序奏舞 プロローグ
ぼんやりとした暗い灯り。鼻に突き刺すようなお香の匂い。生暖かい空気の籠った部屋。その部屋はかなり質素で必要最低限の物しか置かれていない。その部屋の持ち主は座布団に腰を下ろし、煙管を咥えていた。煙管の煙を吸う。そして息とともに煙を吐く。煙が部屋に充満するが、お香のおかげで匂いは分からない。
この主人には何百という侍女と従者が仕えている。これだけいれば関わりのない者も大勢いる。それでもこの主人は全ての侍女と従者の顔と名前を一致させている。一度見た顔は聞いた名前は絶対に忘れないという。
主人の知り合いは皆口を揃えて言う。あいつは恐ろしい妖のようだ。恨みを持てば決して忘れない。必ず復讐にやって来る。今まで何十名がその復讐を受けただろうか、と。その復讐も無惨で見られないものだと。夜までは元気だった人が朝になれば全身の骨が折られ、精神まで崩壊している有り様だ。彼には誰も逆らえない。逆らうことは命を落とすことと同じ意味となす。
一人の従者が現れる。礼儀正しく一礼すると、主人の傍に寄り耳打ちする。報告を聞き終えると、主人はにやりと不気味な笑みを浮かべた。
「そうか、失敗したか」
にやけが止まらない。上手くと思ったことが失敗したのだ。こんな面白いことはない。しかも失敗した原因というものがこれまた面白いのである。だが詳細は分からないだろう。計画実行者はここに報告には来れないのだから。でも気になって仕方がなかった。
従者がもう一つ報告する。それはまた興味のそそられる話であった。
「ほぅ、これはこれは面白いことになったな。一つ仕掛けてみるか」
暗い部屋に映し出される笑み。黒い影が動き出そうとしていた。




