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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
暁ノ宮編
62/114

第十九舞 失ったモノ

 眩しい光で目が覚める。起き上がると知らない森の中にいた。建物もなければ、店主や役人、そして那津もいない。おぼつかない足で道なりを歩く。どこまで歩いても変わらず木ばかり。ここはどこなのだろうか。那津はかかはどこにいるのだろうか。焦りと不安で先を急ぐ。しかし足がもつれて転んだ。


 小さな子供が二人、前方から走ってくる。人が倒れているというのに全く見向きもしない。柚寧は手を伸ばす。


「あ、あの…」


 子供達は気づかず通り過ぎていった。距離的にも声量的にも確実に聞こえるはずだったのに。


 立ち上がるが頭が痛む。割れるかと思う程の痛みだ。ふっと身体中の力が抜け、また倒れ込む。しかし誰かに支えられた。


 虚ろな目で見つめたのは、少女と少年だった。


 気づけば布団で眠っていた。気を失っていたようだ。どうしてここにいるのか記憶にない。


「気づいた?」


 少女が声をかけてきた。まっすぐで艶のある黒髪の少女だった。柚寧は周りを見る。


「…ここは?」

「私の家だよ。貴方、倒れちゃったから連れて来たの」

「……生きてる…」


確かにあの時、斧が自分めがけて振り下ろされた。そのはずなのに目が覚めたら知らない森の中にいて。理解が追いついていなかった。


「…ごめんなさい。言い難いんだけど、生きてはいないの」


 少女が申し訳なさそうに俯く。柚寧はそれほど驚かなかった。


「貴方は亡くなっているわ。ただ、何か未練があるから妖という存在としてこの世に留まっているの」


 妖とは何か。知らない言葉だったが、それよりも気になることがあった。


「…じゃぁ那津は?俺より少し小さい女子おなご

「女の子…。雫、見なかった?」


 雫と呼ばれた少年は部屋の隅にいた。先ほど、この少女と一緒にいた男の子だ。


「…見てない」

「そっか。ごめんね、力になれなくて。そうだ、まだ名乗っていなかったね」


 少女はそう言って微笑む。


「私は琴葉。妖姫と呼ばれているの。こちらは雪男の雫よ。貴方と同じ妖なの」


 琴葉は妖について色々教えてくれた。妖は妖力を持つ者にしか視えないこと、一部の妖が人間の世界を占拠しようとしていること、それを阻止し、人間と妖を仲介することが妖姫の役割であること。


「貴方の名前は?」

「…柚寧」

「素敵な名前」


 琴葉は本当に優しくて、それでいて明るい人だった。よく柚寧に話しかけてくれて、すぐに打ち解けた。今までのように普通に生活できるようになった。けれど、心には那津と母のことが引っかかっていて、心の晴れない日々を送っていた。


「覚」


 ある日、木の枝の上で眠っていると下から雫の呼ぶ声がした。ゆっくりと見下ろす。


「どうしたの、雪男」

「いつまでそうしてるんだ」


 柚寧は以前、目を覚ました時にいた森を気に入り、そこで日中は木の上で過ごすようになった。雫にはそれが不真面目に見えるらしい。不満そうな顔をされ、度々注意を受けている。今回も怒られるのだろう。柚寧は余裕そうに手を挙げて微笑む。


「ちゃんと琴葉に言われたことはやるから安心して」

「そういう問題じゃない。暗い顔をするな」


 柚寧は微笑みを絶やさぬまま、木から降りる。そして雫に近づいた。


「そんな暗い顔をしてる?」

「している。琴葉は誤魔化せても俺は誤魔化せない」

「……かか、病死したらしい。昨日故郷に戻ってみたらお墓が建ってた」


 母のことが気がかりだった。琴葉に地図を見せてもらって故郷の場所を探し、足を運んだ。


 家から人の気配はせず、近くに墓が三つ並んでいるのに気づいた。それは柚寧の母と柚寧、那津の墓だった。


 柚寧は墓を見つめる。看取ってあげられなかったことが悔やまれる。自分と那津が亡くなったことは耳に入っていたのだろうか。だとしたらどんな思いで息を引き取ったのだろうか。情けない息子だっただろう。


 柚寧は那津の家を覗いた。綺麗に整理整頓されていた家が荒れていた。部屋の隅で那津の母が小さく丸まって震えているのを見つける。嗚咽も聞こえてくる。罪のない大事な娘を亡くしたのだ。それに続いて柚寧の母も亡くなった。心に深い傷を負ったに違いない。柚寧は心を痛めながら那津の母を見ていた。


「…ごめんなさい。俺が、那津を、殺した」


 聞こえない懺悔に意味などない。柚寧は踵を返して故郷を離れた。


 柚寧の事情に首を突っ込むつもりはない。雫は沈黙した後、「明日にはその顔、治しておけ」とだけ言って、帰って行った。柚寧は空を見上げ、静かに息を吐いた。


 それから八百年経ったある日のことだった。突然草むらが激しく揺れ、凶暴な妖が柚寧に襲いかかってきた。その妖から那津の匂いがした。間違いない、この妖は那津だ。那津の笑顔が好きだった。その笑顔を守りたかった。なぜなら、その笑顔に何度も救われたから。今度は自分の番だ。柚寧は那津の手を強く握り、誓った。


「あの時はごめん。二度とこの手を絶対に離さない。今度は俺が守るよ」



 あれからずっと那津を守ってきた。那津も何度も自分の元に来てくれた。これからもずっと一緒で…。


「柚寧!」


 日和の声にハッとする。那津が柚寧の腕に噛みついた。手加減のない力に柚寧の顔が歪む。けれど優しく微笑むと那津の頭を撫でる。


「守るって約束したもんね。安心して」

「いい加減にしろ!」


 吐き捨てるような叫びと共に雪葵が那津に体当たりする。那津は地面に叩きつけられた。柚寧が鬼の形相で雪葵を睨む。


「那津を傷つけるな!」

「何が幼馴染だ!何が会いに来てくれるだ!だったら自分は傷ついて満足かよ!」

「当たり前だろう!那津は俺のせいで死んだんだ!罪滅ぼしは那津を守ることだ!邪魔はさせない!」


 柚寧の声は悲痛だった。心の底からの苦しみと近い。日和に痛いほど伝わってくる。けれど違う。こんなことをしても柚寧も那津も救われない。


『……めて』


 ふと誰かの声が聞こえた。周りは日和達以外誰もいない。


『…柚寧。…もう、やめて』


 頭に響く声。この声も悲痛だった。柚寧と同じように苦しんでいる人物がいる。それは一人しかいない。あの妖、那津の声だ。

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