第七舞 行方
掃除を続けていると、外壁へ駆けて行く影を見つけた。
「あれ、遠子さんだ」
何か焦っているようだ。日和は汚れた桶の中の水を溝に捨てると、中を軽く濯ぎ雑巾を放り込んだ。
遠子を追いかけて辿り着いたのは、軍事屯所の近くだった。その傍にある茂みに赤い着物を身に纏った人が顔を突っ込んでいた。
「あの〜、遠子さん?」
日和が恐る恐る声をかけると茂みから遠子が顔を出す。
「あら日和。白狐ちゃんも。どうかしたの?」
「遠子さんが焦っているように見えまして。どうかなさったのですか?」
遠子の顔が陰る。本当に困っているようだ。
「…それが紅ノ宮の侍女が一人、二日前から行方不明なの」
紅ノ宮とは遠子が次女頭を務める屋敷の名である。遠子曰く、三日前まで一緒に仕事をしていたはずの紅ノ宮の侍女、夏凪が翌日忽然と姿を消したという。空になった夏凪の部屋から微かな妖力を感じたそうだ。
「御苑内で妖力を感じる所を探しているの。外へ出た可能性もあるから無駄足かもしれない。でもそれなら外まで探しに行くわ。早く助けないと。会合だってあるし…」
かなり焦っていて、弱っているようだ。会合について何も知らないが、重要なことではありそうだ。
「私にも手伝わせてください。微力ですが」
「いいえ、助かるわ。ありがとう。詳しく話するわね」
妖力は軍事屯所裏の茂みの奥、御苑外から感じるらいい。建物の裏というものもあり人の目はない。おまけに外壁がかなり古くなっており、足場になりそうな場所があり、容易に登ることができた。慎重に降りると外壁を見上げる。防犯面が心配である。早く外壁の修繕をすべきだろうなぁと思った。
茂みというよりも林に近い道のりを進む。傾斜がきつく、息を切らしながら歩みを進める。雪葵は掃除中に走り回っていたにも関わらず、元気そうに走っている。昨日は雨が降っていて地面がぬかるんでいる。足元に気をつけないと滑ってしまう。
「会合ってなんですか?」
「会合には大きく分けて二種類あって、御苑内の貴族全員での集まりと二つの貴族のみで行う小規模の集まりよ。明日行われるのは、全員で行う会合。内容は舞台を見たり、お茶を飲みながらお話しするだけなんだけど、貴族にとっては重要な仕事の一つなのよ」
「舞台、ですか?」
その言葉に日和は反応する。芸を嗜む者としてどのようなことをするのか気になった。
「そう。会合は貴族の屋敷を交代で会場として提供するの。会場となった屋敷の侍女がおもてなしの一つとして芸を披露することになっている。明日は私達、紅ノ宮で行われるの。舞踊を披露するのよ」
舞踊という言葉にもピクッと肩を震わせる。こんな近くに踊り子がいるとは。興味半分、見たくない気持ちが半分、心の中でせめぎあっている。
「舞踊は一人欠けてしまえば完璧な演出はできない。夏凪の安否ももちろん大切なんだけれど、公式の場で未完成の舞踊は披露できない。それで夏凪を探しているの」
酷いでしょう?と遠子は困ったように微笑む。舞踊というのは、一人でもできるし、複数人でもできる。違う点と言えば、一人なら自由に踊れるが、複数人ではそうもいかないことだ。それぞれの立ち位置が決まっており、振り付けも同じ所もあれば、違う所もある。複数品で作る作品は、全員いるからこそ作品として完成するもの。一人でも欠ければ美しく見えない。
会合で舞踊を披露するのも侍女の立派な仕事。それを夏凪がいないことで未完成にしたくない。けれど夏凪の身に何かあった可能性も高く、彼女を責めるのも良くないと、遠子は考えているのだろうか。侍女の立場は面倒くさそうだ。その点は下女は楽なのかもしれない。
随分奥まで進んだようだ。急に遠子が足を止める。後ろをついて来ていた日和も足を止め、不思議そうに遠子を見る。遠子は固まっている。視線を遠子の先に移す。そして息を呑んだ。
「っ!」
そこには太く大きな木の幹に張り付けにされた女性がいた。服装は遠子と同じ赤い着物。行方不明になっていた夏凪だった。




