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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
藤ノ宮編
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第四舞 御礼

 もう少し森の奥を探すことにした。御苑から離れていっているが、夕刻までに戻れる距離だろう。勝負をしてもいいと言われたからか、大人しくなった鎌鼬が隣を歩いている。先程まで叫び暴れ回っていたとは思えない。


「ねえ、鎌鼬の名前って何なの?」

「ああん?さっきも言ったろ、一番強い…」

「そうじゃなくて人としての名前。真名って言うんだっけ」


 柚寧には真名を気安く聞くべきではないと言われた。真名を教えることは自ら命を捧げているようなもの。日和としてはそんなつもりはないのだが、嫌なものは嫌なのだろう。


「どうでもいいだろ、そんなの。必要ねえよ」


 鎌鼬がそっぽを向く。そこに見えたのは恐れではなく、もっと子供っぽいもののような気がした。


「この辺り、見たことあります!」


 鼠達が騒ぎ出し、地面に降ろしてあげる。草むらの中を探し回ると、嬉しそうにこちらに向かって飛び跳ねた。


「ありましたー!」


 鼠達のいる草むらを掻き分けてみると、豪華な建物が建っていた。真っ赤な屋根は草むらで隠せるとは思えない。けれどこの辺りに来てもすぐに見つからなかった。奇妙な感じだ。


「ここ…?」

「そうです!ありがとうございます!」

「見つかったのか?」


 鎌鼬も家を覗き込んできた。鼠達は深く頭を下げる。


「本当にありがとうございます!」

「是非お礼をさせてください!」

「お礼?」


 鼠達は大きく頷く。日和と雪葵は顔を見合わせ、同時に鎌鼬を見る。鎌鼬は妙に真剣な表情で家を睨んでいた。何度声をかけても返事しないので意見を聞くのをやめた。


(折角お礼してくれるって言うんだからお言葉に甘えないとね)

「じゃあ、よろしく」

「ありがとうございます!それでは」

「うわっ!」


 突然自分達の周りが光り出す。目も開けていられず腕で目を覆った。


 暫くして光が収まったことに気づくとゆっくり目を開ける。驚くことに緑色が視界のほとんどを占めていた。地面を見れば近い距離に茶色が長く広がっている。雪葵や鎌鼬を見ても何も変わっていない。周りの景色がおかしい。


「お待たせ致しました」


 声の方を見ると先程まで日和の掌と同じ大きさだった鼠達が日和と同じ身長になっていた。そして鼠の後ろにある赤い屋根の家は、草むらを掻き分けて見下ろしていた家と瓜二つである。日和は頭を抱える。


「え、何が起こっているの?」

「ええええ‼︎なんか色々と大きいんだけど!」

「なんで俺まで!」


 雪葵も混乱でキョロキョロと辺りを見回している。鎌鼬は怒り狂ったように暴れ始めた。


「突然すみません。家が少々小さいもので妖姫様をお連れする為にはこうする他なかったのです。後ほど元の大きさにお戻し致しますのでご安心ください」

「僕達が小さくなったのか〜」


 状況がわかってホッとする。鼠達が家の扉を開け、手招きした。


「こちらへどうぞ」

「俺は行くって言ってねえ!」

「さっき返事してくれなかったからでしょ」


 鎌鼬を宥めてから鼠の後に続いて家に入る。中は少し薄暗かった。灯りが点々としかないからだろう。


「おい」


 後ろから鎌鼬に話しかけられ振り向く。彼の眉間に皺を寄せている。まだ怒っているのだろうか。


「何?」

「気をつけろ」

「え?」


 それだけ言って先に行ってしまった。日和は首を傾げながらもついて行く。


 家は人間の物と特に変わらず普通の屋敷だった。何か変わった所はないか探しながら奥に進む。


 かなり長い廊下の突き当たりまで行くと襖が開かれる。中は屋敷の外からは感じられない広々とした部屋だった。他の鼠達によってお膳が三つ用意され、その上には庶民では食べられないような高価な食事が用意されている。


「わああ!!」


 雪葵は目を輝かせて人間の姿になるとお膳の前の座布団に座った。


「あ?お前人の姿になれんの?」


 鎌鼬に驚いたように聞くが食べ物に夢中な雪葵の耳には届いてないらしい。苛立った鎌鼬は一つ拳骨を雪葵の頭にお見舞いしていた。


 日和は鼠に背中を押され、座布団に座る。鎌鼬も背中を押されていたが、怒声を浴びせて座る気配はなかった。


「こちらがお礼です。ささ、たくさん召し上がってくださいませ!」

「わあい!いただきまーす!」


 雪葵が元気よく食事を口に運ぶ。日和は箸を手にし、料理を掴もうとして途端に箸の動きが止まる。ある時の何気ない柚寧の言葉が脳裏で再生されたのだ。


『そうそう。日和は妖の食べ物を口にしたらだめだよ。もし人間が妖の食べ物を口にしたら妖になってしまう。いくら日和が妖姫とは言え、人間だからね。ま、そういう機会ないと思うけど〜』


 そういう機会が今目の前にある。このまま食べる訳にはいかない。日和は箸を置くと、鼠を見た。


「ありがとう、けれどこめんなさい。今はあまりお腹が空いていないの。気持ちだけ有難く頂くね」


 日和の言葉に鼠達が肩をピクッとさせて固まる。助けた鼠は笑って料理を差し出す。


「いえいえ。遠慮なさらずにお食べ下さい」

「ううん、大丈夫」

「…少しだけでも」

「ごめん、ありがとうね」

「……」


 鼠達は黙りこくってしまった。罪悪感はあったが、これは譲れない。


「……それなら」


 この場の空気が変わったことに気付いた時には既に複数の鼠に両腕と顔を掴まれ固定されていた。迷子になっていた鼠の一匹が卵焼きを手に取ると、ゆっくりと日和に近付いてくる。その瞳には先程までの弱々しい光はなく、鈍く赤く光っていた。


「まっ、まっ」


 あまりに唐突な恐怖で声が出ない。雪葵と鎌鼬が異変に気付き、駆け寄ろうとするが他の鼠達に足止めされてしまった。


「日和ー!」


 雪葵の叫び声と共にどこからか鎌が二つ日和に向かって飛んできた。日和がぎゅっと目を瞑る。しかし鎌は周りの鼠達を弾いた。すぐに日和の手が引かれ、部屋を飛び出す。


「……鎌鼬…」

「早く走れ!」


 後から追いついた雪葵の背中に乗り、屋敷の中を一気に駆け抜ける。振り返ると多くの鼠達が様々な武器を手にして追いかけて来ていた。


 屋敷の外に飛び出すと、そのまま草むらの中を逃げ続ける。この中なら探すのは難だろうとたかをくくっていたが…。


 バサバサッ!!


 突然見晴らしが良くなる。日和達は呆気に取られた。辺りの草が一瞬にして刈られた。これでは逃げても無駄だ。


「おい、お前ら走れ」


 鎌鼬が立ち止まって日和と雪葵に背中を向ける。


「鎌鼬!」

「さっさと行け!あいつらが狙ってんのはお前だ!妖姫!」

「っ!」


 妖の食事を食べて妖になるのは人間の日和のみ。なら狙われるのは日和だけなのが必然だ。


「けどっ!」

「俺ら八妖樹は妖姫を守るよう琴葉に言われてんだ」


 日和は鎌鼬の固い意志に口を閉ざす。雫も柚寧も言っていた。だから今までたくさん護られている。きっとこれからもそうだろう。何度も護られるんだろう。けれど。


「雪葵!」


 日和の声で雪葵が方向を変え、鎌鼬の傍に戻る。


「あ!?何してんだ!」

「八妖樹の皆が私を護ってくれるのなら、私も八妖樹を護りたい!頼りないけど、できることなんてほとんどないけど。それでも逃げるなんてしたくない。できることを最大限やりたい!」


 雪葵から降りると鎌鼬に微笑みかける。鎌鼬は怒りと呆れで震える。けれど日和の代わりに鼠達を睨みつけた。


「…なら、さっさと片付けんぞ」

「うん!」


 日和達は鼠達の方に駆け込んだ。

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