第十八舞 授かった力
雪葵の笑顔に今まで感じていた思いが消えていく。彼の笑顔は力をくれる。
「雪葵……」
「その体で何ができる。もう相手になどならん」
八咫烏は全員で槍を振りかぶる。このままだと二人串刺しだ。
雪葵は日和を背中に載せると森の中を走り出した。槍が振りかかってくるのを必死に避けながら木々の中を駆け巡る。しかし、毒の回りが変わるわけではない。
「うっ!」
苦しい呻き声と共に雪葵の体勢が崩れる。そのまま日和が宙に投げ出された。その先は運悪く崖だ。
「ひ、日和!!」
「雪葵っ!」
雪葵の体は動かない。頭は必死に動けと命じているのに体が言うことを聞かない。日和も為す術もなかった。
遠ざかっていく雪葵に手を伸ばすのを諦めかける。結局、自分には何もできず、雪葵を傷付けるだけ。今何ができるか、探した所で見つかる訳がない。今更何か見つけた所でどうにもできない。
徐々に意識が遠のいていく。その時、脳裏に聞こえたのは、雪葵の声。
『僕を信じてて』
『妖姫を護るのが八妖樹の役目だし』
雫の声も聞こえる。日和は目を閉じて考える。
(諦めていいのかな。こんなに私のことを信じて戦っている人がいるのに、私は彼らを信じないで諦めるの?)
遠くに微かな光が見えた。手を伸ばしても確実に届かない距離。それでも掴もうとしてしまうのは、それが大事なものだという確信があったからだ。
(信じろ、彼らを。戦え、私にできることで!)
『そなたの強い意志、しかと受け取った。我らの力を貸そう』
脳裏に響く知らぬ声。けれど体中に力が溢れ出してきた。
「っ!青い炎…」
青い炎は日和を優しく包んでいた。
一方。上の雪葵には八咫烏が迫っていた。
「安心しろ、妖姫とはあの世でまた会える。今度は同じ死人として」
「……るか」
「ん?」
「死んでたまるかぁぁ!」
雪葵の気迫に周りの烏が吹き飛ばされる。八咫烏の長だけは地面をずりずりと引き下げられた。雪葵を真っ赤な炎が包む。周りに熱気が溢れ、遠くの木々まで灰も残さず燃えていく。
「くっ…なんだこの炎は…」
八咫烏の長の顔が初めて歪む。動揺で迫る雪葵の牙に気付かなかった。槍で受け止めるが力ずくでへし折られ、突き飛ばされ木に衝突する。毒を受けた体とは思えない俊敏な動き。
「まさか、自身の炎で毒を消しただと…?」
雪葵は自ら崖を飛び降りる。そして、飛び上がるとその背中には日和が乗っていた。日和が札を構える。
「月光照天輪!!」
日和の投げた札は青い炎を纏っている。八咫烏の長はその場から飛び上がり、他の烏達はは札により青い炎に包まれた。
「……いずれ、お前達の力を奪う」
八咫烏の長はそう言い残し、消えていく。雪葵は地面に降り立つ。雪葵が人間姿になって日和に抱きつく。
「日和!今の何!何なに!?」
「うーん、分かんない」
「ぅえ?」
「でも」
日和は空に浮かぶ白い輝きを見上げ、呟くように言った。
「私にできること、見つけたよ」
雪葵と洞穴の奥に進む。今にも崩れそうな穴に危機感を覚えつつ、先を急ぐ。真っ暗な中、雪葵の炎を頼りにしていくと、広い場所へと出た。そこには上から吊り下げられた燈威の姿があった。
「燈威!」
雪葵が縄を噛みちぎり、燈威を救出する。縄は煙となって消えていった。妖力によるものだったらしい。
燈威は力なく日和に寄りかかる。日和は燈威を優しく揺する。
「燈威!しっかり!」
「……う、うぅ」
燈威がゆっくりと目を開け、顔を上げる。そして日和と雪葵を見て飛び上がった。
「うわぁっ!日和に雪葵!?どうして…うわっ」
足の力が抜け、地面に座り込む。全身に力が入らない。
「恐らく、その縄が燈威の力を奪っていたのかも。燈威、座ってて大丈夫だから」
「……蛇神様は?」
「今、死神と戦ってる」
「死、神?」
燈威の様子から燈威を苦しめていたのが死神であることを知らないようだった。日和は慎重に一つずつ、燈威に伝えていく。燈威の顔は徐々に青ざめていった。
「……お、俺のせいだ。俺が、神なんかに縋ったから…」
日和達は口を紡ぐ。そんな事ない、とも言えないし、そうだ、とも言えない。
「俺のせいで、俺のせいで……」
燈威が頭を抱え込む。日和は燈威の手首を掴んだ。
「自分のせいだとしても、自分を責めたことで蛇神様が救われる?死神が消える?ううん、何も変わらないよ。変わりたいなら助けたいなら、何か動くこと!怖いのは分かるし目を背けたいのも分かる。けど、これは自分にしかできないからさ」
燈威は涙を流しながら目を見開く。日和の言うことは最もであるが、だからと言って日和自身ができているかと問われれば首を縦には振れない。自分に言い聞かせているのもあるのだろう。それが余計に燈威に響いた。
「…俺にできること、あるのかな」
燈威はぽつりと呟く。雪葵が燈威に急接近する。
「あるある!絶対ある!」
日和は燈威の手を両手で包んだ。
「燈威にしかできないことがある。だから、行こう」
燈威は頷くと立ち上がる。まだ完全に力は回復しておらず、時々倒れそうになるが、日和と雪葵が支えて歩き続けた。
紫苑、蛇神と死神との交戦は今も続いていた。と言っても紫苑は二人の強さに正直圧倒され、戦う気力が失われかけているくらいである。彼らの力は互角だが、今まで会った妖の中で最も大きく恐ろしい二人だ。紫苑は二人の戦いに巻き込まれないように避けることで精一杯だ。
(あそこに入れない。入れば一瞬にして俺の命は消える、跡形もなく…。くそっ、どうすれば…)
術を唱える時間もない。この状況で何ができる。
蛇神は悔しそうな紫苑をちらっと見る。無理もない。神の戦いに人間が入ってこれる訳がないのだ。意志は良かった、力になってくれるという思いが。それで十分だ。この戦いに入れなくても力になるという意志だけで蛇神は戦える。
「よそ見とは余裕だな」
「いいや、周りの様子を俯瞰しているだけだ」
あまりに早い戦いに目が追いつかない。紫苑が投げる札もただの紙切れのように切り裂かれて終わりだ。まるで歯が立たない。
「ぐっ!」
蛇神の体勢が崩れる。そこを見逃さず死神は蹴りを入れ、蛇神が瓦礫に突っ込む。紫苑が近付こうとするが、死神の黒い一撃を避けられず地面に伏す。
「妖祓師よ。お前の生きる力、とても逞しく強さを感じる。繋がっている誰かに授けんか?そうすれば受け取った者も逞しく強くなる。我は弱々しい人間達にうんざりしていたのだ。お前のような力を持つ者を増やしたい。そう思わんか?」
紫苑はピクリとも動かない。痛みが全身を駆け巡り、力が上手く入らない。けれど頭だけは聡明だった。そして血が上ってくるのを感じる。その感情だけが体を動かす動力となる。
「……誰が、そんな話を呑むと?」
「何?」
「悪いが、俺には強く繋がる者なんか、いねぇよ。それに逞しくも強くもない。持ってんのは、臆病で弱虫な自分自身を必死に隠す力だ」
ゆっくり体を起こす。死神の顔が初めて崩れる。
「……もし、俺にその逞しく強い生きる力があって、強く繋がる者がいたとしても、やんねぇよ。そいつは俺が護る。だからその力は俺が持ってりゃ十分だ」
息を上げながら立ち上がる。そして死神に向かって嫌な笑みを浮かべた。
「昔から頑固なんだよ。舐めんな」
紫苑は一気に死神との間を詰めると刀を振る。死神にはかすり傷でしかならない。
「刀で我は倒せない」
「ただの、じゃなかったら?」
「何?ぐっ!」
死神の体が悲鳴を上げ始める。紫苑の刀の先端には札がついていた。致命的ではなくても効果はある。
「蛇神!」
紫苑は蛇神を振り返る。蛇神はその場から動けていなかった。起き上がる力ももうないらしい。しかし、笑みは浮かんでいた。
「…ほほ。頑固な男は、嫌われるぞ」
「…るせぇよ。ほっとけ」
紫苑がそっぽを向く。その隙に死神が鎌を振りかざす。反応が遅れた紫苑はその場を動くことが出来ない。その瞬間だった。
「ぐっ!?」
死神の腹に槍が見事に突き刺さり、死神は倒れる。そこにいたのは見たことのない冷たい視線の燈威だった。その後に声と足音が聞こえてきた。
「蛇神様!紫苑様!」
「無事かぁー!」
日和と雪葵が紫苑の元で止まる。しかし蛇神を見つけるとそちらに駆け寄った。
「蛇神様!」
「…ほほっ。燈威を助け出してくれてありがとのぅ」
「あいつどうした?あいつの瞳…」
「死神見つけた途端雰囲気が変わって急に行っちゃったんだ」
燈威は死神を見据えている。死神は咳き込みながら立ち上がる。
「我との契約を破棄するつもりか。お前が望んだことであろうに」
「違う。これは俺が望んだことじゃない。俺の望みはもう叶わない」
驚く程の淡々と告げる冷静さからは悲しみも怒りも感じられない。そこにあるのはただの“無”だ。その視線を向けられれば背筋が凍ることだろう。
「ならば何故我に縋った。叶わない望みだと分かっていながら」
「……本当に莫迦だと思う。そんなこと不可能だって、考えればわかるのにね。けど、お前には分からない。人々の死ばかり見てきたお前には。必死に生きる為、生きて欲しいと願う為に何かに縋りたくなる思いを」
蛇神は悲しそうに俯く。これまでの燈威の言葉や行動、笑顔はずっと蛇神に向けられていた。それは一緒にいたいという何よりの表れ。それに気付いていながら知らぬ振りをしていた。どれだけ悔やまれることか。
「それでも結局迷惑かけて、こんな状況を引き起こして…。どうしようもない俺に蛇神様も呆れてると思うけど。だけど、まだできることがある」
燈威は槍を構えると死神をしっかりと見据えた。
「お前を倒すことだ、死神」




