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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
暁ノ宮編
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第二十二舞 蛇妖

 真琴が仕事で御苑外へ出かけて行った。それとは関係なく紫苑は相変わらず仕事に追われていた。処理しても処理しても運ばれてくる仕事。毎日が徹夜だ。紫苑は頭が狂いそうである。


「…俺は、万事屋じゃない…」

「そうですね、違いますね。はい、床に寝転ばないでください」

「別に構わん」


 毎日掃除しているとはいえ、寝転べるほど床が清潔とは言い難い。おまけに寝転ぶのが屋敷の主人あるじである。はしたないことこの上ない。


「紫苑様のご意見を聞いているわけではありませんので。体を起こしてください」

「嫌だ」

「駄々をこねるな。起きて」

「うっ…」


 あまりに紫苑が情けなくなると秋人が厳しくなる。通常なら即首を跳ねられる態度だが、秋人ならば問題ない。昔のよしみだ。普段の秋人は物静かで主人に従順である。そんな人物の厳しい言葉は痛い。


 紫苑はやる気のない頭と体を起こすと書類に目を向ける。ここ最近は本当に何でもかんでも意見や依頼がやってくる。仲の悪すぎる上司達のせいで仕事場が息苦しい、歩きにくいので道を綺麗に補修してほしい、鳥の声がうるさくて寝られない。特に最後のは依頼ではなく愚痴ではなかろうか。貴人とはいえできることとできないことがある。


 藤ノ宮は御苑全体の管理を任されている。しかしどうでも良い内容も多い。自分達で解決してくれ、と思うのはきっと悪くない。全てを投げ返したくなるのはめんどくさがっているわけではない、決して。


 暫くして仕事がひと段落し、また床に倒れ込む。秋人は横目で主人を見て溜息をつくがすぐに視線を書類に戻した。秋人の本業は武官である。武官としての仕事をしつつ紫苑のお付きをし、更には紫苑の仕事の補助も受け持つ。有能すぎる人物だ。


 ふと不審な妖力を感じ紫苑は飛び起きる。秋人も書類を机に置くと立ち上がる。


「行くぞ」


 紫苑と秋人は屋敷を飛び出す。辺りは暗く静まり返っている。妖力を辿り、北門が見えてくる。そこには首が三つある大蛇が奇声を上げながら暴れていた。


「また祠が破壊されたようですね」


 どれだけ強い妖力を祠に込めようが、数日で破壊されており、結界の役目がほとんど果たせていない。恐らく北門近くの祠も壊されているのだろう。


「ここはまずいな」


 大多数の人間には視えていないとはいえ、妖は物体を破壊することは可能である。これだけ大きい妖であれば屋敷も全壊する。そうなる前に場所を移すべきである。


 しかし、そう簡単にいかない。北門の先は広い道が続いている。しかし門番がいる為、御苑を出ることは不可能だろう。説明する暇もないし、理解されるとも考えにくい。


 建物も少なく、人通りもほとんどない御所の西側まで移動するのも厳しい。それまでに多大な被害は免れない。


「…ここで素早く対処しろと…」


 結果そうなるわけだ。騒ぎになるわけにもいかない。厳しい戦いになるだろう。


「紫苑!秋人!」


 自身を呼ぶ声に振り向く。果莉弥と遠子がこちらに駆けてきていた。


「お前ら⁉︎何しにきた!」

「危険な妖力を感じました。お二人だけでは危険ですので私も加勢します」

「しなくていい。果莉弥と離れていろ。果莉弥に何かあったらどうする」

「だから私もここに来たのよ。屋敷に私だけいれば何かあった時どうしようもないもの。ここにいた方がまだ安心でしょ?」

「そうだとしても…」

「紫苑様!」


 秋人の声に瞬時に反応して蛇妖の攻撃を避ける。尾に叩きつけられた地面はヒビが入っていた。一度でも蛇妖の攻撃を受ければ致命傷になる。


 紫苑は刀を抜き、妖に向けて構える。口論している暇はない。時間は限られている。


「遠子。最前線には出るな。果莉弥を守ることを優先しろ」

「御意」


 秋人が蛇妖に飛びかかる。噛みつこうとしてくる頭を避け、刀の柄の先で頭の一つを強く打つ。頭が地面に向かって落ちていくのを紫苑が下から迎え撃つ。刀を振り上げ蛇妖の顎に切り傷を入れる。妖が叫び、他二つの頭が秋人と遠子達に向かっていた。


「くそっ!」


 紫苑は果莉弥と遠子の前に飛び出し、刀で蛇の牙を防ぐ。遠子が苦無を投げようとしたが、それよりも早く蛇の尾が紫苑の脇腹に命中し、吹っ飛ばされた。壁にぶつかる前に刀を地面に突き刺し、勢いを止める。


「くっ」

「藤ノ宮様!」


 遠子の呼ぶ声が聞こえてくる。紫苑はその方向を見る。


「俺は平気だ!ごほっ。気にするなっ」


 紫苑は立ち上がるが身体中に痛みが走り、ふらふらしている。


「グォォォォ‼︎」


 蛇妖は雄叫びを上げながら、三つの頭と尾を振り回している。紫苑と秋人は避け続けるが、これでは近づくこともできない。


 秋人に尾が直撃する。なんとか両手で防ぐがずるずると押されていく。その間に紫苑が隙を狙って刀を振り上げる。しかし頭の一つがまた紫苑に噛み付いた。刀で耐えてはいるものの、このままでは噛み殺される。刀も長くは持ち堪えられない。焦りが積もる中、苦無がその頭に突き刺さる。


「ガアア!」


 蛇妖が暴れ、紫苑は放り出された。


「藤ノ宮様、ご無事ですか!」


 遠くから遠子が声をかけてくる。動き回る妖に苦無を命中させるとは。腕を上げたようだ。


 ダン!


 何かが地面に叩きつけられる音がした。秋人が尾を押し返せたらしい。


 このまま押されているわけにはいかない。いつ建物が破壊させてもおかしくないのだ。体力もこちらが削られていくばかり。いつかはこちらが先に力尽きる。


 紫苑は刀を鞘に収めると懐から札を出す。そしてその札を顔にかざす。


「紫苑様。それはいけません。ご自分のことをお考えになって」

「このまま全員皆殺しになるよりかは良いだろ」


 秋人は必死に止めようとするが、紫苑は冷静に判断しての行動だ。この御苑を護るのが使命。そのことを秋人は理解している。それでも彼が止めようとするには理由がある。


「貴方が最も死んではならない方です。貴方を犠牲にはできません」

「皆殺しになればこの御苑を誰が護る?お前らになら任せられる。それに…」


 紫苑は笑っていた。この危機的状況で。


「俺は死なん」


 これ以上何を言っても紫苑は考えを変えない。頑固な人なのだ。秋人は主人を信じて頷くしかなかった。


「秋人は奴の気を引け。その間に遠子は動きを封じろ!」

『御意』


 落ち着いた二人を一斉に動き出す。その間に紫苑は札に力を集中させていく。一回撃てば暫くは撃てない。外せない。


 秋人が蛇妖の頭の一つに飛び乗る。残りの頭が秋人を捕らえようと噛みつきにかかる。秋人はそれらを全て避けていく。


 秋人に気を取られてる間に遠子が蛇妖の周りの地面に苦無を五つ投げる。苦無が結界を作り出す直前に秋人は妖から離れ、妖は閉じ込められた。


「グウ、ガア」


 蛇妖が結界を壊そうと暴れる。その度に苦無が大きく揺れる。時間はない。


「紫苑様!」

「藤ノ宮様!」


 二人の声に応えるように紫苑は目を開き、札を蛇妖に投げつけた。


「光よ導け、天への道!光、輪廻照《こう、りんねしょう》!」


 札がカァァァと白く輝き出す。そして蛇妖に張り付くと、光は妖を包み込んだ。


「グアアアアアアア‼︎‼︎」


 蛇妖は大きな雄叫びを上げる。秋人は果莉弥と遠子を護る。妖用の呪文とはいえ、これだけ強い呪文は人間にも影響を及ぼす。できるだけ光に当たらないようにしなければならない。


 暫くして光が収まった。蛇妖の姿はどこにもなく、地面に倒れた紫苑だけが残っていた。


「紫苑!」


 果莉弥が紫苑に駆け寄り、抱き起こす。彼は気を失っていた。

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