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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
暁ノ宮編
66/114

第二十三舞 術

 頬を撫でる冷たい風で目が覚める。起き上がると丁度、藤ノ宮の唯一の侍女、菫澪すみれがご飯を持って来たところだった。齢三十手前の働き者で、紫苑が小さい頃からお世話になっている。


「お目覚めですか、紫苑様」

「…何日経った」

「四日です。前回よりかは早く目が覚めましたね」

「二回目だからな。少し体が慣れたのかもしれん」

「その慣れは良くありませんよ。それに秋人さんが物凄く不機嫌でございました」

「……後で謝っておく」


 昼食を摂り、仕事を再開する。執務室の机には四日休んだとは思えない少ない書類の山が会った。秋人が簡単な業務を代わりに行ってくれていたのだろう。礼も言わなければならないようだ。


 紫苑の術、光、輪廻照。先生と呼ぶ存在から教わったものだ。先生と紫苑にしか使えないという。


 ただ、その術を使う代償は一時的な妖力の欠乏。妖力を持つ者は妖力が一定値を下回ると体力がなくなるように動けなくなってしまう。重症になると紫苑のように何日も寝たきりになる。何度も欠乏症になれば命に関わるという。それを阻止する為に秋人は紫苑を止めようとしていた。


 夜になり、秋人が報告の為、藤ノ宮邸を訪れた。報告というよりかは、主人の様子を確認しに来たのだろう。表情や言動はいつも通りだが、体全身から不機嫌の雰囲気オーラが滲み出ていた。


「秋人、あの」

「どうかしました」

「…あ、いや、その…」


 無表情の圧に押され、言葉が出ない。ここまで怒っている秋人は珍しい。


「藤ノ宮様。ご気分は良くなりましたか?」

「遠子もいたのか」


 秋人の後ろから遠子がひょこっと顔を出し、紫苑の気分が少し和らぐ。二人だけではないという安心感があるだけで随分と気持ちの持ちようが違う。


「それで、紫苑様のご用件はなんでしょう」

「うっ」


 この男はこんなに空気を読まない奴だっただろうか。察する能力があるというのにわざと相手に言わせるなど意地が悪い。しかし今回は紫苑が悪い。秋人の忠告を無視したのだから。


「……無理をして、すまなかった」


 深く頭を下げた。主人が側近に頭を下げるなど許される行為ではないだろう。しかし、秋人も遠子もただ紫苑を黙って見つめていた。


 どれほど頭を下げていただろうか。秋人の呆れた溜息が聞こえ、紫苑は頭を上げる。


「理解はしている。あの術を使わなければ妖との戦いは埒があかなかった。けれどその後のことも考えて欲しい。以前無意識とはいえ同じようなことがあった時、どれだけ周りが心配していたか。貴方は自身が思っているよりも大切にされている。それは忘れないでくれ」


 秋人はずっと心配していた。まだ主従関係になる前から。あの大雨の日。倒れる人。そこに立ち尽くす子供の影。その影の虚な目。秋人は怖くて声をかけられなかった。何もできなかった。七年経った今でも悔やまれる。


 だからこそ誓った、我が主人を必ず護ると。例えそれが自分の身を削ることになっていたとしても。

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