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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
藤ノ宮編
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第十二舞 不調の正体

「お邪魔しますよ」


 紫苑が仕事で退出した後、突然の声にばっと振り向く。気配を全く感じなかった。しかし張り詰めた緊張はすぐに解ける。


「楓霞さん!」


 雪葵が楓霞に飛びつく。日和は首を傾げながら尋ねる。


「どうしてこちらに?」

「ここで強い妖気を感じて。少し気になって来てみたんです」

「やはりここにいますよね、妖」


 全員が天井を睨む。これだけ強い妖気ということは中級以上の妖だろう。それならば妖気を消して忍ぶこともできるだろうに。挑発だろうか。


「彼女、恐らく毒かと思われます」


初めての声に日和は視線を樹に戻す。そこには青年が樹の腕を取っていた。


「えっと、貴方は…」

「あ、挨拶をせず申し訳ございません。俺、蛟です。どうぞお見知りおきを、妖姫様」

「…妖」

「蛟!」


 楓霞に頭を撫でられていた雪葵が大きく反応する。


「雪葵?」

「…あ、あれ?」


雪葵が首を傾げる。無意識に反応したらしい。


「名前は?」

「……琴葉と同じことを聞かれるのですね。瑞葉と申します。九尾は久しぶりだね」

「あ、うん。でもごめん。記憶がなくて…」

「聞いてるよ。思い出そうとしてるんでしょ?偉いよ」


 瑞葉の優しい言葉に雪葵はみるみるうちに涙目になり、瑞葉に飛びついた。


「うわーん!八妖樹の中で優しいの瑞葉だけだぁ~」

「まさか楓霞さんと瑞葉が一緒にいたなんて」

「いつも一緒にいるわけではないんですけど。今回は彼の協力が欲しくて来てただいたんです」

「来ていただいた、なんて。俺が呼んでいただいたんですよ」


 楓霞が天井を見上げる。そして視線をあちこち動かしていた。


「面倒な妖ですね」

「面倒、ですか?」

「えぇ。動きがかなり速いようです。脚の弱っている私では追いつけないですね」


 日和は杖に目がいく。足が悪いことは予想ついていた。年齢的にはまだ若そうである。なにかしら事故に巻き込まれたのだろうか。


「なので申し訳ないのですが日和、雪葵。貴方達にお任せします」

「おう!任せて!」

「分かりました」

「樹様ー」


遥希が樹の様子を見に部屋を覗く。しかし間が悪かった。遥希にとっては知らない男が二人。そのうち一人は樹の腕を取っている。遥希が刀に手をかけるのは一瞬だった。


「誰だ!」

「おお落ち着いて!遥希」


 必死に宥め、なんとか刀から手を離してくれる。そんな状況でも全く動じない楓霞と瑞葉はどのような神経を持っているのだろうか。


「元気な子だね。この人の従者かな?」

「人とか言うな!菊ノ宮様だぞ!」

「ああごめんね。楓霞さん。ここは御苑内ですから…」

「ふふっ、分かってるよ」


 呆れる瑞葉と楽しそうな楓霞。あの見目麗しい人達とは違ってこちらは見ていて微笑ましい。


遥希に樹の体調は妖によるものではないか、という話をする。遥希はわなわなと震えだし、天井を睨みつけた。


「ここにいるのか?そいつが」

「うん」

「俺も手伝うよ」


 瑞葉が日和の横に並ぶ。遥希はまだ瑞葉を警戒しているが、本当の敵は天井裏だと思ったのか、そちらを睨む。


 雪葵が樹を別の部屋に移動させ、楓霞も樹の傍で見守る。雪葵が日和の元に戻ってくると瑞葉が水の短剣を構える。


「それじゃ、そろそろ始めよう、か!」


瑞葉が天井に短剣を投げつけると悲痛な叫び声が聞こえてきた。その後天井裏をばたばたと走り回る音が聞こえる。遥希が銃を構える。日和は気配を目で追い、そして合図した。


「今!」


 その声とほぼ同時に遥希が銃を撃つ。見事に命中したようで虫の甲高い叫び声が部屋中に響き渡り、思わず耳を塞ぐ。天井から黒い影が落ちた。目の前に現れたのは十本足の大人一人分の大きさの蜘蛛。しかし背中には蜂の羽が四枚あり、爪と尻には鋭い針。そしてその体はいかにも毒々しい紫色であった。


「げっ」


 雪葵が顔を顰める。無理もない、気味の悪い姿の妖が天井裏にずっといたとなれば、虫唾が走る。


「わ"た"し"の"じゃま"を"す"る"な"!!」


 地が揺れるように低い声が重く響く。


「蜘蛛?蜂?」

「蜘蛛蜂という上級妖です。恐らくこいつの毒に菊ノ宮様はやられたのでしょう」

「…こいつが元凶か」

「ちょっ、遥希!」


日和の声をかける前に既に動いた遥希が怒りに任せて刀を振るう。けれど蜘蛛蜂の動きの方が速かった。爪が遥希の目の前に迫った時、襟を引っ張られ寸前で回避される。


「こいつは厄介なやつです。体が大きいくせに動きが速い。無闇に突っ込むものではありませんよ」

「……ちっ。悪かったよ」


初対面の人に注意され、遥希は膨れる。


「あと、奴の体の色は毒の強さと比例します。毒が弱ければ薄い色をし、強くなればなるほど濃い色に変化する」

「え、ってことは今はすっごく濃いから……」


 全員に緊張が走る。瑞葉が静かに頷いた。


「…えぇ。一度刺されれば即死です」


 暫くの沈黙。それを破ったのは蜘蛛蜂だ。


「じね"ぇ"ぇ"ぇ"!!!!」


 糸が発射され、全員が避ける。しかし気付いた時には日和の左足首に糸が巻きついていた。


「しまっ!」


動揺で動けず、糸に引きずられる。その速さに振り回され地面に擦られ壁に激突する。速さと痛みで為す術もない。最後には宙吊りにされた。意識は朦朧としている。


「うっ……」

「日和!」


雪葵が火を吹こうとするが、瑞葉に止められる。糸の長さ的にその炎は日和をも燃やしかねない。また、今の怒りに任せた炎では日和も灰になる。


日和に毒針が迫る。雪葵と遥希が日和に手を伸ばすが届かない。その時、その真横を激しい水が流れていく。その勢いは毒針の脚を押し流した。蜘蛛蜂が体勢を崩した隙に遥希が糸を切り、日和を抱えて戻る。


「おい、しっかりしろ!おい!」


遥希が日和を激しく揺する。薄らと目を開けた日和に雪葵と遥希は安堵する。


「はる、き…?」

「お前はここで休んでろ」


 奥の部屋の壁に日和をもたれかけさせ、遥希は蜘蛛蜂に立ちはだかる。雪葵は炎を瑞葉は水の龍を纏う。三人は蜘蛛蜂を睨みつけ、蜘蛛蜂も三人を睨みつけていた。

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