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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
藤ノ宮編
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第三舞 鎌鼬

 翌日。紫苑に呼ばれ執務室に行くと、分厚い束の書類を渡された。日和は嫌そうに顔を顰めるが、それに構わず紫苑は淡々と命令を下す。


「それは全て妖退治の依頼書だ。優先度の高い順から並べてある。それを解決してこい」

「…これ全てですか?」

「それ以外に何がある?言っておくが俺の手元にはまだお前の倍の依頼書がある」


 つまり有無を言う暇があったらさっさと祓ってこいというわけだ。日和は肩を落とすと「御意」と返事し自分の部屋に持ち帰った。書類を机に置くと肩を回しながら大きい溜息をつく。


「はぁ〜。この量は異常でしょ。依頼を紫苑様に投げすぎだし、紫苑様は受けすぎ。こんなの一人で対処し切れるわけないでしょうに」

「びっくりしたね。これ今まであいつ一人で解決してたんだよね?あ、あっきーも手伝ってたのかな」


 凄い人と言うべきなのか、莫迦な人と言うべきなのか。どちらにせよ、日和と雪葵が手伝えるのなら良かったのかもしれない。ここままだと紫苑が倒れてしまいそうだ。


「とにかく一番上の依頼書、この近くだし行ってみようか」

「御意ー!」

「そんな明るく言う言葉じゃないけどな」


 紫苑は外出してしまった為、菫澪に許可をもらい藤ノ宮邸近くの南門に向かう。門番に近づくとあちらも近づいてきた。


「藤ノ宮様の侍女だな」

「はい、そうです」

「護衛は誰がつくんだ?」

「あ…」


 そのことはすっかり頭から抜けていた。いないと言えば通してくれないだろう。やはり紫苑に相談してからにするべきか。そう考えていると後ろから肩を叩かれる。


「俺で良ければ一緒に行こうか?」


 宗悟だった。迷うことなく日和はすぐさま頷く。


「お願いします」


 門を開けてもらい、御苑から少し離れると日和は宗悟に頭を下げた。


「ありがとうございました。助かりました」

「大したことしてねぇよ。それより久しぶりだな。日和が御苑に戻ったことは聞いていたが会えてなかったもんな」


 宗悟がニカっと笑う。相変わらず明るいし気が利く。暁ノ宮でもよく助けてもらったことを思い出した。


「んで、どこに行くんだ?」

「…えーと」


 突然の困った質問に口籠もる。妖の話をしても信じてもらえるかはわからない。仮に信じてくれたとしても視えなければ戦えない。


「紫苑様に野暮用を頼まれまして。すぐ近くの場所なので私だけで大丈夫です」


 雪葵もいるし、と心の中で呟く。宗悟は少し考えた後「そうか」と頷いた。


「この辺りは武官も巡回しているし安全だとは思うが、危険だと思ったらすぐ逃げろよ」

「はい、ありがとうございます」


 元気よく手を振って去って行った宗悟に頭を下げてから、日和と雪葵は歩き出した。



 意外なことに妖退治はあっという間に終わった。初めての任務ということで少し緊張していたが、拍子抜けだ。


「もっと戦い甲斐のある奴が良かったなあ。僕も強くなりたいし」

「気持ちはわからなくもないけど、今は危険がなくて良かったって思おうよ」


 そう話しながら帰路に着く。通ってきた道を歩いていると草むらが少し揺れた。風は吹いていない。立ち止まって暫く見つめているとまた草むらが揺れる。日和はそっと草むらを掻き分けてみるとそこには鼠が二匹いた。


 ただ奇妙なことに着物を着ている。彼らは日和に気づくと驚いて後ずさる。そこに雪葵が至近距離で見つめているものだから、顔が青ざめてしまっていた。このままでは鼠が貧血と恐怖で倒れてしまう。日和は掻き分けていた手を退け、雪葵を持ち上げた。


「驚かせてごめん。何してるの?」


 日和の声に少し安心したのか、草むらから姿を現した。着物を着た二足歩行の鼠。彼らが妖なら驚くこともないだろう。鼠は困ったように俯いた。


「道に迷ってしまったのです。仲間が待つ家に帰りたいのですが、ここがどこだかわからなくて…」

「その家は森の中なの?」

「モリ?それはよくわかりませんが、こんなに暗い所ではありません。そう少し明るいです」


 空は周りの木々により遮られ、辺りは薄暗い。開けた場所に家はあるのだろうか。


「あ、あの…妖姫様、ですよね?」


 一匹の鼠が恐る恐る尋ねてくる。頷くと鼠たちの顔が明るくなる。


「どうか我らをお助けいただけませんでしょうか!」

「お願い致します!」


 必死に頭を下げる鼠たちに日和は迷わず手を差し出した。


「当たり前でしょ。ほら行こう」


 鼠たちを肩に乗せて雪葵と共に歩く。辺りを見回していると少し光が差し込んだ場所に着く。


「ここら辺はどうかな?」

「むむむ…」


 二匹を地面に降ろし、周りを捜索する。草むらを掻き分けるが家らしき物は見つからない。そもそも家はどんな形をしているのだろう。洞穴だったりするのだろうか。


「ねえ、あんたたちの家ってどんな…」


 ガサガサッ‼︎


 鼠たちに話しかけた瞬間、日和の後ろの草むらが大きな音を立てて激しく揺れる。鼠たちは怯え、日和と雪葵の後ろに隠れた。


(この感じ…妖だ)


 日和の体が強張る。もし襲ってくるのなら鼠たちを守らなければならない。


「日和。鼠たちと一緒に離れてて」

「…わかった」


 雪葵から離れ、木の後ろに隠れる。妖力の強さ的に上級だろうか。雫や柚寧と同じくらいの…。


 キーン!


 金属のぶつかる音が鳴り響く。雪葵が牙で二本の鎌を受け止めていた。雪葵に飛びかかってきたのは、派手な衣に身を包み、野生のような獲物を捕らえんとする瞳の少年だ。


 雪葵は鎌を払い除ける。鎌妖は軽やかに地面に降り立つとすぐに切りかかってくる。雪葵は四本の尻尾を振り回し、鎌妖の視界を遮る。しかしそんなのお構いなしに鎌を振り回してきた。雪葵が悲鳴をあげる。


「ぐっ!」


 雪葵が怯んだ隙に鎌妖が鎌を振り上げて突進してくる。思わず日和は雪葵を庇うように前に出た。


「やめて!」

「日和!」


 鎌妖は速度スピードを緩めない。かと思うと突然その場に着地した。


「てめぇ、妖姫か!」


 鎌を振り上げたまま迫ってくるので、日和はニ、三歩後ずさる。すると雪葵が割って入ってきた。


「日和に手を出すなよ」

「ああ?妖姫に手を出すほど俺は莫迦じゃねえ!けど、妖姫にしては弱ぇな。ただの人間かと思ったぜ」

「うっ」


 面と向かって言われ、胸にぐさりと刺さる。鎌妖は眉を顰めて雪葵の顔を覗くと、何か気づいたようで眉を戻す。


「てめえは九尾か!何やってんだ」


 乱暴な口調だが、口ぶり的に雪葵の知り合いなのだろう。雪葵ははっきりとした声で言った。


「ごめんだけど、僕は記憶がなくて君のこと覚えてない!誰ですか!」

「開き直った⁉︎」


 記憶がないことに関してずっと悩んでいた。けれど悩み続けたところで意味がないと思ったのだろうか。  堂々としている。雪葵らしいと言えばらしい。しかし鎌妖の額には血管が浮かんでいた。


「あ“あ“ー⁉︎記憶ねえだと⁉︎ふざけんじゃねえ!」

「ふざけてない!」

「俺は鎌鼬だ!忘れたとは言わせねえからな!」

「だから覚えていないんだって!」


 鎌鼬の名前に聞き覚えがあった。つむじ風に乗り、人々を切りつけると言われる妖。その人には刃物で切られたような傷跡はできるが、それに対して痛みや血があるとかないとか。話だけ聞くと何やら物騒な妖である。また雫によると…。


「あんた、八妖樹の鎌鼬?」

「そうだ!俺は八妖樹の中で一番強い妖だ!」


 大きく威張っている鎌鼬。確かに強いとは感じた。一番かどうかは判断できないが。


「おい九尾。てめえも弱くねえか?八百年前はもっと…」


 鎌鼬はそこまで言うと突然自らの口を両手で押さえた。何やら口走りかけたようだ。雪葵が鎌鼬に体を乗り出す。


「八百年前の僕を知っているんだよね!どんなんだった⁉︎」

「…あー、人違いだった。てめえのことは覚えてねぇ…」

「うぅ、そっか…」


 体を小さく丸めて落ち込む雪葵。けれど日和は鎌鼬の目が泳いでいるのに気づいていた。


(本当に覚えてないのか、それとも…)


 今は詮索すべきではないだろう。日和は鎌鼬に事情を話す。


「私達は今、この子達の家を探しているの。知ってたりする?」

「その下級妖の家?知るわけねえだろ」

「だよねー」


 予想通りの答えが返ってきた。鎌鼬は荒ぶった様子でその辺りを駆け回ると戻ってきて唐突に雪葵の胸ぐらを掴む。


「えっ⁉︎」

「おい九尾、俺が強いことを証明してやる!勝負しろ!」

「急すぎてついていけない!」


 雪葵が助けを求める顔で日和を見つめる。日和にどうしようもないと思うが、最善を尽くすかと溜息をつき、二人に近づいた。


「さっきも言ったけど鼠達の家を探しているの。それが終わってからならいいよ」

「…仕方ねぇな。なら俺も手伝ってやる」

「……日和、さん?」


 まさか勝負を許すとは思ってなかったようで雪葵は日和を絶望の顔で見ていた。日和は目線を合わせないようそそくさと歩き出した。

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