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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
紅ノ宮編
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第八舞 遠子

 日和は信じ難い光景に息を呑む。夏凪は気絶しているようだ。着物が所々破れている。


「夏凪!」


 遠子が駆け寄ろうとする。けれど木の上から何かが飛び降りてきた。遠子はサッと避け、睨みつける。顔に髭と両腕を生やした、一つ目の妖だった。


「一つ目…」


 日和を気持ち悪さを覚える。犬や鴉よりも不気味だ。 


「夏凪を返しなさい」


 遠子が懐から苦無を三つ取り出すと一つ目妖に向かって投げる。一つ目妖を囲うように地面に三角形を描き、苦無が刺さる。その瞬間、何か膜が張られたように見えた。一つ目妖はその場を離れようとするが、透明の壁によって出られなくなっている。


「これって…」

「結界よ。簡易的な物だから閉じ込めることしかできないし、耐久性も低いんだけどね」

「凄い…」


 日和の口から言葉が溢れる。結界を始めて見るし、何より苦無を思うままに操れる遠子に感心する。


「今のうちに夏凪を」

「はい」


 夏凪に駆け寄る。助け出そうとした瞬間、遠子が吹っ飛ぶ。日和は何が起こったかわからなかった。頭が追いつく頃には一つ目妖が目の前に迫っていた。体が動かない。一つ目妖が腕を大きく振りかぶる。その拳で結界を抜け出したのか。絶対に痛い。


 一つ目妖に苦無がぶつかる。妖は遠子を見る。そして体勢を変えた。


「私が相手するわ」


 遠子が苦無を幾つも投げる。一つ目妖は腕を巧みに使い、全ての苦無を避ける。柔軟な動きだった。遠子がまた苦無を投げる。それもまた全て避けられる。


「少し頭が使えるみたいね。もう簡単には捕えられなさそう」


 遠子の言葉に焦りが滲む。


「妖は私が引きつけるわ。その間に夏凪を頼むわね」

「わかりました!」


 遠子のことは心配だが、夏凪の救出に専念する。夏凪さえ助けられれば後は逃げるだけで良い。夏凪に視線を移す。彼女を幹から外そうとして手が止まる。張り付けられているにも関わらず、傷が一つもない。あって擦り傷のみだ。縛られてもいないし、杭で打たれているわけでもない。それなのに幹から全く外せない。まるで糊で張り付けられているようで…。


「うっ!」


 遠子の呻き声で我に返る。そして気配を感じて振り返るとすぐ後ろに再び一つ目妖が迫っていた。その後ろには地面に倒れ込んだ遠子が見える。逃げるにしても間に合わない。そもそも足が恐怖で動かない。終わりを覚悟した時、雪葵が日和の前に飛び込んできた。


「グゥオン!」

「雪葵!」


 雪葵が三つの尻尾を振り回し、一つ目妖を跳ね飛ばす。妖は体勢を崩し、地面に倒れる。その隙を狙い、遠子が苦無を三本一つ目妖に向かって投げる。そして見事に結界が張れた。


「雪葵!お願い!」

「グゥン!」


 意図を読んでくれた遠子が結界を解くと間髪入れず雪葵が一つ目妖に食らいついた。


「ガアアア‼︎」


 一つ目妖は叫び声を上げながら黒いもやとなって消えていった。


 日和は遠子に駆け寄り手を差し伸べる。


「大丈夫ですか?」

「えぇ、大丈夫よ。ありがとう」

「こちらこそありがとうございました」


 遠子が立ち上がって微笑む。雪葵は小さく戻ってくると日和に飛びつく。日和は頭を撫でてあげる。


「雪葵もありがとうね」

「クゥン!」

「雪葵ちゃんって名前なの?」

「名前がないようだったので名付けてみました。…変でしょうか?」

「いいんじゃないかしら。素敵よ」


 ドサッ。


 何かが落ちる音がした。見ると夏凪が幹から外れ地面に横たわっていた。遠子が駆け寄り夏凪を抱える。


「遠子さん」

「…大丈夫。ただ気絶しているだけよ。あの妖の妖力で張り付けられていたのね」


 遠子が夏凪を背負い歩き出す。日和も雪葵を頭に乗せると遠子の後をついていく。向かったのは医務室だった。

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