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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
暁ノ宮編
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第二十八舞 鬼

 結亜を襲った男達は皆、応援で来た武官達に連行されたらしい。ただ応援に来た武官が離れに到着した頃には全てが片付いていたそうだ。結亜や侍女達の手当てさえ終わっていたという。それを聞いたのはあの事件から三日後であった。


 日和が目を覚ました時、布団の中にいた。起きあがろうとしたが、あちこちが痛むので諦めてまた寝転ぶ。


 ふと傍に気配を感じ、視線を向ける。そこには嬉しそうな結亜が座っていた。日和が勢いよく起き上がって結亜に近づく。しかし遠慮ない痛みが全身を駆け巡り蹲った。結亜が慌てる。


「ひ、日和。動いたらだめだよ」


 結亜が布団を掛けてくれた。痛みが少し落ち着く。


「ここは…」


 あんな事件があって離れでゆっくりとはできないだろう。そうするとここは一体どこなのだろうか。


「紫苑様のお屋敷。沙良も愛華も無事だよ。日和は三日も寝ていたんだから」


 隣には子狐の雪葵が丸まっていた。静かに寝息を立てている。無事のようだ。


 結亜は首や手首に晒を巻いているが、元気そうに微笑む。侍女二人も無事なのは良かった。


「ご無事で何よりです。危ない目に再び遭わせてしまい、申し訳ございませんでした」

「そ、そんなこと言わないで!日和、助けてくれたもん。私こそ、日和や沙良達に怪我させちゃって、ごめんなさい」

「謝らないでください。結亜様がご無事なのが一番ですから」

「…うん。ありがとう」


 結亜が涙ぐみながら微笑む。日和は結亜の手を握った。


「私は何もしておりませんよ。藤ノ宮様や秋人さんのおかげですから」

「ううん、日和が私を掴んでくれたから」


 結亜は立ち上がると襖に手を掛ける。


「紫苑様に報告、してくるね!」

「え、まっ!」


 日和は結亜を止めようとするが、結亜は日和の手を外れ、行ってしまった。日和は呆然と先を見つめていた。


 少しして床の軋む音が聞こえてくる。日和のいる部屋の前でその音が止むと、声が聞こえてきた。


「入るぞ」


 苛立ちを露わにした紫苑が部屋に入ってくる。日和は背中を向け、布団にくるまって寝ているふりをした。


「おい、起きているだろう」

「……」


 返事をしない日和に更に苛立っているのが伝わってくる。これは振り返ったら駄目なやつだ。絶対寝ているふりをしなければならないやつだ。


 紫苑は日和の傍でしゃがむと、日和の耳にふぅと息を吹きかけた。日和は驚きとくすぐったさに飛び起きる。


「わああ!っ〜!」


 飛び跳ねたせいでまた全身が痛む。紫苑を睨みつけると彼もまたこちらを睨みつけていた。


「元気そうで何よりだ」

「…そう見えますか」

「いや、見えないな」


 ムスッと日和が膨れる。頭、手首、足に晒が巻かれている。着物の下も晒だらけだろう。本当、無茶をしてくれた。


「結亜様はどちらに?」

「向こうの部屋で侍女と雑談させている」

「そうですか」

「言っておくがお前に対して二つ文句がある」

(唐突だな)


 わかってはいたが、いざ聞けという圧をかけられると人は逃げたくなるものだ。それと同時に襟を掴まれると前に進めなくもなる。


「一つ。休めと言ったはずだ。あれから更に怪我はしなかったとは言え、何故無茶をする。一歩間違えれば取り返しのつかないことになっていたんだぞ」


 その言葉に日和は顔を顰める。そして遠慮なく言葉を返した。


「無茶をしたことは反省します。ですが、結亜様が危ない状況に陥っているのを黙って見ているわけにはいきませんでしたので。それに藤ノ宮様が私を掴んでくださったので助かりました。ありがとうございます」


 紫苑が右手をさする。そう言えば、日和を掴んでくれたのが右手だったはずだ。日和はぐっと紫苑に近寄る。


「もしかしてあの時手首を捻ったりしてしまいましたか?見せてください」

「い、いや!大丈夫だ、何ともない!」


 慌てた顔の紫苑が大袈裟なほど体をのけぞらせ、日和を距離を置く。その様子に思わず首を傾げてしまう。


「ではどうして?」

「いや……久々に女に触れたから…」

「??」


 日和は更に首を傾げる。


「っそれより!もう一つ文句があるんだ!」


 相変わらず話題を変えるのが下手である。日和が言葉を発する余地を与えず話を続けてくる。


「結亜を助けた後、突然白狐とどこかに行っただろう!説明しろ」


 日和はハッとする。雪葵は起きていたようで日和の傍に座った。二人して首を横に振る。


「よくわかりませんでした。ただ、雪葵の尻尾が一つ増えたんです。その後はすぐ気を失ってしまいました。雪葵、あの時何があったの?」


 雪葵は考えた後、首を傾ける。


「僕もわかってないんだよ。急に誰かに呼ばれた気がして、探したらあの岩の所だったんだ。そしたら頭の中に何か流れ込んできて…。僕の尻尾増えたの?」


 雪葵は後ろを振り返り必死に尻尾を数える。そして驚いたようで飛び跳ねた。


「ほんとだ!増えてる!なんで!」

「お前がわからなければ誰がわかるんだよ…」


 紫苑が呆れたように溜息をつく。日和はあの時のことを鮮明に思い出そうとする。すると体が震え始めた。


「ど、どうした?」

「…思い、出しました」


 日和が必死に震えを止めようとしながら話す。


「あの時、今までに感じたことのない強力な力を感じたんです。物凄く恐ろしくて、この世の終わりを感じるほどでした…」

「…なんだよ、それは」

「“鬼“だよ」


 入り口から声がした。そこには襖にもたれかかった柚寧がいた。



 あの岩は洞窟を塞いでおり、その洞窟には鬼の妖が封印されている。誰も太刀打ちできない強力な鬼だと。その話を日和達は息を呑んで聞いていた。


「だけど以前は妖力なんて感じなかった」

「その時の九尾は?」

「一瞬頭が痛くなった。でもそれだけ」

「封印が解かれようとしている。日和達はあの岩に亀裂が入っているのを知っている?」


 日和は以前、岩の頂点にヒビが入っていたことを思い出す。


「それが封印が解かれ始めている証拠。日和が妖力を感じたのは、日和の妖力が強くなったこともあるけど、単に封印が薄れかけているから」


 静まり返った部屋に柚寧の淡々とした声が響く。


「なら、鬼が復活したらどうなる」

「…消えるよ、この世界全て」


 柚寧の瞳が暗くなる。日和達は耳を疑った。この世界が消えるなど考えたこともない。ましてやたった一人の妖によって消えるなど。迷信ではなかろうか。そう信じたいが、柚寧の瞳が真実だと物語っていた。


「…何か。何かできることはないの?」

「…やっぱり何も聞いていないんだ。八妖樹ができた理由」

「?」


 日和は首を傾げる。鬼と八妖樹になんの関係があるのだろうか。


「鬼はこの世界を滅ぼそうとしていた。それを止めるために初代妖姫が八妖樹を作ったんだ。そして鬼をあの洞窟に封印した」


 八妖樹は妖姫を支える為に存在しているのだと思っていた。まさか鬼を封印する為だったとは。


「そんな恐ろしい奴、何故封印したんだ。妖姫もいたのなら祓うべきだろう」


 紫苑の言い分は最もだった。柚寧は諦めたような溜息をつく。


「勿論そのつもりだったよ。けれど、不可能だった。封印するだけで精一杯だったんだ。それが何を意味するか、わかるよね?」


 世界を滅ぼせる妖。それを祓うのがいかに難しいか。紫苑には痛いほど理解できた。妖姫の中で最も妖の血が濃い初代妖姫と上級妖を超えた力を持つ八人の妖で、祓うどころか封印で精一杯。他の妖や妖祓師では全く相手にできないだろう。


「それならせめて、もう一度封印し直すことはできるんだよね?」

「できるにはできる。けれど、今の日和の妖力では足りないし、八妖樹全員の力が必要になる」

「……そっか」

「まあ、あと数日で封印が解けるとかではないから、焦ることはないよ。のんびりもしていられないけど」


 柚寧は立ち上がると雪葵に近づく。そして鼻を小突いた。


「いてっ」

「この話、本来は九尾も知っているはずだからね。全てを経験しているんだから」

「…うん、わかってる」

「それで、何か言いたそうだけど?」


 柚寧の言葉に日和は雪葵を見た。雪葵は悩んでいるように見えたが、意を決したようで口を開く。


「鬼の所に行った時、頭の中に何か流れてきたんだ。多分、記憶」

「どんなの?」


 雪葵は頭を捻る。頭の中はぼやけていてはっきりとしたことはわからなかった。その中から見える物を探し出す。


『あの力。暴走しているとはいえ、あまりに強力すぎる』

『彼を止めなきゃいけないわね。お願い、貴方の力が必要なの』

『…わかっている。わかっている、けど…』


 記憶の中の雪葵は戸惑っていた。それが何故なのか、今の雪葵にはわからない。


『九尾が辛いのは痛いほどわかるよ。けれど、彼を救う方法は戦うことしかないんだ』


 思い出せるのはそれだけだった。それを日和達に伝えたが、首を傾げるだけだった。柚寧は鋭い視線を雪葵に向けている。


「ねえ柚寧。前に僕に罪があるって言ったよね?この記憶はそれと関係がある?柚寧なら何かわかるんじゃ…」

「さあね。けど、記憶が戻ったことと尾が増えたことが同時に起こった。何か関係があるのかもね。さ、言うことは言ったしそろそろ帰るよ。じゃあね〜」


 こちらの返事を聞きもせず、柚寧は手をひらひらと振って消えた。結局、何か解決するどころか悩みの種が増えただけだ。空気が重かった。


 自身が強くならなければ鬼が復活してしまう。けれどどうやって強くなれば良いのだろうか。日和は超えられない壁に直面している気分だった。雪葵も曖昧な記憶に頭を悩ませるしかない。各々が考え込んでいる中、沈黙を破ったのは紫苑だった。


「今の無力感も記憶の曖昧さも気にしすぎるな。俺も鬼に関して気にかけておく」

「ですが、反帝軍のことも…」

「両方考える。どちらも少なからず御苑に関わるだろうからな」


 反帝軍は今回、天皇陛下の姪を狙ったわけだが、今度は御苑を襲撃をする可能性は極めて高い。真琴と相談することが増えた。

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