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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
藤ノ宮編
91/114

第十六舞 死神

 山神を招き入れ、屋敷でお茶を出す。正直、あの大蛇が青年になっているなど信じられなかったが、声や人でも妖でもない異様な気配は蛇神そのものである。


「へ、蛇神様。何故このようなお姿に」

「…分からぬ。目が覚めた時にはもうこのような姿になっておった。力を使おうと思ったが、どうにも上手く使えぬ。歳のせいもあるじゃろうが、恐らくは…」

「人間姿が問題なのかも?」


 雪葵の言葉に蛇神はゆっくりと頷く。日和は横目で後ろを睨みつける。


「紫苑様。何やっておられるのですか。中に入って下さい」

「……いや、俺はいい」


 青年が蛇神だと知った瞬間から紫苑の様子がおかしかった。蛇神に近付こうとせず、どちらかと言うと避けようとしている。屋敷にいてもそうだ。距離を取って部屋に入らず柱から隠れるようにこちらを見ている。


「妖祓師よ。もう儂はもう気にしておらん。じゃから入っておいでな」

「?」

「や、やっぱりあんたあの時の…!」

『?』


 どうやら二人は知り合いのようだ。再会したとはいえ、全く微笑ましそうにないが。


「紫苑様が裏山に行くことがあったんですね」

「え、あ、いや…」

「仕事だったようですよ。妖姫様、鵺がおったこと覚えておりますかえ?」

「あ、はい」

「その鵺を祓う仕事のはずが間違って儂を封印したのですよ、この方」

「なっ!やっぱりお前根に持ってるだろ!」

「…紫苑様、酷い」

「ち、違う!訳があるんだ。大物の妖が裏山で暴れ回ってるって。そいつが何者かは分からずに行ったんだよ。だから……」


 紫苑の必死な言い訳を誰も聞いていない。日和は呆れて物も言えない。蛇神を封印し、鵺に山を占領させてしまった人がこんなにも近くにいるとは……。


「まぁ、もうこの話はいいのぅ。それより、燈威を知らぬか?」

「燈威?いえ、会ってませんが…」


 放ったらかしにされ、呆然とする紫苑を日和も放置し、首を傾げる。燈威には暫く会っていない。基本、山にいるからだろうか。


「燈威がどうかしたのですか?」

「いや、いつもは夜から朝起きるまでずっと燈威と一緒におるのじゃが、今日は朝にはいなくなっておってなあ。こんなこと今まで一度もなかったもんだから、何かあったのかと…」

「蛇神様が人間の姿になっちゃったから、それに気付かず捜しに行ったとか?」

「儂も森の中を捜し回ったんよ、けれどどこにもいやしなかった」


 そうなると、森の外に出たわけだろうが、一体何処に行くのだろう?おどおどしている子が一人で町や村に降りるだろうか。


「この付近にはいると思いたいですね」

「うぬ、そうじゃの…っ!」


 蛇神の顔が歪む。その時、日和達には光が蛇神に集まっていくのが見えたが、瞬きすれば夢だったかと思うほど何も変わっていない。


「今のって…」

「なんか光が…あれ?」


 日和達はある異変に気付く。蛇神の異様な妖力が消えていた。紫苑も蛇神に近付く。


「おい、これって……」

「……安心せい。今、儂が妖力を消しただけじゃ」


蛇神は落ち着いていた。日和達は「え…?」と言葉を漏らす。


「ど、どういうことですか」

「突然今まで通り儂が妖力を上手く使えるようになったのじゃ。先程までは妖力を隠せなかったのだがな、力が流れ込んでくるようで……!」


蛇神が目を見開き、血の気が引いていく。かと思うとおもむろに立ち上がり走り出した。


「蛇神様!?」

「燈威が危ない!」


 雪葵が追いかけていく。日和は焦った顔で紫苑を見る。紫苑は日和を見るなり溜息をついた。


「ここまで関わったんだ。行くしかないだろう」

「はい!」


 紫苑と日和も屋敷を飛び出した。



 蛇神について行くと、御苑を囲む高い壁が見えてくる。蛇神が軽々と超えて壁の奥へ行ってしまい、紫苑達は足止めされる。


「おい、そんな簡単そうに…」

「紫苑様、後ろ乗ってください。離れていただいて構わないので」


 雪葵が大狐に変化すると同時に日和が雪葵の背中に乗る。紫苑は少し躊躇したが、日和の後ろに乗ると彼女の着物を少しつまんだ。


 雪葵は壁を簡単に越えると森の中へと入る。子狐に戻った雪葵を抱え、日和達は蛇神を追いかけ続ける。


 だが全然追いつかない。人間に似つかわしくない身体能力。いや、人間ではないのだが、その姿でこんな能力が出せるのか。


「白狐、追いつけないのか?」

「大きくなればなら普通はいけるんだけど、こんなに木が生い茂っていたら速さ《スピード》出せないよ」

「へ、蛇神様ー!」


 息切れしながら日和が叫ぶと、その声が届いたのか、蛇神の速さが落ちる。


「説明して頂けないでしょうかっ!はぁはぁ、何が起こったのか、教えてくださいぃ、ひぃ」

「お前さん達には迷惑をかけた。もう儂のことは構わんで良い、戻った方が身の為じゃ」

「勝手に助けを乞いに来て、勝手に突き飛ばしかよ。随分都合が良いもので」

「し、紫苑様!」


 紫苑の態度に日和は焦るが、蛇神は気にしていない様子だ。


「確かに儂は妖姫様に助けを求めた。しかし、これは貴方様を関わらせてはいけないものだと気付いたんじゃ、だからどうかここから逃げて下され」

「え、それって…」

「おい!」


 紫苑に抱えられその場を離れる。そこに無数の針が降り注いだ。よく見れば、辺りが暗くて見えにくいが針ではなく、真っ黒な鴉の羽根だ。


「この羽根はまさか…」


 嫌な予感で羽根を拾った手が震える。雪葵が羽根の匂いを嗅ぎ、顔を青ざめる。蛇神も顔を顰めた。


「…燈威のじゃ」

「この攻撃は燈威が…」

「いやそれは違う。別の気配だ」

「流石だな、蛇神よ」


 低い声に背筋が凍る。異様な気配。けれど蛇神とは違う、恐ろしい感触。気を抜けば呑み込まれそうだ。空からゆっくりと降りてくるおぞましい影に日和達の身体が強ばる。


 月の明かりに照らされた、おぞましい仮面に真っ黒な衣に身を包んだ者に蛇神が立ちはだかる。


「やはりお主か、死神」

「死神!?」


人に取り憑き、死をいざなう神。こんな恐ろしい神に会ってしまうとは…。


「燈威…鴉天狗はどうした」

「あぁ、あの小僧か。元気にしている」

「返してもらおうか」

「済まないな。まだ彼との約束が果たせておらんのでな。今すぐ返す訳にはいかないな」

「約束?」

「そうだ。お前を長生きさせるというな」

「!!」


 信じられない言葉に目を見開く。日和は思わず呟く。


「死神は死を誘う神のはず…どうして寿命を伸ばすことなんか…」

「……聞いたことがある」


 紫苑の言葉に日和は彼を見る。


「人間の間で伝わる話とは別の異能を手に入れた死神がいる、と。それが此奴か」


 昔から従来人々に伝わる伝承がある。妖の話あり、神の話あり。その話とは変わった者がいるなど聞いたことがなかった。


「左様。私は死神にして、生きる力を与える力を手に入れた者。しかし、その代償は強く繋がる別の者の生きる力を頂くこと」


 その話ですぐに感ずる。蛇神に力が与えられた。蛇神と強く繋がる者…。


「……燈威」


 日和がぽつりと呟く。


「…燈威はどこ」


 怒りを抑えた声。死神は首を傾げる。


「教えるわけにはいかない。まだ彼との約束を果たしていない」

「いいから教えなさい!」


 日和の叫び声と共に雪葵が炎を吹く。死神は軽やかに宙を舞うと、木の枝に着地する。


「彼が自ら望んだことだとしても、お前達はそれを止めようとするのか?」

「…え?」


 全員の動きが止まる。今、あいつは何と…。


「…鴉天狗が望んだと言うのか、この茶番を」


 紫苑の静かな声が響く。確信をついている言い方だ。


「し、紫苑様。いくら何でも失礼です…」

「いや、その通りだろう。蛇神はどう足掻いてもこれ以上生きるのは不可能だ。力も尽き始めている。そうでなければ、俺が封印するのを阻止できたはずだ」


 蛇神は何も言わない。


「いくら生きる力を与えられた所で生きれるわけではない。力があっても体がもたない」

「……ほっほ。気付いておったんか。流石妖姫様が見込んだことだけはある」

「見込んだ覚え全くないんですけど?」

「これでも妖祓師だからな」

 雪葵がばっと振り向く。


「じゃあ!燈威は無駄に妖力を失ってるって言うの!?」

「……そうじゃ。あいつは分かっておるじゃろうに、『神』という存在にすがったんじゃろう。莫迦な奴め…」


 蛇神は怒っているというよりかは悲しんでいるように聞こえた。


「奴も分かっておる。分かっておりながら燈威を闇に陥れた。儂はお前を許さん」


 蛇神の声色が怒りに変わり、死神を睨みつける。死神は面白そうに笑う。


「お前の気迫だけは昔から立派だな。勝てたことなど一度もないくせにな」

「蛇神様、知り合いなのですか」

「あぁ、そうじゃ。因縁の奴じゃ。…妖姫様方にお願いがあります」

 改めた口調の蛇神に日和は頷く。


「燈威を見つけ出す、そうですよね、蛇神様」

「……お願いします」


 日和の微笑みに少し安心したのか蛇神の表情も一瞬柔らかくなる。そしてまた死神を睨みつける。


「行けっ!」


 蛇神の声に即座に日和達は走り出す。日和と雪葵が茂みに消えたのを確認すると、蛇神は深呼吸をして死神を見つめる。


「弱りきったお前一人で何ができる。時間稼ぎにもならんというのに」

「誰が一人だ?」


 別の声に蛇神が振り向き目を見開く。そこには見目麗しい人がこちらに歩いてきていた。そして蛇神に並ぶと刀を抜く。


「お前さん、何故…」

「別に罪滅ぼしのつもりはねぇし、お前を助けたいとも思わねぇ。ただ…ただ、あいつが護りたいもんは俺も護る。後、こういう退治は俺の仕事なもんで。それだけだ」

「……左様か」


 蛇神も構え、二人で死神を見据えた。

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