第六舞 名の願い
鼠親分が気を失ったことで元に戻った日和達は猫又の碧海と話をしていた。
鼠達は多勢を武器に他の妖も捕らえて食していたらしく、依頼を受けた碧海はそれを阻止するべく鼠を探していたらしい。
話をしている間、何故か鎌鼬はずっと日和の後ろに隠れていた。
「ちょっと依睦、何隠れてんの」
「だー!!その名を呼ぶな!」
日和の後ろから碧海に飛びかかる依睦の頭に碧海は拳骨をお見舞いする。依睦は頭を押さえ、地面を転がっていた。
「依睦って鎌鼬の名前?」
「仰る通りです、妖姫様。まさか、依睦と一緒にいらっしゃるなんて」
「その名を呼ぶなっつってんだろ!」
「うるさいにゃっ!」
碧海は依睦の顔を鋭い爪で引っ掻きまくった。見るからに痛そうな顔になった依睦は放心状態になっていた。
「ふぅ、落ち着いた」
「……知り合いなんだね、二人は」
「はっ、お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません!」
慌てて深く頭を下げる碧海。日和は首を横に振る。
「そんなにかしこまらないで。確かに妖姫ではあるけど、歴代で一番力ないみたいだし…」
そこまで言って悲しくなり空を仰ぐ。鳥が綺麗に飛んでいた。
「トリ、キレー」
「自分で勝手に傷付かないで⁉︎」
雪葵が引っ張って碧海に向き直させる。けれどまだ遠い目をしている為、雪葵が話を振る。
「依睦と碧海って幼馴染とか?」
「いえ、違います。私達は妖になってから出会ったんです。危ない所を助けてもらって、それから一緒に行動することが多くなりました」
「俺は来んなっつってんのに鬱陶しくまとわりついてくんだよ」
意識を取り戻した依睦が心底面倒だという顔をしながら雪葵達に近づいてくる。碧海は頬を膨らませて腰に手を当てる。
「だってあんた生活力ないんだもん。このまま放置したら野垂れ死ぬと思って」
「んなことで俺がくたばる訳ねえだろ」
「ま、そもそももう死んでるもんね」
「やんのか?」
「えええ!ごめん⁉︎」
やっと現実に戻ってきた日和が飛び込んできた雪葵を撫でる。
「そういうことで助けてもらったお礼に世話を焼いているんです。ね、依睦」
「頼んでねえ!あと名前で呼ぶな!」
「どうして名前で呼ばれるのが嫌なの?」
日和が聞くと騒いでいた依睦が静かになり、言いにくそうに目を逸らす。そして俯くとか細い声で呟いた。
「……女、みたいだから…」
自分の名前が嫌いだった。女みたいな名前だから弱かったんだ。ずっとそう思い続けてきた。こんな理由で名前を嫌うなんて、笑われる。実際、色んな妖に笑われてきたのだ。どうせ此奴らだって笑うだろう、莫迦にするんだろう。
「いいじゃん、女みたいでも」
鎌鼬がはっとして顔を上げる。日和は嘲笑うわけでも莫迦にもしておらず、優しく笑っていた。
「依睦っていう名前、どちらの漢字も“優しい”っていう意味なんだし、全然変じゃないよ。むしろ良い名前だよ、依睦って。自信持って良いと思うよ」
鎌鼬の瞳に映る日和には琴葉が重なっていた。
『依睦って素敵な名前よ。だってどちらの漢字も“優しい”という意味を持っているんだもの。優しい子に育って欲しいという想いで、貴方のお母さんは貴方に“依睦”を授けたのよ。幸せな家族ね』
今まで散々莫迦にされてきた名前が認められた。この名前を付けて嘲笑われてきた母親が救われた。
『優しくて強い心の持ち主になるもんねえ』
母親の言葉。あれは慰めだけでなく、願いも込められていたのだ。それが伝わり、教えてくれる人がいる。依睦のすぐ側に。
「……し、知ってたっつーの」
そっぽを向いて見栄を張る。瞳に浮かんだ涙に本人だけ気付いていなかった。
陽が沈みきった頃に日和と雪葵は屋敷に戻って来れた。紫苑は仕事で屋敷には帰っていなかったのが幸いだ。しかし翌朝は地獄の始まりであった。
「……」
無言の圧力の前に日和と雪葵がひたすらひれ伏す。何か言って欲しいが、何も言って欲しくない。
「……俺に言うことは」
『帰りが遅くなってしまい、申し訳ごさいませんでした』
「…何してた」
『迷子の妖の家を探していたらその妖に襲われました』
「そうか、ご苦労だったな…」
お、意外に許してくれそ……。
「とでも言う思ったか、お前ら!!」
『すみませんでしたああー!!』
全力で頭を畳に叩きつける。そんな簡単に許してくれる人ではなかった。仕方なく、起こったことを全て話す羽目となった。
話を聞く紫苑は段々と頭を抱えていった。
「…はぁ〜。お前は狙われやすいくせに易々と妖の言葉に耳を傾けやがって」
「困っているのではあれば妖であろうと手を差し伸べます。それに私は妖姫です妖を助けるのは当たり前のことです」
「妖姫の役割を履き違えるな」
「違っていません」
「なら善悪の妖くらい見極められるようになれ。それが先だろ」
「……」
日和の負けだ。紫苑は正しい。妖姫は妖に崇められる存在でありながら、妖に狙われる存在でもある。妖の言葉を過信してはならない。
けれどできることがあるのなら、全てやりたいのだ。その中で日和にしかできないことが見つかるかもしれない。今はがむしゃらに走ることが大切だと思っている。
「私は…」
「話中に失礼致します」
秋人の声が聞こえる。紫苑が不機嫌に返事をすると、襖が開いた。秋人の後ろに少年もいる。日和より少し高いくらいの背だろうか。紫苑と秋人が話をしている中、少年は紫苑と秋人をじっと見つめていた。不意に日和を見る。紫苑程ではないが、整った顔だ。何かあるのかと首を傾げると少年は視線を逸らし、また紫苑達を見つめた。日和は余計に首を傾げた。
「和の娘」
秋人に呼ばれ、紫苑の方に体を向き直す。
「和の娘に紹介したい者がいる。これから共に行動が多くなるだろう」
秋人が手招きをし、襖付近に座っていた少年が傍に来る。
「巡苑組、一番隊隊長の遥希だ。和の娘と同い年だから仲良くしてやってくれ」
少年は紹介されたにも関わらず微動だにしない。秋人は遥希の頭を鷲掴みすると畳に押さえつけた。
「悪いな、挨拶もしないで。頭を下げろ」
(いやもう下がってる……力ずくだけど)
「い、いえ。日和と申します。よろしくお願い致します」
先程まで静かだった遥希も流石に抵抗を示すが秋人の力には勝てないらしい。ふるふる震えているが諦めたようで自分から頭を下げた。
「後は秋人にでも聞け。俺は仕事に戻る」
半ば強引に外へと追い出される。まだ機嫌が悪いようだ。
部屋を後にしていると雪葵が興味本位で遥希に近付いていく。遥希がいる為、迂闊に止められない。困惑していると、ガタッと物音が聞こえた。遥希が後ずさり雪葵から距離を置いていた。
「な、なんで狐が屋敷内にいるんだよ!」
雪葵が驚いて固まる。日和は雪葵を抱え上げた。
「待って待って。視えるの?」
「…妖か」
一人で納得したようで遥希はすたすたと歩き出す。しかし雪葵は納得していない様子で、また遥希に近づくと足に擦り寄った。その瞬間。
「うわああああ‼︎」
遥希はひどく驚いて庭に落ちた。日和と雪葵は呆然と遥希が落ちた先を見ている。秋人は呆れて額に手を当てていた。
落ちた本人は急いで起き上がると雪葵に向かって指を差しながら叫ぶ。
「俺は動物が嫌いなんだよ!」
真っ直ぐな言葉が雪葵に刺さる。雪葵は潤んだ瞳で日和を見つめた。
「うぅ、何もしてないのに嫌われちゃった〜」
動物嫌いを責めることはできない。他に言い方があっただろうが。日和は地面にのめり込む程、沈んでしまった雪葵を抱えて頭を撫でるしかなかった。
日和は不安しかなく、溜息をつくのだった。




