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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
藤ノ宮編
86/114

第十一舞 菊ノ宮

 目を覚ます。朝が来ている。いつもより体が軽い。ずっと寝たきりになっていたからだろうか、体の節々が痛い。けれど気持ちは軽やかだった。痛いとはいえ、体が思うように動く。


 菊ノ宮は布団から出る。そして襖を開くと青い空が見えた。数日前は凄い雨だったのにこんなに晴れているとは。小鳥の声も聞こえる。思わず鼻歌を歌ってしまう。


 晴れやかな空気で深呼吸をしていると侍女が食事を持って現れる。菊ノ宮はその侍女に向かって微笑んだ。


「やぁ。久しぶりに散歩をしても良いか?」



 日和は紫苑にお使いを頼まれ、紅ノ宮に向かっていた。前回、果莉弥の元を訪れた時、渡すはずだった文を忘れていたらしい。全く迷惑な主だ、と思いながら歩いていた。


 紅ノ宮に着くと紗綾が門の周りを掃除していた。日和は紗綾に近付いて話しかけた。


「紗綾さん」

「あ、日和。どうかしたの?果莉弥様に用?」


 つんとした感じだが、日和は気にならなかった。紗綾はそういう人だ。どちらかと言うとこれで柔らかくなった方である。


「はい。紫苑様からお渡しするよう頼まれた文がありまして」

「そうなの。ごめんなさい、果莉弥様は今不在なのよ。私で良ければ預かるけど?」


 紗綾なら中を見るようなことはしない、信用しても良いだろう。そもそも日和は文の内容を知らない。だが、機密とは言われていないので大丈夫か、と日和は紗綾に手紙を渡した。


「すみませんが、よろしくお願いします」

「はーい。…ところで日和。…し、紫苑様ってど、どうなの?」


 突然そわそわしながら聞いてくる紗綾に日和は首を傾げる。


「と言いますと?」

「分かるでしょ。あの美しさを毎日拝められるのよ。やっぱり幸せでしょ」

「いえ、特には…」

「なんですってぇ!?」


 紗綾の剣幕に日和は思わず後ずさった。正直なことを言って何故怒られるのか、さっぱり分からない。


「日和にはあの素晴らしさは分からないわけ?傍にいられることがどんなに光栄なことか!毎日毎日あんなに美しい方のために働けるのよ!幸せに決まっているじゃない!」

「んーあーえっと?」


 確かにあの見目麗しい顔は国宝級だろう。素晴らしいとは思う。ただ光栄なのだろうか、幸せだろうか。


「私にとっては果莉弥様の元で働けた方が幸せで…」

「当たり前じゃない!果莉弥様にお仕えできることは大変光栄なことよ!こんなにも私達侍女のことを思ってくれている人はいないわ!主は果莉弥様しかいないわね!」

「うぇ?なんか言ってることおかしくない?」


 雪葵が頭を混乱させている。何やら矛盾しているようなことを言っている気がするが、伝わったことといえば紗綾がいかに果莉弥を慕っているかということだ。きっと紗綾の気持ちは他の紅ノ宮の侍女達も同じだろう。


 紗綾と別れ、屋敷を出る。藤ノ宮に戻ろうと歩き出すと後ろから声がした。


「そこにいるのは藤ノ宮の侍女だね?」


 男勝りの女の人の声だ。親しげに話しかけられたが知らないなーと思いながら振り返ってぎょっとする。


「菊ノ宮様!」


 ついこの間訪れた時も寝込んでいると聞いていた。なのでここにいることに驚いてしまった。


「もしや君は噂の踊り子かな?」


 どんな噂が立っているんだ。日和は思わす顔を顰めて曖昧な返事をしてしまった。


「はあ。ところで、お体は大丈夫でしょうか?」


 話を逸らすと同時に聞きたかったことを聞いてみる。


「あぁ。確か何度か藤ノ宮が来てくれていたな。今日は気分が良いんだ。心配させてすまなかったね」


 なんだか女の人と話している気がしない。口調のせいだろうか。不思議と違和感はなく、納得できる雰囲気であった。


「いえ。お元気になられたようで安心致しました」

「そう言ってくれて嬉しいよ。また藤ノ宮に顔を出すとしよう。そう伝えておいてくれ」

「分かりました」


 日和は「失礼します」と一礼する。そして菊ノ宮に背を向けて歩き出した時だった。


 ばたっ!


 静かに音が鳴り響く。日和の後ろからだった。日和は立ち止まって振り向く。


 そこには先程まで元気に話をしていた菊ノ宮が地面に倒れていた。


「っ!菊ノ宮様!」


 日和が慌てて駆け寄る。菊ノ宮の顔色は悪く、荒い呼吸をしていた。我慢していたのか。激しく揺するわけにもいかずとにかく声をかける。


「菊ノ宮様!菊ノ宮様!」


 何度声をかけても菊ノ宮は返事をしてくれなかった。



 廊下をばたばたと走る音が聞こえる。そして襖が勢いよく開かれた。


「菊ノ宮!」


 大きく肩を上下させた紫苑の大声に日和は顔を顰める。紫苑は日和に気付くと少しほっとした顔をした。


「お前もいたのか」

「はい。菊ノ宮様が倒れた時、傍にいましたので。近くを通った武官にここまで菊ノ宮様を運んで頂いたのです」


 あの時は大変だった。小柄な日和では菊ノ宮を運べないし、だからと言って引きづるわけにもいかない。雪葵なら簡単に運べるがその様子を誰かに見られればまずい。助けを呼ぼうにも菊ノ宮を放置することもできず、困っていたところ一人の武官が通りがかってくれた。ただ運んでほしいとお願いしても恐れ多いと中々了承してくれず、結局日和が菊ノ宮が危ない、と緊張感を漂わせて武官を焦らせて運んでもらった。実際危なかったため、日和も焦っていたのだが。


 布団で眠る菊ノ宮は先程よりかは楽そうにしているものの、良い状態とは言い難い。紫苑は近くで様子を見ようと部屋に入ろうとした瞬間、勢いよく黒い影が紫苑の前を遮った。


「樹様!!」


 見覚えのある男児が涙目で声を荒らげながら部屋に滑り込んでくる。そして菊ノ宮をゆさゆさと揺らした。


「樹様!樹様!」

「え………あ!ちょっと、安静に…」

「うるせぇ!」

「えー……」


 遥希に怒鳴られ、口をあんぐりと開ける。紫苑は変なものを見るような目をしながら部屋に入ってきた。


「なんでこいつがここに?」

「私に聞かないでください」


 遥希が敵意剥き出しの瞳でこちらを睨みつける。


「樹様に何の用だ!」

「あーん?誰に物言いしてんだぁ?こちらの方は藤ノ宮様だぞ!?」


 日和はありったけの力で遥希を睨み返す。紫苑は呆れたため息をつく。


「おーい、お前の性格変わってんぞー」

「………あれ、藤ノ宮様と日和。何故こちらに?」

「お前も性格変わりすぎな!」


 正気に戻った遥希に事情を説明する。遥希はしゅんと小さくなっていた。


「そうだったのか。申し訳ございません」

「それは構わないが、お前こそどうしてここにいるのだ?菊ノ宮と知り合いなのか?」

「俺、樹様の従者なんです。最近は樹様の体調が悪くてほとんど屋敷を出ていないのでお付きも侍女だけで大丈夫だと言われて、屋敷に入れてもらえなくなって。仕方なく俺は巡苑組の方に力入れてたんですけど」


 紫苑と日和で訪れた時も菊ノ宮の侍女に何度も門前払いされていた。せめて医官は出入りしているだろうか。菊ノ宮の体調不良が一年続いている。久々に彼女を見たが、良くなっているようには見えない。


 どうやら菊ノ宮の侍女達は外部を寄りつけない上に自分達で主を助けようとする気もないようだ。


「…イカれてる」

「口悪いぞ。それよりどうして菊ノ宮は外に出ていたんだろうな。体調は万全ではなかったはずだ」

「……わかりません。最近は樹様の容態を聞くこともできていませんでしたので…」


 遥希が悲しそうに眉を下げる。樹が心配であるだろうし、自分が傍にいなかったことを悔いているのだろうか。


「とにかく暫くは安静にしてもらわないとな。菊ノ宮の仕事は私達が分担して担うことにする」


 淡々と紫苑は告げるとさっさと部屋を出て行った。忙しい仕事が一段と忙しくなるのだ。無駄な時間を過ごしている暇はないのだろう。日和と雪葵は部屋の中を睨むと紫苑について屋敷を出た。


 それから数日。様子を見に菊ノ宮に行くと、愕然とした。樹の寝ている部屋は散らかり、襖はほぼ一日中締め切られているようでぬるっと生暖かい空気が篭っている。床に散らばった物を踏まないように足を忍ばせながら樹の傍にいけば、顔色は悪くなっていた。紫苑はふるふると震えている。怒鳴りたい気持ちは分かる。ただ紫苑の場合、女に微笑む優しい人、という性格でいるため、怒鳴ることができない。日和は仕方なく、部屋を出て、侍女に話を聞くことにした。


その数分後。日和は頭を抱えて樹の眠る部屋に戻ってきた。紫苑が怪訝そうに日和を見る。


「どうだった」

「どうもこうもありません。どうしたらいいか分からないから使えそうな物をありったけここに運んだだの、食事は菊ノ宮様が元気になるようにと好物のお肉をたくさんあげようとしているが、少ししか召し上がらないだの。看病をなんだと思っているのですか」

「俺を睨むな」


 紫苑に睨まれても怒りは収まらない。


「この散らばっている物の中で使えそうな物はほんのひと握りですし、食事で病人に肉ばかりあげるのも言語道断です。そんな常識的な知識までないのですか、ここの侍女は」


 部屋を見渡しながらこれでもかと不満をぶつける。


「菊ノ宮の侍女達はほとんどが親に捨てられた人達だ。街で出会ったそういう子供達を菊ノ宮が自ら侍女に招いたと聞いている」

「……」


 そう言われると文句のひとつも言えなくなる。親から何も学べなかった人達にとっては常識も常識ではないのだ。街で親に捨てられた子供。ここが唯一の彼女らの光になっているのだろうか。そんな彼女達に怒りをぶつけるのは違うだろう。日和は深くため息をついた。

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