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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
藤ノ宮編
82/114

第七舞 巡苑組

藤ノ宮邸に来て一ヶ月。ここでの仕事には慣れた。しかし相変わらず菫澪の速さには感心するばかりだ。それでも少しずつ日和の仕事の手も速くなってきているようで菫澪に褒められることが増えてきている。単純に嬉しく、仕事が捗る。


 そんなある日。紫苑が仕事で出かけている時、床掃除をしていた菫澪に声をかけられた。


「日和、お使いを頼んでも良い?」

「はい、承ります」

「ありがとう。この資料を秋人に持って行って」


 そう言って分厚く畳まれた紙を渡される。資料だと言うがこれを全部読むだけで疲れそうだ。


「秋人さんですね。…どこにいらっしゃるかな」

「何か任務が無ければ屯所にいるはず。いなかったら屯所で待たせてもらって直接渡してね」

「直接、ですか?」


 他人に知られてはならないことなのだろう。その上、同時にできるだけ早く伝えたいことのようだ。


「うん。妖関係だから」

「なるほど。そうしますと、仕事はどうしましょう?」

「屋敷の方はほとんど終わっているから、日和は午後からはお休みして屯所を散策しておいで。行ったことないでしょ?」

「そうですね。ありがとうございます。行ってきます」


 菫澪に一礼し、雪葵と屋敷を出て北門の方へ向かう。屯所は巡苑組、つまり武官が詰めている場所、という風には聞いている。そうとは言え、初めて行く場所である。武官と言えば体格の良い人が多そうだと前から感じていた。その中に小娘が一人で入るのは少し緊張する。


「どんな所なんだろ〜楽しみだなあ〜」

「うーん、楽しみかなぁ」

「楽しみだよ!だって初めて行く所じゃん、想像が膨らむよねぇ」

「…そーだね」


 雪葵の能天気さに呆れたが、いつの間にか緊張が少し解けていた。


 屯所の前に着き、思わず唖然とする。質素ではあるが、立派な屋敷であった。貴族の屋敷とも引けを取らない程だ。しかしここに数十名の武官が寝泊まりしているそうだから、広々とはしないだろう。


 門の前に武官が二人立っている。日和は門番に近づいた。


「すみません」

「何の用だ、屯所は武官や関係者以外立ち入り禁止だ」


 いかにも厳格そうな武官に圧をかけられる。とはいえ圧には慣れているので構わず続ける。


「藤ノ宮の侍女です。侍女頭から秋人さんへの書類を届けに参りました」

「局長宛?わかった、俺が預かろう」


 武官が手を差し出してくるが、首を横に振る。


「秋人さんに直接渡すよう言われております」

「直接?残念ながら局長は御苑外で仕事中だ。今日中には帰って来られるだろうが、時間の予測は立てれない。だから俺が預かって渡しておく」


 何度断っても首を縦に振ってくれない。頑なに通してくれない武官に苛立ってくる。日和のその様子に気づいたのかもう一人の武官が厳格な武官に話しかける。


「藤ノ宮様の侍女だぞ。直接と言っているのだし通してもいいんじゃないか?」

「藤ノ宮様の侍女が通す理由になるか?葉ノ宮様の侍女でさえ通す理由がないんだぞ」

(なんなんだこの頭が固い奴は)


 頭が痛くなってくる。葉ノ宮は武家の出身であり、軍事の仕事を担っているという。それならば巡苑組とも関わりは深いだろう。そこの侍女でさえ通してくれないのなら、他の貴族の侍女が通してくれるはずがない。


 どう説得しようか迷っていると、屯所から武官が一人出てきた。門番の二人よりかはかなり若そうだ。日和に近いだろうか。


「何してる?」

信彦のぶひこさん。お疲れ様です。局長宛の荷物を預かろうとしているのですが、頑なに直接渡すと言い張ってまして」

(頑ななのはそっちだろ)


 苛立ちを飲み込み、信彦と呼ばれた武官を見る。するとその武官もこちらを見た。


「藤ノ宮の侍女ですね?」

「左様でございます」

「お通しします、どうぞ」


 あっさりと通る許可が得られ、呆気にとられる。厳格な武官は納得いかないと信彦を呼び止めた。


「信彦さん!何故通すのですか!理由がないではないですか!」

「理由?」


 信彦が足を止め、目線だけ武官に向ける。


「侍女が屯所に入っていけないという規則はない。ただ武官達の稽古によって怪我を負う可能性がある為、安全性を考え、荷物を預かったり伝言を受けているだけだ。直接という話なら通しても問題ない」


 厳格な武官は何か言い返そうと歯を食いしばるが、信彦の厳しく鋭い視線に言葉を失う。


「ちなみにだが、お前はそれを知っているはずだ。ここに何年いる?頭を柔軟にしろ。あと態度もな」


 厳格な武官は力が抜けて俯いている。「行きましょう」と信彦に声をかけられ、もう一人の門番に一礼すると門をくぐり抜けた。


 屋敷に上がり廊下を歩く。日和は後ろから声をかける。


「あの、ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ失礼な態度をとってしまい申し訳ございません。彼は真面目な堅い態度になってまして。許していただけると幸いです」


 そこまで言われれば許してやるか、という気になる。信彦は視線をこちらに向けた。


「そう言えば名乗っていませんでしたね。巡苑組、一番隊副隊長の信彦です。よろしくお願いします」

「日和と申します。よろしくお願い致します。…あれ、一番隊?」


 つい最近聞いたことがある言葉な気がした。けれど頭を捻っても思い出せない。思い出せないことは大したことではない、ということで放っておくことにした。


「日和さんは局長に渡す物があるんですよね?」

「はい。侍女頭に直接渡すようにと言われております」

「でしたら居間で少々お待ちいただけますか?もう暫くしたら帰って来られると思うので」


 そう言って広めの部屋に案内された。


 信彦は会釈すると襖を閉めて去って行った。暫く雪葵と話して暇を潰していると男達の気合いの入った野太い声が聞こえてくる。何事かと襖を少し開いて覗いてみると庭で武官十数名が汗水垂らしながら竹刀の素振りを行っていた。彼らの前に立つ指導者らしき人は遥希だった。


「もっと素早く刀を振り下ろせ。体全体に力を入れ過ぎるな、指先に集中しろ」


 竹刀を肩にかけながら次々に指示を出していく遥希。小さい指導者について行く大きい人間。なんだか妙な図だなと眺めていた。


「変だろ、この図」


突然後ろから声をかけられ日和は振り返る。そこには襖を開いてもたれ掛かる宗悟がいた。日和の考えを見抜いていることに驚く。


「よく分かりましたね、私が考えていること」

「この光景を初めて見る人は口を揃えて変だって言うからな。確かに普通では見られない。けど遥希が実力者だからこそできることだ。あいつは凄い」


 宗悟は嬉しそうに遥希を見つめる。汗を流しながら稽古をする遥希は大人びて見えた。


「そんなに凄いですか?」

「あぁ。あの歳で隊長務めるなんて簡単なことじゃねぇよ。あいつが刀を握ってもう十年。ここまでの成長は誰も予想できてなかった」

「一旦ここで休憩。次は打ち合いを行う」

『はい!』


 武官達が散らばっていく。遥希が腕で汗を拭っていると後ろから投げられた手拭いに気付き、受け取る。


「ありがとうございます、宗悟さ…ってえ?」


 日和と雪葵に気付き、遥希が顔を顰める。


「どうしてこの人達がここにいるんです?」

「人達?」


 遥希がはっとして、「き、気のせいです」と誤魔化す。雪葵がわざと遥希に飛びつこうとすると、遥希が逃げ出す。追いかけっこが始まっていた。その様子を呆れた日和と不可解な顔をする宗悟が見つめる。


「あいつ、何やってんだ?」

「きっと小さな虫がいるんでしょう」

「あいつ虫なんてどんなに早く飛んでてもひと握りで潰せるぞ?」

「……」


 何も言わないことにした。


「じゃ、これから俺仕事だから。秋人さん戻って来たらお前に知らせるよう他の奴らには伝えてあるから」

「ありがとうございます。行ってらっしゃいませ」


 宗悟が部屋を離れた後、雪葵に本物の刀を向けている遥希の傍に寄る。


「雪葵。謝りな」

「ご、ごめんだよぉ。出来心で…」

「出来心で許せるか!絶対に宗悟さんに変な奴って思われたじゃねぇか!」

「まあまあまあ」


 遥希を宥めていると先程の武官達が戻って来る。休憩の終わりのようだ。


「はい、そろそろ退こうか」


 日和は雪葵を抱えて客間に戻る。さっきまでおどおどしていた遥希だが、稽古が再開されればまるで別人のように指導者の顔になる。切り替えが凄い人だった。

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