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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
藤ノ宮編
76/114

第一舞 菫澪

 窓の埃をはたきで落とす。床を掃く、拭く。棚もはたきで叩いて拭く。衣類を洗濯し、干す。衣類を畳む。


 紫苑の侍女となった日和の仕事は果莉弥の時と変わらない。おかげで屋敷の案内してもらい、掃除場所を覚えたりするだけですぐに慣れることができた。


 ただ一つ果莉弥の時と全く異なる点がある。紅ノ宮でも侍女は少ない方だったが、藤ノ宮は侍女がたった二人しかいない。そのせいで仕事量が圧倒的に多い。休憩挟んでいる暇ないのではと思うくらいだが、お昼と午後に一度ずつしっかりとした休憩時間を入れてくれる。


 何故それができるかというと、侍女頭の菫澪すみれの仕事の速さだった。とにかく仕事が早い。一つの仕事が終わると同時に次の仕事を始める。時には二つ三つの仕事を同時に行う。それが全て見事に完璧に終わっているのだ。完全に才能だ。


「菫澪さん、ここ終わりました。次、向こうの廊下やって来ます」

「あ、そこはやったから次この部屋お願い〜」

「え、あ、はい」


 私がこの廊下を掃除している間、菫澪もこの近くで掃除していたはずでは。いつの間に向こうの廊下の掃除を終わらせたのだろう。


 お昼の時間になり、昼食を作るために厨房に行った。今日は紫苑は昼はおらず食事ははいらないと言われた為、自分達の分だけ作る。手を動かしながら日和は日頃の疑問を聞いてみる。


「菫澪さん、どうしてこの屋敷には侍女が菫澪さんしかいないのですか?今までも仕事が大変だったのでは?」

 菫澪も手を動かしたまま口も動かす。


「昔は侍女たくさんいたよ。だけど、皆仕事しないから辞めさせたの」

「皆さん、ですか?」

「そう。あの方だから」

「…あぁ、なるほど…」


 自身が見目麗しい人の侍女だと思えば自惚れるかもしれない。それに彼の近くにいれば見惚れて仕事なんかできないだろう。罪な貴族様だ。


「菫澪さんは大丈夫なんですか?」

「大丈夫。紫苑様が小さい頃からお仕えしているから。それに十も下の子だからどちらかと言うと可愛い弟かな」


 あの人物に“可愛い”要素が全く見つからない。わがままさや頑固さ等から“弟”なのは納得できる。兄弟がいたら恐らく末っ子だろう。


「あ、そう言えば、確か以前に五十の侍女をこの屋敷に招いたら紫苑様に見惚れて仕事してなかったな」


 あの貴族は恐ろしい能力でも持っているのではないだろうか。人を駄目にする人である。


「だから日和が来てくれて助かったよ。流石に一人では手に負えなかくて。紫苑様に身惚れない女の子がいてくれて本当に良かった」


 菫澪は嬉しそうに笑う。大量の仕事を渡すつもりだろうか。それは困ったなと日和は溜息をついた。


「そうそう。日和の連れている妖は私達と同じご飯食べれる?」

「え?」


 不意な言葉に日和は手を止め、ぽかんと菫澪を見る。雪葵も目を見開いて菫澪を見上げていた。


「す、菫澪さん。今何と……」

「?日和の連れている妖はご飯食べれるかって」

「……妖をご存知なのですか?」

「視ることはできないのだけどね。紫苑様や秋人さんからよく話は聞くから。日和やその妖のことも」


 雪葵が急に人間の姿になる。菫澪は驚く様子もなく雪葵を見て微笑んだ。それが嬉しかったようで満面の笑みで飛び跳ねた。


「僕、何でも食べるよ!菫澪のご飯いっぱい食べる!」

「えー嬉しい。気合い入れて作らなきゃね」


 雪葵は調理中、菫澪にぴとりとくっ付いていた。それでも雪葵をさりげなく火元から遠ざけたり、少しふざけたりしながらも安全に調理を進めていく菫澪。その様子に日和は感心した。


「小さい子供の相手に慣れていらっしゃいますね」

「紫苑様が小さい頃もこんな感じで調理中や掃除中に飛びついてきていたからね。危ないからって遠ざけたら泣き出して手に負えなくなっちゃうの。本当に可愛かったなあ」


 あの顔だけ良い貴族にもそんな子供時代があったのか。知らない一面を知れて少し面白く感じた。


 簡単な食事が完成する。三人で並んでいただく。冬にはありがたい、味噌を溶かした温かい汁物である。


「そう言えば、従者も秋人さんしかいないんですよね?」

「そう、紫苑様直属の従者は秋人さんだけね。どうしても従者が複数人必要な場合は、他の武官にもお願いしているの」


 武官が複数人必要な場合とはどんな仕事だろう。妖関連だとしても、武官の中にそんな都合よく妖の視える人物が複数人もいるのだろうか。つくづく不思議な貴人だなと思った。



 昼食を終え仕事に戻る。日和は紫苑の執務室の掃除を頼まれる。部屋に入ると、机に大量の書類が積まれているのが目に入ってきた。紫苑は案外忙しいようだ。貴族っていうのも大変なんだなあと感じた。その書類は触らないようにして掃除を始める。


 ある程度終わり、後は棚を拭くだけだと準備していると、紫苑が執務室に戻ってきた。中に人がいるとは思ってなかったようで日和を見つけると驚いて足を止める。日和も紫苑に気付いて立ち上がると一礼した。


「お帰りなさいませ。後は棚を拭くだけなのですが、お邪魔でしたら後ほどに致します」

「あ、いや、構わん。続けてくれ」

「それでは失礼します」


 日和はそう言って棚を拭き始める。横目で紫苑が机の前に腰を下ろすのが見えた。少しして紫苑の方から物音が一切聞こえないのに気付く。不審に思ったが気にせず掃除を続けていると、視線を強く感じた。流石に気になり、そろ〜と紫苑を見ると紫苑は日和をじっと見つめていた。


「…あの〜」

「なんだ?」

「…あまりこちらを見ないで頂きたいのですが」


 日和の思いは伝わらないらしい。紫苑が不思議そうに首を傾げる。


「何故だ?」

「それはこちらがお聞きしたいことです。私のどこかおかしいでしょうか」

「いや、ただ本当に侍女になったんだなあと。やっと叶ったなあと思って……」


 そこまで言って紫苑ははっとして口を押えた。が、もう遅い。日和は怪訝な顔をする。紫苑は焦りながら手をぶんぶん振った。


「あ、いやそういうわけじゃない!いやそういうわけだけど、変な意味じゃない!気にするな!うん、気にするな!」


 変な意味とはどういう意味だ。問いただそうと思った矢先、菫澪がやって来てしまった。日和はぶすくれながらも諦めて掃除に戻る。菫澪は紫苑にお茶を出すと静かに下がって行った。


 紫苑はお茶を飲んでひと息つく。そして掃除を終え、一礼して部屋を出ようとする日和に話しかける。


「おい」

「なんでしょう?」

「今から着いて来い」

「………はい?」


 端的過ぎる命令に思わず不満が漏れだした。何処に行くのだ。


「どちらへ?」

「紅ノ宮だ」


 それを先に言え。日和はそう心で呟いて「御意」と応えた。

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