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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
藤ノ宮編
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第十五舞 願い事

 星が輝く空の下。御苑を囲むようにある鎮守の森。山の頂上の岩の上で大の字になって空を眺める影がある。そこに別の影が近付く。


「燈威」

 燈威がその声に体を起こすと振り返る。


蛇神様へびがみさま。こんな夜にどうしたの?身体に障るよ?」

「ほほ。お前さんが老いぼれを心配するようになるとはな。昔は構わず儂を振り回しておった奴が」

「む〜昔は昔。今は今だよ〜」


 燈威が頬を膨らませる。蛇神は微笑んで燈威の横に移動する。


「老いぼれを大切に言い続けてきた甲斐があったようだっがはっがはっ」

「蛇神様!最近体調が悪いんだから休んでいた方がいいよぉ」


 荒い咳をして平衡感覚を失った蛇神を燈威が支える。蛇神の体重は燈威の何倍もあるが、何度も支えているせいか、燈威の力がついたようでまだ重いと感じながらも支えられるようになった。


「そろそろ歳なんじゃよ。この森はお前に託すからのぅ」

「待ってよ!これからもずっと一緒にこの森を護っていこうと約束したじゃんか!俺を一人にしないでよ!」


 燈威は悲痛な声を上げる。けれど蛇神は静かに目を閉じ、地面に伏す。


「お前さんはそろそろ独り立ちしないとのぅ。お前さんが消えるまでは流石に儂はおれんぞ」

「やだ!やだやだ!蛇神様と一緒にいるのぉ〜。傍にいてくれるなら独り立ちできなくてもいいもんん〜」


 燈威が蛇神の首に抱きつき、泣き叫ぶ。まだまだ子供で泣き虫で可愛らしくて…。けれど。


 蛇神の心には不安が溜まっていく。自分がいなくなればこの子はどうなるのだろう。自分を頼ってくれるのは嬉しい。だが、自分がいなくなればこの子は生きていけるのだろうか。中途半端な存在として、一人で生きていくことができるのだろうか。その存在であることを彼が自ら臨んだとしても。


 泣き疲れ、眠った燈威の頭を尻尾で撫でながら彼を護るように蛇神は丸くなって眠りについた。



 翌日になっても燈威の気持ちは晴れない。早朝に森の中をとぼとぼと散歩していると、目の前に何者かが現れた。その気配に感づき、燈威は瞬時に戦闘態勢に入る。そこにはおぞましい仮面をつけ、真っ黒な衣に身を包んだ者がいた。


「だ、誰だ!」

「誰、か。言うまでもないのだがな」

「え、偉そうだな!さっさと名乗れよ!」


 強気な態度を取っているが体は小刻みに震えていた。人見知りであるだけでなく、この怪しい者からただならぬ気配を感じるのだ。只者ではない、そう体に訴えかけてくる。


「名乗る名はない。ただ私は神と呼ばれる存在だ」

「…か、神…?」


 神の存在は珍しくない。だが、蛇神以外の神に会ったことはなく、信じ難かった。しかしその悍ましい気配が燈威を納得させる。


「そうだ。お前の望みを何でも叶えてやれる。どうだ?」

「……本当に何でも叶えてくれるの?」


 燈威は思わずそう溢していた。ハッとして口を押さえるが神という男は深く頷く。


「あぁ、そうだ。お前の望みは何だ?」

「………俺の、望みは……」


 森の木々達がざわざわと揺れた。



 久しぶりの屋敷で過ごす日。ここ最近外に出ることが多かった為、休息を与えてもらった。とは言え、侍女である以上完全に仕事がないわけではない。あまり休めていないのが正直思う所だ。だが侍女が少ないのなら多少は仕方ないのだろう。


「日和。紫苑様にお茶と菓子を持って行ってくれる?恐らく、あの方休んでないだろうから」

「分かりました」


 月が光を放ち出した頃、日和は台所でお茶を淹れ、菓子をいくつか皿に置くと、お盆に乗せて執務室へ向かう。


「失礼致します。お茶をお持ち致しました」


 襖の前で声をかける。すると「入れ」という疲れた声が聞こえてきた。静かに襖を開け、一礼すると中に入る。紫苑の顔が明らかにやつれていた。死んだ魚ような目である。日和は何も言わず小上がりにお盆を置くと一礼して部屋を出ようと立ち上がった。


「……お前は何の為に妖祓師が存在していると思う」


 突然の問いに日和は軽く溜息をつき、座り直す。また急にどうしたんだろうか。


「妖祓師は妖を祓うのが務めだ。ただ妖を鎮めるだけで治まる世の中ではない」

「仰る通りです。しかし私は全ての妖が祓われるべきではないと思います。現に八妖樹はこの世の為に戦ってくれています。そんな彼らまで祓うのであれば、この世界は崩れるでしょう」

「……お前は先生と同じことを言うのだな。お前、分身か?常に俺を見張る先生の分身か?」

「違います。私をここに置いてくださったのは紛れもない貴方様ではありませんか」


くだらないやり取りに日和は息を吐く。


「私の役目は人間と妖が共存できるようにすることです。だからきっと雪葵に祓う力が与えられた」

「あいつは記憶を失う前から妖が祓えたのだろうか」

「分かりません。何の記憶もないようですからね…」


 以前雪葵はどんな生活をしていたのだろうか。八妖樹とはどんな関わり方をしていたのだろうか。何も知らないし、知る手段もな…。


「……あれ」

「?どうした」

「紫苑様。雪葵が記憶を失っても他の八妖樹は雪葵と関わったこと覚えていますよね?なら何故、誰も何も教えてくれないのでしょうか」

「……相当嫌われているか?」

「私が見た限りではそんなに嫌う必要はないと思います。もっと何か別の理由が……」

「あーーーー!!日和ぃーーー!!」


 突然外から大きな叫び声が聞こえ、乱暴に襖が開かれる。荒れ狂った雪葵だった。


「どうしたの、静かにして」

「外外外外!知らない誰かがこっちに来るのーーー!なんかすっごく怖いの!」

「知らない誰か?誰のこと」

「だからそれがわからないの!いいから早く来て!妖祓師も!」

「おい、これでも俺は仕事中で…」

「早く!」


 雪葵の圧に押され、渋々外に出る。その瞬間異様な妖力に包まれる感触を抱いた。優しいのか怖いのか分からない、そんな感覚。辺りを見回すと一人歩く青年が。ぼろぼろの着物に身を包んでとぼとぼと歩いている。紫苑が警戒しながら青年に近づいて行く。すると青年がぱっと顔を上げて日和に手を伸ばした。


「あ、妖姫、様…」

「……!その声は…」


 御苑裏の森の守り神、蛇神だった。

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