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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
暁ノ宮編
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第二十一舞 怒り

 結局帰るのが遅くなり、沙良に説明するのに苦労した。雪葵とああやこうや言って取り敢えず誤魔化した。恐らく沙良は納得していないだろうが、何も聞いてこないので話さないようにする。


 夕食を終え日和は自室に戻る。雪葵は子狐の姿に戻って畳に寝転んだ。日和は腰を下ろすと札を見つめる。


「日和?」


 雪葵がこちらを見ていた。札に気づくと首を傾げる。


「どうかしたの?」

「……私はどうして弱いのかなって」


 果莉弥から貰った妖を祓う札。紫苑も同じような札を使っているのを見たことがある。しかし日和はこの札で妖を祓ったことはない。それどころか一瞬動きを鈍くするくらいだ。その理由は簡単だ。日和の妖力が弱いのだ。


 自ら妖姫になったわけではない。けれどなってしまったからには役目を全うするべきだ。そう考えているのに妖力が弱くて役目を果たせないという事実が突き刺さる。身体能力も多少運動神経が良いくらいだ。紫苑や雪葵に助けてもらっていなければ、ここにはいなかっただろう。どれだけ自分が非力か。それをここ数ヶ月間に痛い程感じてきた。そして今日も日和は札を投げても隙を作ることしかできなかった。


 雪葵は起き上がり、日和の膝にちょこんと乗った。


「妖力が弱くたって、日和には度胸があると思うよ?」

「度胸があったって妖と戦えないのなら意味がないよ」


 落ち込む日和にどう言葉をかけていいのかわからない。雪葵は唸るしかなかった。


「他の妖姫はどうだったんだろう」

「雫なら知ってるんじゃない?呼んでみようよ」


 以前今までの妖姫に全員会ったことあると雫は言っていた。話を聞けるかもしれない。


「雫ー」


 半信半疑で呼んでみる。ただ呼ぶだけで来るとは考えにくい。案の定、部屋はしんとしたままだ。日和は自分に呆れるように溜息をつく。雪葵は空気を変えようと笑う。


「あははー。やっぱりあいつは嘘つきだったん…」

「誰が嘘つきだ」


 気づけば部屋の隅に雫が立っていた。雪葵は青ざめた顔で飛び跳ねると、日和の後ろに隠れる。


「そんなに驚くことか?呼ばれたら行くって言っただろ」

「…本当だったんだ」

「疑ってたのか」


 雫が呆れる。しかし日和の様子に異変を感じ、日和を見る。


「それで、俺を呼んだ理由は?」

「…歴代の妖姫はどうやって妖と戦っていたの?札は扱えていた?」

「札?」


 首を傾げる雫に日和は札を見せる。雫が札に触れようとした時、パンッと雫の手が弾かれた。


「わっ!」


「確かに妖を祓う札のようだな。だが、これを使っている奴は誰もいなかったな」

「…そっか」

「おい、九尾。何があった」


 雫がこっそり雪葵に聞く。事情を聞くと顎に手を当てる。


「……そもそも初代とお前以外、妖と戦っていない」

「戦っていない?それってどういうこと?」


 日和と雪葵は首を傾げる。時には力で裁くという話だったはずだ。その“時には“が滅多にないことではないと身をもって知っている。戦っていないはずがない。


「妖から逃げ続けていた。中には妖に喰われる者もいた」

「……」


 衝撃すぎて言葉が出ない。妖姫とはいえ人間が喰われる姿を想像してしまい、気分が悪くなる。


「く、喰われるって」

「妖は強い力や特殊な力を求める。故に妖姫は狙われる。ただ逃げるだけの奴は簡単に喰われた」

「な、なんで。あんたは妖姫に力を貸すのも使命なんでしょ?あんたが助ければそんな簡単に妖姫が喰われることなんて…」

「歴代は皆、妖姫にはなりたくなかったらしい。ある一人には金輪際、自分に関わるなと言われた。姿を現すなとも言われた。八妖樹は妖姫の命令には逆らえない。だから手を貸さなかった」


 雫は何度も空虚の目で見てきた光景を思い返す。妖姫の役目を拒絶し、雫を毛嫌いした女が襲ってきた妖に喰われる光景。泣き叫びながらこちらに必死に手を伸ばしてきた。それを雫は手を袖の中に収めて見下ろしていた。


「っ!」


 日和は雫の胸ぐらを掴む。その顔には怒りが露わになっていた。睨む目は恐怖を覚えそうだ。けれど雫には何にも感じない。


「命令だからって自分の主が命の危険に晒されているのを黙って見ていたって言うわけ!?助けようっていう意思はなかったの!?」

「ただ何もせず役目を放棄し、困った時だけ助けを求める。都合が良すぎないか」


 雫は日和の腕を掴むと捻る。いとも簡単に胸ぐらから外れた。怒りを抑えられない日和を横目に雫は襟を正す。


「安心しろ。お前は妖姫の役目を全うしようとしている。それなら俺も手を貸す」

「誰が手を借りるか!」


 日和は言葉を吐き捨てる。雪葵はどう動いたらいいかわからずただ二人を見ていることしかできなかった。


「命を簡単に見捨てる奴に守られたくなんかない!出て行って!」


 呼んだのはお前のくせに、という顔をして雫は消えていった。日和は息を切らして座り込む。


「私だって、なりたくて妖姫になったんじゃない。けど、けど…それはあんまりでしょ…」


 日和の呟きが虚しく部屋に響き、消えた。

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