第三十舞 行先
事件から数日後。ほとんどの晒が外れた頃に紫苑から呼び出された。執務室に行くと秋人と愛華もいる。日和は紫苑に一礼すると腰を下ろす。
「結亜についてだ」
検討はついていた。数日間、紫苑が忙しなく天皇陛下と結亜の間を行ったり来たりしているのを遠くから眺めていたのだ。なんとなく結亜の今後については想像ができている。その想像通りのことを紫苑は口にした。
「結亜はあの離れを出て、遠くの村に移住することになった。侍女頭はついていく」
やっぱり、と納得する一方で、日和は身構える。沙良は結亜について行く。では日和と愛華は?その雰囲気を感じたのか紫苑は眉尻を少し下げる。
「悪いが、お前達は結亜とは一緒に行けない」
覚悟はしていても、いざ口にされると肩を落としてしまう。結亜と仲良くなり、これからだと思っていた頃だったのに。その感情が顔に出ていたのだろう。らしくなく、慰めようとしてくれる。
「お前達が悪いわけではない。ただ安全を考慮して人数を減らすことになってな。侍女頭は結亜が小さい時から一緒にいたから今後もその方が良いだろうという話になってだな。…だから、その…」
気を使いすぎて言葉を見つけられなくなっている。日和は自分を落ち着かせるように目を伏せた。
「わかっていたことですので構いません。その方法が最善だと理解しております」
「はい!私たちは今後どうなるのでしょうか!」
愛華が手を挙げる。紫苑の表情が少し和らぐ。
「お前は葉ノ宮の侍女となる」
目を丸くした愛華が自分自身を指差す。紫苑は頷く。愛華は戸惑っていた。
「私が葉ノ宮様の?そもそも侍女のままでよろしいのですか?」
「御苑に戻って下女に戻るわけにもいかないからな。今丁度一手が足りないそうだ」
そう言いながら紫苑が日和を見る。日和は気まずくなり、目を逸らした。
(へいへい。私のせいですよ〜)
葉ノ宮は侍女頭を解雇にしたのだ。しかもその侍女頭が切れ者であった。かなり痛手なのだろう。
愛華の瞳が輝いていく。
「天皇陛下と葉ノ宮からの命令だ。心して働け」
「はいぃ!」
愛華が満面の笑みで返事する。そして日和にくっついた。
「では日和は?どこに行くのですか?」
その瞬間に紫苑の顔が曇った。隣の秋人は紫苑の様子を伺っている。嫌な予感がした。それを察したようで愛華の勢いも止まる。
「いや、それがな…」
何か言いかけては口を閉じてしまう。日和は思わず心の中で強く願う。
(なんでも良いから言ってくれ!黙られている方が辛い!)
その願いが届いたかのようにしどろもどろに紫苑が言った。
「…悪いがまだ、決まって…ない」
ゴーンと頭に殴られたかのような衝撃が走る。意識な飛びそうな日和の横で愛華が前のめりになる。
「先程、その後の道は決まっていると仰ったではありませんか!」
「それはお前の話だ。こいつは別なんだ。天皇陛下との話がまとまらない」
つまり現在、日和は二度目の解雇を言い渡されたのと同じ。また無職だ。
「ひ、日和ならきっと良い仕事を陛下がくれるよ!だから元気出して」
愛華に気を使われるのが申し訳ないと思うと共に虚しい。日和は灰になりそうだった。
月の光が差し込む部屋で天皇は晩酌を一人楽しんでいた。酒には強い方だ、どこぞの貴族に比べれば。
二杯ほど飲み干した時、襖の奥から使いの声が聞こえた。来客のようだ。こんな夜遅くに訪ねてくるとは礼儀のなっていない人物だ。通すように伝えると、少ししてそのどこぞの貴族が深々と頭を下げて入ってきた。
「夜分に申し訳ございません。急ぎの用件がございまして」
「あの侍女についてだろう?急ぎではないと思うんだがなあ」
天皇は酒の注がれた杯を揺らしながらゆっくりと髭を撫でる。紫苑は凛とした表情で天皇を見つめている。
「こちらとしては急ぎなのです。何が懸念なのでしょう?」
「全てなんだが?」
天皇は呆れる。紫苑は真っ直ぐというか頑固な人だ。一度決めたことはやり通す。それは素晴らしいことなのだが、今回に関しては頭を悩むしかない。何度提案を拒否しても訪ねてくるのだ。我慢の限界だ。
「お前が仕事以外に興味を持つようになったことは喜ばしいことだ。だが執着しすぎた。お前はその興味を持ったことに関して力加減や距離感を知らない。今のままでは執着心によって“お気に入り“がボロボロに崩れるぞ。そしてお前の心も崩れる」
紫苑が不機嫌な顔をする。
「遠回しの表現が苦手なのを、陛下はご存知でしょう?」
「敢えてだ。いい加減理解しようと努力したらどうだ」
仕事一筋な奴だ。自分のことは後回しにしてきた。だから自分自身に関して不都合なことからは特に逃げてきている。紫苑の周りにいる人たちが甘やかした結果でもあるだろう。
「…この件に関しまして、陛下の許可がなければなりませんが、だからと言って陛下自身に直接関わることではないでしょう?懸念される必要はないと思います」
天皇は長い溜息をつく。こちらの話を聞く気はないのだろうか。
「“お気に入り“のことを考えているのだ。もしお前が崩れようがそれはお前の責任だ。好きにすれば良い。だがその“お気に入り“はどうなる?一緒に崩れるか、お前に置いていかれる。そうやって置いていかれた側はどうなる。その者のその先をを考えなければならないのだぞ。お前に責任を持てるか?命という重い責任を」
紫苑の瞳は真っ直ぐ天皇を捉えていた。それは迷うことのない意志を表していた。
「えぇ、もちろん。その覚悟があるからこそ、こちらにお伺いしているのです」
紫苑はキッパリと告げた。




