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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
藤ノ宮編
92/114

第十七舞 消えた“心“

 小さな村。そこで暮らす燈威には親と兄がいた。親はとても優しかったが、兄は意地悪であった。泥を投げ付けたり、燈威の食事を地面に叩きつけたり。その度に親は兄を叱るが兄に反省の色は全く見えず、同じことを繰り返すばかりだった。


 燈威は毎日怯えていた。今日はどのような嫌がらせを受けるのだろう。どうして嫌がらせを受けるのだろうか。この頃から燈威は何か違和感を感じ始めていた。


 また燈威には妖が視えた。当時は不思議な生物という認識で誰にでも見えているものだと思っていたが、妖と遊んでいた所を兄が見つけ、「一人で笑ってるなんて気持ち悪い」と言われてしまった。燈威は一人じゃないのに…と理解ができなかった。


「燈威は優しいな」

「優しい子はきっといつか自分にも優しくしてくれる人に出会えるのよ」


 父と母は毎日のようにそう言ってくれた。その言葉に救われ、兄からの嫌がらせに耐えてきた。けれど悲劇が訪れる。


 ある雪が降り積る夜、目が覚めてしまい、水を飲もうと台所に向かうと中から何か話し声が聞こえてきた。


「ねぇ、かっか(母)!あいつ何でまだこの家にいるの!何で優しくするの!あいついらない!」

「こら、そんな事言わないの!にぃにでしょ」

「違う!僕はにぃにじゃない!あいつの家族なんていない!僕もとっと(父)もかっかもあいつと血が繋がっていないじゃないか!」


 燈威の頭を重い石で強く殴られたようだった。ずっと家族だと思っていた人達は、赤の他人だった。兄が自分を嫌う理由が初めて分かった。血も繋がっていない人に優しくする親が嫌だったのだろう。同じように接されたくなかった、本当の子供である自分だけを愛して欲しいのだろう。


 燈威は家を飛び出し、走り出していた。真っ暗な中、行くあてもなく、ただただ走る。気付けば、森の奥にまで来ていた。足が冷たさでじんじんと痛んで唐突に全身の力が抜けて雪の中に倒れる。このままいっそ、消えてしまえば良いのではないか。永遠に眠ってしまえば良いのではないか。そんな考えが頭をよぎる。それでも誰も困りはしない。


「ーーや」


 遠のく意識の中、誰かの声が聞こえる。


「お前さんや」


 次第に意識が戻ってきて、声がはっきり聞こえる。しわがれた声。


「だ、れ」


 燈威は人の腕ではない何かに抱えられ、大きな岩の上に寝かされる。燈威を覗くのは大きな白い蛇だった。


「ひぃっ」


 燈威は驚き慌てて飛び上がるの岩の陰に隠れる。どう考えても食べられる図だった。消えても良いとは言ったが、痛いのは嫌だ。


「そんなに怯えるな。取って食ったりなどせん」


 恐怖で声が出ない。こんな大きな蛇など見たことない。


「岩の上に上がるが良い。そんな薄着に裸足では雪の上は辛かろう」


 気遣ってくれる所に燈威は少し警戒心を解く。そして恐る恐る岩に上り、端に座る。大蛇は呆れたように笑う。

「まだ儂が視える者がおるとはな」

「?視える…?」


 大蛇は…蛇神は妖の存在を教えてくれた。そこで燈威は初めて兄の言った意味が分かった。


「お前さん、家に帰らんくていいのか?こんな時間に外など出たら心配する者がおるだろう」

「……大丈夫だよ。俺は、必要ないから」


 燈威の様子に蛇神は溜息をつく。こんな小さな体でどれだけ重い荷を背負っているのだろうか。


「誰かにとって必要ない存在でも、別の誰かには必要な存在だ。誰からも必要とされない者などおらんよ」


 朝になって燈威は帰って行った。というより蛇神が帰した。ここにいれば、蛇神と一緒にいれば、何を言われるかわからない。ますます燈威が怪しくなるだけだと、蛇神は分かっていた。


 燈威が家に帰ると親にめっぽう怒られた。夜中ずっと探してくれていたようだ。けれど燈威は申し訳ないと少しも思わなかった。どうせ他人じゃないか、その考えが燈威に張り付いていた。


 それから毎日のように昼間、燈威は蛇神のいる森の奥に行くようになった。蛇神は呆れつつも迎え入れてくれた。ただ蛇神と話して帰るだけだが、それだけで燈威の気分は明るくなった。


 しかしある夜、眠っていると足音が聞こえてくる。もう全員眠りについたはずなのに誰だろう。そう思い、薄ら目を開けると兄が小刀を両手で振りかざしていた。燈威は慌てて飛び起き、部屋の隅に逃げる。兄は震えた手で小刀を持ったまま、燈威に近づく。


「に、にぃに?」

「にぃにって呼ぶな!なんでお前なんかみたいな奴がここにいんだよ!なんでとっともかっかも俺よりお前ばかり見てるんだよ!気に入らねぇんだよ!家族じゃねぇくせに!」


 分かっていた。分かっていたはずなのに、正面から言われると大きな衝撃が走り足が震える。頬を殴られ、大きな音を立て床に倒れ込む。そして兄は上に跨がると小刀を大きく振りかぶる。


「お前なんか…お前なんか死んでしまえ!」


 その言葉が燈威の心を引き裂いた。燈威の心が蝋燭の火のように消えた。振り下ろされた小刀を奪い取ると、腕を横に振る。刃が何を切り裂いたかはわからない。けれど「あああぁぁぁ‼︎」という悲痛な叫びを聞いた。けれど光を失った燈威は小刀を落とすとよろよろと部屋を、家を出て行く。


 ただふらふらと真っ暗な道を歩く。どこを歩いているか分からない。ただ足の向くままに。



 雪葵の鼻を頼りに日和は燈威を捜していた。匂いは消えていないようだった。


「どんどん燈威の匂いが強くなっていく」

「近い?」

「多分」


 木々の無数の枝が行く手を塞ぐ中、雪葵の炎で道を切り開いていく。


「!あの洞穴の奥!」


 雪葵が指差す先には木々が開けた場所に小さな洞穴があった。その瞬間、上からの気配を察知し、身を翻して茂みに隠れる。多数の真っ黒の羽根が降り注いできた。先程の羽根と同じように見えるが、違う気配だ。


「流石妖姫、と言っておこうか」


 知らぬ声が聞こえ、茂みから顔を出す。複数人の人影。彼らは燈威と同じような衣に上を羽織っている。その羽織りの胸元には三本足の烏の模様。八咫烏やたがらすだ。


「死神の邪魔はさせない」

「邪魔なのはあんた達。燈威を返して」

「お前らこそ大人しく我が力となれ」

「やーなこったー!!」

「良かろう。ならば力ずくで奪うのみ」


 八咫烏達が槍を構えこちらに飛びかかってくる。雪葵は大狐になると尻尾で八咫烏達を払い飛ばす。


「ほう。見かけによらないな」

「どういう意味だ!」


 八咫烏達の攻撃は止まらない。雪葵は払い飛ばしたり、噛みつく。雪葵が祓っていくものの数が多く。雪葵を襲う数は減らない。


 一本の槍が雪葵の首元に刺さる。雪葵が顔を顰めた。


「雪葵!」

「こんくらい平気っ……」


 雪葵が突然地面に倒れ込む。日和が駆け寄る。


「大丈夫!?」

「う、体が急に動かなくなって…」

「それは毒だ。即効性のあるもので、ものの数分で体全体を蝕むだろう」

「っ!」


 解毒する方法なんて知らない。槍を抜けば血が溢れ出す為、安易に抜く訳にもいかない。


 雪葵は地面に伏して動けそうにない。八咫烏達は槍を構えてジリジリと近づいてくる。


 日和は札を構えるが、あっという間に地面に蹴飛ばされてしまった。


「うっ」

「無駄な抵抗はよせ。どうせ死ぬのなら楽に死にたいだろう?」


 首を強く締められる。日和はもがくも手は外れない。すると八咫烏に炎が吹きかかる。


「ひ、日和に、手を出すな」


 八咫烏は少し燃えた羽の炭を払い、冷めた目で雪葵を見下ろす。


「小賢しい。お前には死ぬまで苦しみを与えた方が良さそうだ」


 八咫烏の合図で他の烏達が槍を次々と雪葵に刺し込む。


「ああああああ‼︎」


 雪葵の悲痛な叫びに日和の頬に涙が伝う。


「や、めて、お願い、だから…」


 雪葵は小さく戻り微かに痙攣していた。全ての槍の先には毒だ。このままでは雪葵が死んでしまう。


 日和は札を八咫烏の腕につけようとするが、それに気づいた八咫烏は日和を投げ飛ばす。


「ぐっうっ」

「楽に死にたいと思わないのか。八妖樹を護るのも妖姫の役目だとでも言うか?」


 八咫烏の言葉に日和の心がざわついた。


「私が護る?違うよ、護ってもらっているのはずっと私。妖姫のくせに弱くて何もできない私を八妖姫の皆んなが護ってくれる」


 悲しい涙が悔しさに変わる。八咫烏は鼻で笑う。


「みっともないな。出来損ないの妖姫か。ある意味伝説になるのではないか?」


 周りの烏達も大きな笑い声を上げる。今までも何度も現実を突きつけられてきた。だからもう、慣れている。


「そうだよ」


 雪葵の言葉に日和は目を見開く。そして目を伏せた時だった。


「日和は伝説の妖姫だよ。だって、妖の為にこんなに真剣に考えてくれる人、なかなかいないでしょ?」


 再び目を見開いた。雪葵を見ると弱々しいながらもいつもの明るい笑顔を向けてくれていた。


「だからさ。今は僕を応援してて、信じてて。それだけで十分。あいつらは僕がやっつけてやる」

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