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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
暁ノ宮編
63/114

第二十舞 心の中に

 はっきり聞こえた。那津の叫び。柚寧を止めたい声。


『お願い!もうやめて!これ以上柚寧を傷つけたくないの!』

「柚寧!那津さんを解放してあげて!」


 柚寧が日和を睨みつける。日和は必死に那津の想いを伝える。


「那津さんは柚寧をこれ以上傷つけたくないって言ってる!このままじゃ柚寧も那津さんも救われない!」


 恐らく柚寧の那津への後悔や傍にいたいという強い想いが、那津をこの世に縛り付けている。そして那津は自身の体を制御できない。体は本能のままに動く。だから永遠に柚寧を傷つけることになる。那津はそれを恐れている。


「日和に那津の何がわかる!那津は俺が殺した。俺を恨んでいるはずだ!傷つけられて当然のことを俺はしたんだ!」

『そんなことない!柚寧を恨んでない!傷つけたくもない!』

「私には那津さんの声が聞こえる!那津さんは柚寧を恨んでいない!」

「うるさい!部外者は黙ってて!」


 那津は柚寧を傷つけることを恐れている。しかし、反対に柚寧は那津に傷つけられるのを望んでいるように見えた。二人が何故亡くなったのかは日和にはわからない。けれど、それを部外者だからという理由で二人を放っておくことなどできなかった。このままでは幸せになれない。


「これは俺と那津の話なんだ!放っておいてくれ!」

「だったら!那津さんの声を自分で聞きなさいよ!あんたは覚でしょう⁉︎」


 覚は人の心を読むことができる妖。那津の声を聞くことは容易のはずである。心を読めば、この想いの違いにすぐ気づけるはずである。


 柚寧の言葉が詰まり、俯いた。体は少し震えている。それは怯えているようで…。


「……できない。俺に、それは、使えない…」

「どういうこと?」


 那津が柚寧に飛びかかるのを雪葵が阻止する。雪葵が那津を抑えている間に、日和は柚寧に一歩近づいた。


「……心を読むのは、やってはいけない…。誰も喜ばない。皆俺を、引いた目で見る、から…」


 柚寧の脳裏に妖達の顔が思い浮かぶ。睨む顔、青ざめる顔。中には取り乱して逃げる者もいた。決して嫌な思いをさせる気も怖がらせる気もなかったのに…。


 日和は柚寧の言葉の中に悲しみが含まれているのを感じた。心を読むということに良い印象は持たない。相手に知られたくないことまで勝手に伝わってしまうのだ。もし自分が心を読まれてしまえば嫌だと感じるだろう。それによって柚寧も何度も傷ついたに違いない。だとしても…。


「今まで柚寧がその能力でどんなに辛い思いをしてきたのかは私にはわからない。けど、今の柚寧にはその能力が必要なはず。自分の思いを那津さんに押し付けないで。彼女の声を聞いてあげて」

「日和!」


 日和は雪葵の叫び声に反応できたものの、振り返ると既に目の前には牙を剥き出しにした那津が迫っていた。回避しようと後ずさったと同時に那津が上から押しつぶされ、地面にのめり込んだ。柚寧だった。


 柚寧は目を閉じると意識を集中させようとする。しかし、また妖達の顔が浮かび上がり狼狽える。嫌な思いをしたくない、させたくない。そうやって避けてきた。けれど、今は進まなければならない。那津のことを想うのならば。


 集中力を一気に上げる。能力が発動され、声が聞こえてきた。


『お願い、声を聞いて。二人を助けたい』

『皆んなを助けるにはどうしたら良い』


 柚寧は眉を寄せ、そして少し呆れた。日和と雪葵を突き飛ばし、酷い言葉を言い放った。だと言うのに、自分を責めたりせず、助けることを考えている。なんて、お節介な人達だ。


『お願い…』


 懐かしい声が聞こえてきた。聞き慣れた、ずっと聞きたかった、けれど怖くて聞けなかった幼馴染の声。


『お願い、柚寧。私を祓って…。もう柚寧を傷つけたくないの。柚寧を後悔で縛り付けたくないの』


 柚寧はゆっくり目を開けると、足元を見た。那津は苦しそうに唸っている。柚寧は那津から降りるとしゃがんで那津の頭に手を置く。


「……ごめん。ごめんね、那津」


 那津は体勢を変えると勢いよく柚寧に襲いかかる。しかし、柚寧を花びらの竜巻が包み、那津は吹き飛ばされた。


 シャラン。


 鈴の音が聞こえた。日和はハッとして顔を上げると同時に竜巻が消える。


 木の枝の上に立つ柚寧に先程までの必死さや怯えは見えず、堂々とした姿で那津を真っ直ぐ見つめていた。


「桜の紋章…」


 柚寧の手の甲に紋章が浮かび上がっていた。その手を固く握る。


「那津。お前は俺が祓うよ」


 柚寧の言葉に反応してか、那津が雄叫びを上げながら飛びかかっていく。


 那津の体当たりを軽く飛び越えると柚寧は懐から出した扇子を仰ぎ、花の竜巻が巻き起こる。強風で柚寧に近づけず、那津は苛立ちで唸る。しかし強風に立ち向かって柚寧に襲いかかる。那津が柚寧を純粋に想えば想うほど捻じ曲がって那津の体は柚寧を襲うのだろう。那津には辛すぎるが、きっともう大丈夫だ。


 雪葵が横から噛みついて那津を地面に倒す。那津はもがいた末、雪葵を蹴飛ばして飛び上がる。その隙をついて、日和は札を那津に投げつけた。


慈光刻詞唱じこうこくししょう!」


 那津の動きが一瞬鈍る。その一瞬で柚寧と雪葵が畳み掛ける。


花風乱かふうらん!」

炎車えんぐるま!」

「ガアアア!」


 那津が叫び声を上げながら地面に倒れ込む。即座に柚寧は地面から蔓を生やし、那津を巻きつけた。身動きが取れず那津が唸り、蔓を齧る。蔓は絶えず生え、那津の体を締め付けていく。


 やがて那津は大人しくなった。柚寧はゆっくり近づくと、那津の頭を撫でる。


「長い間、辛い思いをさせてごめんね、那津」

『ううん。私の方こそたくさん柚寧を傷つけた。痛かったよね、ごめんね』


 柚寧と那津の会話が聞こえる。優しい声色。お互いがお互いを大切に想っている、そんな色。


「那津の姿は違っても一緒にいられたことは嬉しかった。ありがとう」

『柚寧が楽しく元気に過ごしてくれるのなら私も嬉しい。…ありがとうね』


 柚寧は暫く目を閉じた後、立ち上がって雪葵を振り返った。


「俺が祓うなんて言っておいて情けないけど、俺では祓うことはできないんだ。けど、九尾はできるよね?だから…お願い、してもいい?」

「ウオオオオン」


 柚寧の声に応えるように雪葵が遠吠えした。そして那津の元へと走っていき、噛み付く。那津は白い煙として天へ消えていった。


『ありがとう。私はずっと柚寧の心の中にいるからね』


 柚寧がハッとして空を見上げる。もう那津はいないが、確かに声が聞こえた。一筋の涙が頬を流れる。柚寧は胸に手を当てると、微笑んだ。


「うん」


 涙を拭うと柚寧は日和と雪葵を振り返る。その顔は清々しかった。


「初代の妖姫も妖の声が聞こえるって言っていた。正直信じていなかったよ。けど、日和も聞こえるって言うし、実際に日和と那津の言っていたことは同じで。それはもう信じるしかないよね」


 柚寧は涙の跡を残した顔で笑う。まだ心は痛むだろう。けれどきっと大丈夫だ。なぜなら那津が一緒にいるのだから。

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