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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
暁ノ宮編
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第二十六舞 信頼

 体が揺れていることに気づき目が覚める。ゆっくり顔を上げると秋人に抱えられていることがわかった。いつも通り無表情ではあるが息が上がっている。どうやらどこかに向かっているらしい。


「秋、人さん」

「!和の娘、気づいたか」

「ほんとか⁉︎」


 隣から紫苑が顔を覗かせる。こちらは焦った顔をしている。紫苑の腕には子狐の雪葵が抱えられていた。まだ意識を失っているようだ。


 ぼーっとしていた頭が動き出す。ハッとして紫苑に向かって身を乗り出した。


「結亜様が!急いで向かわないといっ!」


 頭に殴られたような痛みが走り、両手で押さえる。先程殴られた痛みはそう簡単には消えないらしい。


「大人しくしていろ。結亜のことはわかっている。今向かっているところだ」


 日和は拳を強く握る。けれど今は後悔している場合ではない。


「彼らは武芸に精通しているようでした。奴らに結亜様が捕まればただでは済まないことは一目瞭然です!」

「わかったから落ち着け…」

「それだけではないんです!」


 日和の口が止まらない。殴られた頭が変に高速回転している。焦りがその回転を加速させる。


「妖もいるんです!体の力を抜く妖術を使ってきました。対策を練らなければ…」

「和の娘!」

「!」


 意外な人物の鋭い声にやっと日和は我に返った。秋人は静かな瞳で日和を見下ろしている。その瞳には焦りの色が見えていた。


「一度落ち着こう。今、和の娘が焦っても何も状況は変わらない」

「……申し訳ございません」


 日和は謝罪する。敵の情報を伝えなければ。結亜の元に向かわなければ。色々なことが頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合っている。今何が大事なのか。それはもうわからない。


「奴らの行先はわかっている。もう着く」

「ここは俺たちに任せろ。だからお前は休め、いいな」

「…はい」


 屋根裏に上る。屋根裏と言うが背筋を伸ばして歩くこともできる広い空間だ。慎重に辺りを見回すがここには誰もいないようだ。すると奥から叫び声が聞こえてきた。声の出所に走るがその瞬間、紫苑の体が重くなる。心の中で舌打ちをした。


(先日の戦いの疲労がまだ残っているのか。こんな時に)


 奥まで行くと、腰を抜かしている結亜に向かって刀を振り上げているところだった。紫苑は足元に落ちていた木片を拾うと刀を振り上げる男に向かって投げつけた。見事に刀を持つ手に当たり、刀が手から飛んでいく。男達はギロリとこちらを睨みつけた。


「なんだあ?」


 物陰に日和と雪葵は降ろされる。紫苑と秋人ら武官は男達の前に立ちはだかる。結亜は紫苑達の姿を見つけても恐怖で声が出ないようだが、助けを求めている顔をしているのはわかった。


 結亜の近くで倒れている侍女達に気づく。怪我はしていないか、意識はあるだろうか、確認しに行きたいところだが、下手に動けない。彼女らが無事であることを今は祈るしかない。


 秋人に男二人が襲いかかる。秋人は一人の男の背後に回ると素早く刀を抜き、別の男に突き出す。側にいる男の首の後ろに鋭い手を振り落とし気絶させると、もう一人の男と刀をぶつける。隙を見て足元を掬い男がよろけると同時に膝を振り上げ、頭を蹴り上げた。


 一方、紫苑の元には一人の男が刀を振りかぶりながら飛びかかる。紫苑はそれを軽やかに避けると、肘を男の腹部にねじ込む。別の男が背後から刀を振り下ろすが、紫苑は刀を抜きながら振り返り刀を受ける。男の刀は手から外れ、日和の目の前に飛んできた。雪葵が紫苑に向かって怒りを露わにしていたが、わざとではないので日和は雪葵を宥める。


 紫苑らと一緒に来た武官は紫苑と秋人の様子に圧倒され動けていなかった。出る隙がないのかもしれない。それよりも。日和は紫苑に視線を動かす。こいつは貴族ではないのか?何故、戦い慣れている?


 先程、結亜に刀を振りかざした男妖は苦い顔をし舌打ちすると、巨大になった右腕で後ろの壁を殴り大きな穴を開ける。そして小刀を結亜の首に当てた。


「動くな!一歩でも動けば、こいつを突き落とす!」


 結亜は目の前の刃物に顔を青ざめる。涙を浮かべ、固まっている。


 動けない紫苑と秋人に男妖が手を突き出すと二人から力が抜け、地面に片膝をつく。


「なるほど、な…。これは確かに、厄介だ」


 二人は眉を顰める。立とうにも足に力が入らない。刀を振るう力さえ残っていない。その様子を見て日和は唇を噛むことしかできない。力があれば、自分に何か力があれば。


 雪葵が立ち上がる。日和は雪葵を見る。


「雪葵?」

「あいつの気を引いてくる。その間に日和は結亜をお願い」

「でも雪葵、怪我して…」

「これくらい大丈夫!僕を信じて。僕も日和と同じで結亜を助けたいんだ。それに日和の思いなら僕ら八妖樹は手を貸すよ。僕には記憶がないけれど昔の僕もきっとそうしてたと思う」


 雪葵の言葉にハッとする。何度も雪葵は助けてくれた。雫も呆れながらも妖姫について話してくれたし、手助けもしてくれた。


「できないことは誰かに頼りなよ。できることは最大限やってさ!」

(できないことは誰かに頼れば良い)


 雪葵の言葉を胸に刻む。日和は両手を握りしめると強く願う。


(雫、柚寧ー!)


 すぐに気配を感じる。顔を上げれば二人の姿があった。


「…来てくれたんだ」

「俺は助けが必要なら呼べと前から言っていた。ぐだぐだ言っていたのはお前だろ」

「そうだね、ごめん。今すぐ雫を許せはしないけど今回は力を貸してほしい」

「俺はいつだって手を貸すつもりだ」


 柚寧は日和と雫を交互に見比べる。口元には少し意地悪な笑みが浮かんでいる。


「えー何なに?喧嘩でもしてたの?」


 からかおうとする柚寧を無視して雫は妖を見つめた。


「さっさとあいつを片付けるぞ」

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