴族から貰うこと自体、戸惑いがあるというのに。昨年、紫苑から貰った着飾りの品を見た果莉弥は決して良い顔はしていなかった。これはそんな軽く受け取れる物ではない。


「受け取れません!私はあの時大したことできていませんので受け取る理由がございません!」


 はっきり断るが樹は表情を変えず、身を翻した。


「私は日和を歓迎する。それが言いたいだけだ。ではな」

「え、こちらっ!」


 握らされた耳飾りを返そうとしたが、樹はあっという間に行ってしまった。侍女達には睨まれてしまった。呆然とその姿を眺める中、愛華が横から顔を出す。


「うわぁ、これが着飾りの品なんだねぇ。日和凄いね!」

「いや、これは…」

「日和の嬢ちゃん」


また後ろから声をかけられた。振り向くと真琴だった。その後ろにいる侍女達も日和を睨んでいる。やれやれと思っていると真琴が何かを差し出す。腕輪だった。確か葉ノ宮の着飾りの品である。


「もう一つどうだ?」

「えっと…葉ノ宮様?」

「先程の菊ノ宮と同じように名前で呼んでくれていいんだぞ」


 真琴は面白可笑しそうに笑う。そんなことよりまさか真琴からも着飾りの品を貰うとは思わず、動揺が隠せない。


「ん?愛華。こんな所にいたのか」

「はい!日和と一緒にいようと思いまして!」

「はぁ?あんた葉ノ宮の侍女である自覚ある?なに他の侍女とつるんでるのよ」

「英美」


 真琴の静かな声に愛華にきつく当たっていた侍女がハッとして黙り込む。


「うちの侍女達の演目は見たか?」

「勿論です!勉強させていただきました!」


 元気よく答える愛華。真琴は笑って頷く。


「それなら良し。そろそろ戻らないとな。愛華も行くぞ」

「はい!じゃあね、日和!」


 愛華が元気よく手を振り、真琴や他の侍女達と離れていくのを見送る。英美と呼ばれた侍女に佳奈子の面影を感じ、少し不安になる。真琴が優しいのが救いである。愛華ならどんな状況でも馴染めそうだが。心配が杞憂であることを祈る。


 突然、背中に悪寒が走る。雪葵も同じようで冷や汗をかいている。ゆっくり振り向くと夜ノ宮の零がこちらを見下ろしている。


「…今年は藤ノ宮の侍女か」

「え、あ、はい、左様でございます…」


 零は暫く日和を見つめると、懐から黒光りする指輪を取り出すと日和に渡した。日和は戸惑いつつ受け取る。すると零は何も言わず背中を向ける。その時、雪葵は彼と目が合ったような気がした。静かに遠のく背中を見て日和が呟く。


「昨年からそうだけど、なんなんだ、あの方は。というかさっきの悪寒は一体…」

「僕、目が合った、かも?」

「え、雪葵と?今は誰にも見えないでしょ?」

「うん、そのはずなんだけどなあ。気のせいかな?」

「そうなんじゃない?」


 疑問がモヤになる。以前話しかけられた時は何も感じなかった。いや違和感は感じていたが、漠然としていた。今回ははっきりとしている。日和は見えなくなるまで零の背中を見つめていた。


「日和。ってあらあら」


 菫澪が日和を探していたらしい。日和が手に三つも貴族の着飾りの品を持っているのに気付き、困ったように、けど面白そうに微笑んだ。


「紫苑様。怒ってしまうわね。そうだ。後で良いこと教えてあげるわ」

「良いこと、ですか?」

「えぇ。でもまずは遊華演会に集中しましょ。紫苑様が呼んでいらしたわ。後ろに付けと」


 日和は驚く。それは菫澪の仕事だ。


「私が、ですか?」

「えぇ。私に休憩しなさいって」


 菫澪が可笑しそうに笑う。何が可笑しいのか日和には分からなかったが、紫苑の命令なら行かねばならないだろう。貰った着飾りの品を衣囊に仕舞うと貴族の壇に向かった。



 外部の出し物が始まる。壇上に登ると見える景色が変わる。催しの場を一望できる。良い眺めだ。日和は少し後ろにいるため見にくい所があるが、貴族達からしたら出し物もよく見えることだろう。そして寒くて震える侍女達や居眠りしている武官もはっきり見えるはずだ。丸見えとはこのことだなあと感じた。


「おい、聞いているか」


 紫苑が日和の方を向かずに小さい声で話しかけているのに気付く。他には気付かれたくないのだろう。周りは出し物の音で紫苑が話していることに気付いていないようだ。とは言え、ここで話しかけるなど天皇に見つかれば何を思われるか。けれど日和は答えないわけにはいかなかった。


「申し訳ありません。聞いていませんでした」

「……外部の人達の顔をよく覚えておけ」

「…彼らの可能性を見兼ねてですか?」


 彼らとは反帝軍のこと。いくら聞こえていないとは言え、変に反帝軍の名を口にするわけにはいかない。紫苑が微かに頷く。


「かしこまりました」


 会話を終わらせる。変に長話するのはよろしくない。


 外部の人達の顔を覚えろと言われてもかなりの数がいる。全員は無理だ。それを紫苑も分かっているだろう。壇上の真琴も巡苑組も目を光らせているはずだ。 


 日和はできる限り多く覚えようと目を凝らした。



 陽が沈み始めた頃。遊華演会は終了した。帝やその血縁、貴族達が壇を降り、片付けが始まる。


 屋敷に戻り、重たい衣装を脱ぐ。軽くなった体で床に大の字に寝転ぶ。今日は疲れた。このまま寝たい。寝かけた時、「失礼するよ〜」の声と共に襖が開いた。慌てて起き上がると菫澪であった。


「お疲れ様です、菫澪さん」

「お疲れ様。はしたないよ、日和」

「すみません。何か御用でしょうか?」

「えぇ。着飾りの品の話」


 そういえは昼間、良いことを教えてあげると言われたのだった。


 菫澪が耳打ちし、日和が口をにやりと動かす。菫澪が教えてくれた良いことは、日和にとってかなり良いことであった。

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