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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
藤ノ宮編
80/114

第五舞 護るもの

 鎌鼬と雪葵が鼠達に飛びかかる。日和も札で彼らの動きを鈍らせる。


 雪葵が鼠達を蹴散らす。しかし鼠達はすぐに立ち上がるとまた襲いかかってくる。炎なら鼠達を足止めできるだろうが、火を吹けば周りが瞬く間に燃え上がる。いくら雪葵が願っても無機物である草は燃えるだろう。そうなれば日和や鎌鼬にも被害が及ぶ。


 考えつつ鼠を何度も蹴散らす。突然、目の前を槍が駆け抜ける。その先には日和がいた。多少の攻撃は避けられるようにもなったが、まだ完全ではなく避けれようにない。


「ぐっ!」

「雪葵!」


 雪葵が日和を庇ったことにより、脇腹に刺さり、苦しそうな呻き声を上げた。


 その様子を横目に鎌鼬も大勢の鼠を相手にしていた。四方八方から武器が飛んでくる。全てを避けきるが、他よりも遅く飛んできた小刀に気づかず、直前で避けるが片方の鎌を弾かれ、手から離れた。鎌は鼠の手元に収まりその鎌を振り回してくる。


 あの鎌はどの武器より切れ味が良い代物だ。寸前で避けたところで鎌を振った波動で切ることができる。


 今まで鎌を奪われたことなどなかった鎌鼬は頭の処理が追いついておらず隙だらけだった。鎌で肩を切りつけられると同時に攻撃を畳み掛けられ地面に叩きつけられる。


「ぐはっ!」

「鎌鼬!」

「弱い。八妖樹も随分と弱くなっているのだな」

「我々が力をつける日もそう遠くない」

「良き良き」


 鼠達の言葉が鎌鼬に刺さる。痛みを我慢しながら立ち上がる。


「俺は、弱くねえ。俺は八妖樹で、一番強い…」

「一番強いのですか。でしたら八妖樹はお終いですね。貴方が我々よりも弱いのですから」


 鎌で殴られ鎌鼬は地面に倒れる。“弱い”。その言葉が鎌鼬の心を傷つける。鎌鼬の全身の力が、気力が抜けていく。


「恨むなら、その弱い自分を恨んでくださいね」


 鼠の声が遠くに聞こえる。意識は既に過去に戻っていた。


『弱っ』

『男のくせに』

『女みたいな名前』

『だから弱ぇんだ』


 頭に忘れたい声が聞こえてくる。彼を囲む黒い影の数々。嘲笑う声、憐れむ声。足で踏みつけられる自分の体。痣だらけで痛みが消えない。


「うぅ…僕は、弱くない…」


 家で泣き続ける日々。それを慰めてくれたのはいつも母だった。


「よしよし。弱くないねえ、強いもんねえ。優しくて強い心の持ち主になるもんねえ」


 優しく頭を撫でてくれた。母が唯一の味方だった。


 家は貧乏だった。産まれる前に父親に捨てられ、母親の手のみで育てられた。辛いこともあったが、それなりに楽しかった。


 けれど家が貧乏であることと女のような名から周りの子供達に虐められた。


「おらおら!」

「男なのに女の名前なんて、気持ち悪りぃんだよ!」


 力なんて持っていない。持っているのは臆病だけだ。抵抗できず毎日のように体の傷を増やしては泣きじゃくりながら家に帰った。


「おかえり。よしよし、今日もよく頑張ったねえ。いつか強くなれるよ」


 そんな息子を母親は何も聞かず、ただ抱き寄せて慰めてくれた。どれだけ辛くても母親がいてくれるだけで良かった。


 ……はずなのに。


 突然、世界は真っ暗になった。色を失い、絶望のみが漂っている。何も考えられず、呼吸の仕方も忘れた。


 ある日、いつも通り涙を浮かべて我が家に戻る。しかし、必ず閉まっているはずの家の扉が開いたままだった。不審に思って静かに中を覗くと、手を真っ赤に染めた見知らぬ男が複数人立っていた。彼らの足元には、体を真っ赤に染めて倒れている女が一人。その女に見覚えがあった。見覚えどころかずっと自分を支えてくれた肉親。あまりの衝撃な光景に狼狽え、退く足が枝を踏んだ。パキッと音が鳴る。男達が振り向く。


「こいつの餓鬼か」


 男のギロリとした目に足がすくむ。けれど疑問を聞かずにはいられなかった。


「ど、どうして…かかを…」

「あぁ?この女が俺の仲間をたぶらかして殺したんだ!当然の報いだろう?」


 “たぶらかす”の意味を理解できなかった。けれど男の表情から母に怒りを抱いているのがわかった。震えながらも首を横に振る。


「かかは、そんなこと…しない」

「既にしてんだよ。お前もこいつの血を引いてんだ。始末しねえとな」

「ひっ!」


 男達が刀を構えてぞろぞろと近付いてくる。


「あ…あぁ…あ…」


子供には何もできない。ただ悲しみと恐怖の強い感情を抱いたまま立ち尽くすだけ…。


 気がついた時には周りは血の海だった。息の荒い自分だけが立っており、両手には赤黒く染まった刀があった。自分の血なのか返り血なのか、全身が真っ赤に染まっていた。


 頭がはっきりした時には今までにない痛みが体を駆け巡りその場に倒れる。視界が滲む。


 どうしてこうなった。何も悪いことなんてしていない。母だってきっと悪くないのに…。……そうだ、弱かったからだ。もっと強ければ。僕がもっと強かったら。守ることができたのに。今まで通りの苦しくも幸せな日々が過ごせただろうに。


 指一つも動かせない。感覚が消えている。どんどん意識が消えていく中、後悔が涙と共に滲み流れ、そして生を失った。


「鎌鼬!」


 突如日和の声で我に返る。目の前に大剣の先端が迫っていた。避けようにも間に合わない。鼠達の言う通り、弱かった。だからこんな時に思い出してしまうんだ、昔の愚かな自分も。今と変わらない、何も護れない自分を。


「俺は…弱い…」


 バリン!


 目の前で大剣の刃が砕かれた。鎌鼬が目を見開く。雪葵が尾を振り回し、鼠達を吹き飛ばす。


 刃を噛み砕き口から血を流した雪葵が鎌鼬を襲いかかりそうな瞳で睨みつけていた。刃を吐き出すと血塊《けっかい〉》も吐き出される。


「ふざけんな!さっきまで勝負勝負うるさかったくせに!八妖樹は妖姫護るんだろ⁉︎弱ければ護るのやめるのかよ!初代との約束破るのかよ!お前らの約束はそんな薄いものなのかよ!」


 鎌鼬ははっとする。勝負したかったのは、強くなりたかったから。弱いことを認めたくなかったから。約束は、約束は…。


『貴方は強い人ね。貴方ならきっと妖姫を護ることができる。だからよろしくね』


 …護りたいと思った人との約束だから。絶対に果たすって誓ったから。


 鎌鼬は勢いよく地に足つけて立ち上がると叫んだ。


「おい九尾!お前こそふざけんな!誰が弱えって言った!?」

「お前じゃんか!」


 鎌鼬は鼠達を見据え、笑った。


「俺は全部護り抜く。強え男、鎌鼬だ!」


 日和の鈴が反応する。鈴の放つ輝きが日和を覆う。


『強くなりたい?』

『そうだ。僕は…じゃなくて俺は強くなるんだ。誰にも負けねえ王者になってやる!』


 力強く決意する影とそれを微笑んで見つめる影。鎌鼬と琴葉の記憶だ。


『ふふっ、それは頼もしいわ。なら私を護ってくれる?』

『?何でだ?』

『貴方の強くなりたい想いは誰かを護りたい想いがあるからでしょう?』

『……』

『強くなるなら、誰かを護る優しさで強くなりなさい。その方が誰よりも強くなれるわ』

『……おう!やってやるよ!』


 光が収まり、二人の姿も消える。日和の瞳に映るのは桜の紋章が浮かんだ傷だらけの頼もしい二つの背中だ。


「待ってろ、九尾。此奴らさっさと片付けてお前も切り刻んでやるよ」

「……楽しみにしてる」


 鎌鼬は空高く飛び上がり、体を大きく捻らせると勢いよく鼠達の群れに突っ込み、鼠達を蹴散らす。鼠達は一斉に鎌鼬に襲いかかるが、横からの雪葵の炎の咆哮になぎ倒される。その隙に鎌鼬が鎌を取り戻す。


 数を見れば圧倒的に日和側が不利なはずなのに、雪葵と鎌鼬は楽しそうに笑っていた。鎌鼬からは自信も溢れている。日和にできることはその二人を信じることだ。それだけで十分だ。


「おらおらああ!」

「ま、待て待て待て!!」

「おらああああああ!!」

「あああああああああ!!」


 鼠達の嘆き叫ぶ声と鎌鼬の雄叫びを最後にその場が静まり返る。鼠達の大群が地面に倒れていた。鎌鼬は鼠達を見下ろしていた。かと思うと急に雪葵を振り返り、飛びかかる。


「九尾ー!勝負だああ!」

「え、の、臨むところだぁー!」


 雪葵も鎌鼬に飛びかかり、宙で回転すると鎌鼬を通り越して蹴り飛ばす。鎌鼬に襲いかかってきていた鼠が吹っ飛んだ。当の本人は間抜けに振り返り、二人共着地する。


「莫迦なの!?お前は莫迦なの!?」

「ああん!?莫迦じゃねえ!」

「いや莫迦じゃん!落ち着けよ!」

「言っただろうが!此奴ら片付けたらお前も切り刻むって!」

「切り替え早すぎだよ!絶対今じゃなくていいじゃん!」

「はいはい、雪葵も落ち着いてー」


 日和が仲裁に入る。まだ事態は解決していない。


「鼠達を倒したんだよね?」

「そうだ、俺が倒した」

「僕だって倒したよ!」


 喧嘩する二人を見て溜息をつく。


「大事なのはそこじゃなくて、倒したんなら、どうして私達、元に戻らないの?」

『……あ』


 雪葵と鎌鼬もやっと気付いて自分の体と辺りを見渡す。鼠達の大きさ、草木の高さ、全てにおいて何も変わっていなかった。


「…まさか」

「そのまさかですよ、妖姫様」


 気配に気付いた時には既に鼠親分に背中を取られていた。雪葵と鎌鼬が駆けてくるが槍がもう真後ろに迫っていた。


 目を固く瞑ったがしばらく経っても痛みは感じなかった。恐る恐る目を開けると鼠親分が大きな手に掴まれ、持ち上げられている。


「捕まえた。いい加減にしなさいよ」


 見上げると猫耳の女子おなごが日和達を見下ろしていた。

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