第二十四舞 予兆
今日も愛華と雪葵と共に使いに街に出る。何度街に出ても新鮮らしく、愛華は目をキラキラさせていた。
護衛の宗悟は相変わらず、日和と愛華の一歩二歩後ろをついてきている。雪葵は宗悟にうるさいくらい話しかけていた。それを嫌な顔せず聞いてくれている所に感謝する。護衛だけでなく良い話し相手になってくれている。
「ねーねー!今日はどこ行く?」
「野菜と果物を買うだけ。すぐに帰るよ」
「えぇ〜」
不服な顔をされたが、構わず商店街の中を進んでいく。
「それにしても結亜様、この頃、元気そうでよかったよね〜」
「そうだね」
少し我儘が多くなってきて困ってはいるが、出会った当初に比べるとかなり十の娘らしいと感じる。無邪気に遊んで無邪気に笑う。子供としては当たり前のこと。それが今の結亜の仕事だ。
良い状態の野菜を選んでいると背筋に悪寒が走った。後ろを振り返るが人混みだらけで視線を特定できない。
「どうしたの〜?」
愛華がのんびり話しかけてくる。彼女は何も気づいていないようだ。
(気のせい、か?)
視線を感じなくなった。神経質になっているのだろうか。日和は気を取り直して再び野菜を選び始めた。
買い物を終え、帰路に着こうとしていると突然愛華が立ち止まった。近くの階段を登った先に大きな鐘が見える。花の商店街の象徴とも言える鐘だ。正午と七ツ半(午後五時)の時だけ鳴らされる。
「あれって近くで見れるの?」
「鐘が鳴らない時間なら近づけるはず。けど行かないよ」
日和の忠告の前に愛華は駆け出していた。日和は肩を落とすと追いかける。
近くで見れば見るほど大きい。日和四人分で足りるだろうか。愛華は鐘を物珍しそうにいろんな方向から眺めている。雪葵も面白そうに鐘に近づいていく。日和は二人から目を離さないようにしつつ、壁にもたれかかった。隣に宗悟ももたれかかる。
「最近何やら物騒だよな」
近くにいる人達の会話が聞こえてくる。自然と耳を澄ます。
「ほんとほんと。闇市で大量の刃物を買う奴らが増えているって噂でしょ?争いでも起こすつもりかねぇ」
「好きにすればいいが、俺たちを巻き込まないでもらいてぇな」
「そうねー。それに買うのなら正規のうちらの所で買ってもらいたいものね。これじゃ売り上げが落ちる一方だもの」
どうやら鍛冶屋の商人らしい。聞きたくない話だ。物騒と言えば…。
(反帝軍…)
紫苑から忠告を受けてから二週間。未だ彼らの足取りは掴めておらず、少々困惑しているらしい。しかし幸いなことに彼らはまだ何も仕掛けてきていない為、表面上事態は進んでいない。そのまま動かないで欲しいものだが、どうなることやら。
また背筋が凍る。日和は急いで辺りを見回すがやはり怪しい人物は見つからない。
「なぁ日和」
宗悟に話しかけられ、振り向く。しかし宗悟が口元に人差し指を当てた。日和は視線を愛華と雪葵に戻す。
「視線感じたか?」
「はい。二回程」
「俺もだ。誰かにつけられているかもな」
宗悟は落ち着いた様子で恐ろしいことを言う。相手に悟られないようにしているのもあるが、こう言う状況に慣れているのかもしれない。
「どうしましょう?」
「撒く必要があるな。二手に分かれて人混みに紛れよう。愛華は俺が連れていくから、雪葵は任せた。その後、牛車の場所で合流だ」
「わかりました」
愛華と雪葵に声をかけ、買い忘れがあった為、二手に分かれるという話をした。雪葵には話せるが、愛華には伝えない方が良い。恐らく自然に振る舞えない。
「何買い忘れたの?」
「事情はあと。少し早歩きするよ」
雪葵の手を引いて人混みを掻き分けていく。目で後ろを振り返ると、日和と同じように人混みを掻き分けている人物が一人。日和は素早く近くの路地を曲がり、身を潜めた。開きかけた雪葵の口を塞ぎ、暫く様子を見る。人の気配はない。日和は息を吐く。
「なになに、どうしたの」
戸惑う雪葵に事情を話す。わかったようでぽんと手を叩く。
「何が目的かなあ?」
「私達が結亜様の侍女であることに気づいているのだとしたら、尾行によって離れの場所を特定されてしまう」
そんなことになったら結亜に危険が及ぶ。日和は路地の奥に向かって歩き出す。
「どこ行くの?」
「牛車の所。大通りは人が多いとはいえ、見つかる可能性が高いから路地裏通って行こう。道ならわかるから安心して」
慎重に周りを確認しながら足を進める。牛車の止めてある場所に到着し乗り込む。その後すぐに宗悟と愛華も合流する。そのまま牛車は動き出した。
「撒けたようだな」
「はい、大丈夫なはずです」
「え、なになに。何の話?」
愛華が不思議そうな顔で首を傾げている。よくここまで愛華に事情を話さず連れて来れたもんだ。思わず宗悟に感心した。
事情を聞いた愛華が驚いた声を上げる。
「ええー!なんで教えてくれなかったんですか!」
「愛華、警戒心剥き出しで周りきょろきょろするでしょ。それで怪しまれたらいけないから」
「…し、しないよ」
「その間はなんだ?」
宗悟は面白そうに愛華を見る。愛華は「きぃー!」と叫んでいた。
無事屋敷に到着する。誰にもつけられていないようで安心した。日和達は宗悟の乗る牛車を見送った後、屋敷に戻る。元気よく結亜が迎えてくれ、街の話を聞かせてくれとせがんでくる。愛華は話を盛って面白おかしく聞かせ、結亜は大きく頷きながら聞いていた。
紫苑は牛車に乗り込み、秋人も続く。昼間に離れを訪れる予定だったが、長話する天皇陛下のせいで夕刻になってしまった。他の仕事もあるのだ。時間は無駄にしたくない。
「反帝軍の動きは見えないか」
「はい、申し訳ございません。一度足取りが掴めたかと思いましたが、偽の情報でした。情けないことに騙されました」
紫苑は腕を組む。偽の情報を用意したということは、御苑が反帝軍に向けて動いていることを知っているのだろう。何故それを知られたのか。潜入中の武官が怪しまれたのか、その辺りはわからないが今後は彼らの行動を予測して動かなければ足取りは掴めないだろう。
一体いつ動くのか。どう動くのか。それが分かれば対策を講じることができるというのに。
「仕方ない。もう少し探れ」
「御意」
紫苑は景色を見ながら苛立ちを表すかのように人差し指で何度も膝に叩いていた。




